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第10章 待望の内定通知

【予想外の電話、鳴り響いた本命の吉報】


 いくつもの官庁を巡り、手応えのないまま冷たい風が吹く面接会場を後にする日々。

 控室で若手受験生たちの眩しい経歴に圧倒され、「もう自分を必要としてくれる場所などないのではないか」と心が折れかけていた、ある冬の夕暮れのことだった。


 アパートで冷え切った手を擦り合わせながら、警備員のシフト表を確認していた誠治のスマートフォンが激しく震えた。

 画面に表示されたのは、面接を受けたばかりの『近畿財務局』の番号だった。


「……はい、浜崎です」

 落ち落ち息もできない緊張感の中、受話器の向こうから聞こえてきたのは、あの厳格だった人事担当者の、どこか温かみのある落ち着いた声だった。


『浜崎誠治さんでしょうか。先日は官庁訪問にお越しいただき、誠にありがとうございました。……選考の結果、ぜひ当局にて浜崎さんをお迎えしたいと考え、本日内定のご連絡を差し上げました』


「――えっ……?」

 誠治は自分の耳を疑った。


『面接官満場一致の評価でしたよ。浜崎さんが市役所の窓口で長年、厳しい市民の声から逃げずに耳を傾け続けた愚直さ。そして、ご家族の介護を最後までやり切った誠実さ。財務局が最も必要としている「地域の方々に寄り添い、泥臭く信頼関係を築ける力」と「困難に挫けないタフさ」を、浜崎さんは誰よりも強く持っておられると確信いたしました』


「あ……あ……ありがとうございます……っ!」

 受話器を握る手が激しく震え、目頭から一気に温かい涙が溢れ出した。

 採用枠わずか1名、倍率数十倍の狭き門。

 自分には手が届かないと思い込んでいた近畿財務局からの、正真正銘の「内定」だった。


【冷ややかな世間、疑いの眼差し】


 あまりの嬉しさに、誠治はかつて自分に厳しい言葉をかけてきた身内や知人に、事後報告として内定の事実を伝えた。

 しかし、帰ってきたのは祝福ではなく、困惑と疑いの混ざった冷ややかな反応だった。


「近畿財務局の内定? 誠治、お前……騙されてるんじゃないのか?」


 親戚の叔父は、信じられないといった顔で鼻で笑った。


「50代で、10年もブランクがある人間が、あの財務局に受かるわけがないだろう。何か勘違いしているか、怪しい派遣会社の手違いじゃないのか? 後で『やっぱり間違いでした』なんて言われて笑われるのがオチだぞ」


 バイト先の同僚たちも、半信半疑の態度を崩さなかった。


「国家公務員って、あの財務省の出先ですよね? 50代の元市役所職員を採るなんて聞いたことないですよ。本当なんですか……?」


 誰ひとりとして、誠治の努力や勝ち取った成果を素直に信じようとはしなかった。

「50代の挫折組にそんな奇跡が起きるはずがない」という世間の頑なな固定観念が、誠治の歓喜に冷や水を浴びせかける。

 せっかく掴み取った夢のような快挙なのに、周囲の反応に誠治はどこか寂しさと肩身の狭さを感じていた。


【進の処方箋、雑音を斬るペン】


 もやもやとした気持ちを抱えたまま、誠治は報告と感謝を伝えるため、予備校の進のもとを訪れた。


「伊崎先生……! おかげさまで、近畿財務局から内定をいただくことができました!」

 誠治が深々と頭を下げると、進は目を丸くした後、満面の笑みを浮かべて力強く拍手を送ってくれた。


 しかし、誠治が「周りに話しても誰も信じてくれず、なんだか虚しくなってしまって……」と苦笑い交じりに明かすと、進の表情がすっと引き締まった。

 進はメモ用紙を引き寄せると、迷いのない力強い筆致でさらさらと文字を走らせた。


『浜崎さん。周りがどう思おうが、どう言おうが、そんなことはどうでも良いことです』


 誠治はそのストレートな言葉に、ハッとして息をのんだ。進のペンは止まらない。


『世間は「50代のブランク」というスペックの数字しか見ません。しかし、近畿財務局の面接官は、あなたの「20年間の生き様」そのものを見て、喉から手が出るほど欲しいと判断したのです。合格通知と内定書という絶対的な事実の前に、世間の勝手な推測や嫉妬など、何の価値もありません』


 進はメモ用紙の最後に、力強く大きな丸を描いた。


『あなたが証明してみせたのです。過去の挫折も、介護の苦しみも、すべては国家公務員として生きるための必要なプロセスだったのだと。堂々と胸を張ってください』


「……はい! 伊崎先生!」


 胸の中に残っていた最後の迷いとモヤモヤが、進の言葉によって完全に吹き飛ばされた。

 他人が信じようと信じまいと関係ない。

 自分は自分の足で立ち上がり、自分の言葉で勝ち取ったのだ。


 平成の挫折、失われた10年の暗闇、上條市政での屈辱。

 そのすべてを乗り越え、50代の浜崎誠治は今、国家の財政と地域の未来を支える新たなステージへと、誇らしく足を踏み出す。

 (まだ、これからだ)


 誰が何と言おうと、内定通知は本物だ。

 やがて周囲も理解する。

 誠治の第ニの公務員人生が、今、始まろうとしていた。

(第五幕 完)

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