第9章 官庁訪問
【吉報の光、そして狭き門の現実】
徐々に寒さが増す晩秋の朝、インターネットの画面を見つめていた誠治の指がぴたりと止まった。
『就職氷河期世代対象・国家公務員中途採用試験 一次試験合格者発表』
合格者の受験番号の一覧の中に、何度も見返した自分の番号が、はっきりと刻まれていた。
進の予想通りだった。
今年の筆記試験は難化し、合格ラインが下がっていたのだ。
去年より2点下がった自己採点に絶望し、一度は勝負を投げ出しかけた自分を、進の冷静なデータと励ましが繋ぎ止めてくれたのだ。
「……受かった。一次を、突破したぞ……!」
感涙にむせぶ暇もなく、ここからが本当の天王山――「官庁訪問」の幕が開ける。
しかし、喜びも束の間、マイページからダウンロードした近畿地域の採用予定機関一覧を目にした誠治は、その「数字の重み」に息をのんだ。
事務区分の近畿地域全体の採用予定数は、わずか「10名程度」。
倍率は実質30倍近くに達する超超難関だ。
近畿財務局、近畿地方整備局、近畿管区警察局、大阪矯正管区、近畿総合通信局……ずらりと並ぶ各地方支分部局の募集欄のほとんどには、容赦なく「採用予定人数:1名」あるいは「若干名」と書かれていた。
「1名……。各局、たった一人の枠を争うのか……」
50代の元地方公務員、10年の空白期間。
自分の目の前に立ちはだかる壁の高さに、再び冷や汗が背中を伝った。
【怒涛の予約、立ちはだかる壁】
合格発表と同時に、官庁訪問の予約合戦が始まった。
誠治は進からのアドバイス――「1つの省庁に固執せず、視野を広く持って様々な扉を叩くこと」という教えを胸に、近畿財務局、近畿地方整備局、近畿管区警察局など、片っ端から訪問予約をし、予約フォームを送信した。
しかし、現実は甘くなかった。
各官庁の個別面接や集団面接に足を運ぶものの、控室には40代前半までの、若々しい受験生たちが並んでいた。
50代半ばに差し掛かる誠治の存在は、あからさまに異彩を放っていた。
「浜崎さん。市役所を退職されてから10年ほどの空白期間がありますが、その間警備員のアルバイト以外には……?」
「今回の募集枠は1名です。若手の指導や育成も視野に入れているのですが、50代のあなたを採用した場合、年下の先輩職員との関係はどう構築されますか?」
厳しい面接官の質問。1名という超狭き門ゆえに、各官庁の選考は極めてシビアだった。
近畿財務局では「地域共生」や「バイタリティー」をアピールしようとするも、現役バリバリの営業経験者に押され、地方整備局の面接では現場主義の熱意を伝えたものの、次の選考への案内はなかった。
「予約は入る。だが、その先の『1人の枠』に入れない……」
連日の官庁訪問と不採用の通知に、誠治の精神と体力は急速に削り取られていった。
【予備校の夜、進の示し合わせた「分析」】
数日後、疲れ果てた姿で予備校の個別面談室にやってきた誠治は、進の前で力なく首を振った。
「伊崎先生……苦しいです。どの官庁も採用枠はたった1名。面接官からは『なぜ50代で』『年下の指示に従えるか』という視線を痛いほど感じます。やっぱり、10名の枠に僕が入るのは無謀だったんでしょうか……」
うなだれる誠治を、進は優しく、しかしどこか確信に満ちた眼差しで見つめていた。
進はいつものように素早くペンを取り、メモ用紙に流麗な文字を滑らせていく。
『浜崎さん、落ち込む必要はありません。苦戦しているのは、あなたが「自分に合った官庁」にまだ巡り合っていないだけです』
進は新しい紙に、近畿の各官庁の名称とその「求める人物像」を丁寧に書き出していった。
『近畿財務局が求めるのは「前向きなバイタリティー」。地方整備局は「インフラへの情熱」。これらは若手や民間経験者がアピールしやすい領域です。しかし、近畿地域の官庁訪問先には、あなたの「20年の行政経験」と「介護をやり切った人間性の深み」を、まさに喉から手が出るほど求めている官庁が確実に存在します』
進のペン先が、紙に書かれたある官庁の名称を強く丸で囲んだ。
『例えば、警察組織を裏方から支える高い規律性とプレッシャー耐性が求められる近畿管区警察局。そして、人の再生を信じ、過酷な現場で粘り強く向き合う包容力が求められる法務省の大阪矯正管区』
進は誠治の目を真っ直ぐに見つめ、力強く書き足した。
『この10名の枠は、決して若さや華やかな経歴を競うレースではありません。各官庁が「どうしてもこの人が欲しい」と思えるマッチングの勝負です。あなたの20年間の苦闘は、あの過酷な現場を泥臭く耐え抜くための「最高の適性」なんです。狙いを絞り、面接カードのストーリーを再構築しましょう』
進の筆記によるアドバイスに、誠治の瞳に再び強い光が宿った。
ただ闇雲に1名の枠に飛び込むのではない。自分の傷だらけの20年を、一番必要としてくれる場所へ刺し込みに行くのだ。
「……はい! 伊崎先生、もう一度、戦略を練り直させてください!」
狭き門の残響の中、浜崎誠治の真の官庁訪問が、ここから始まろうとしていた。




