第7章 正しく恐れる
【筆談の静寂、言葉の重み】
周囲からの心ない言葉に心が折れかけていた誠治は、助けを求めるように予備校の個別相談ブースを訪れた。
そこで待っていたのは、講師の伊崎進だった。
進は誠治を優しく席へ促すと、一礼した。
『浜崎さん、お越しいただきありがとうございます。どのようなことでお悩みですか?』
誠治は、思いを全て打ち明けた。
周囲から「50代での公務員復帰など無理だ」「予備校に騙されている」と冷酷な言葉を浴びせられたこと。
それが気になり、自信を失いかけている胸の内。
それらを静かに明かしたとき、誠治の心はそれだけで軽くなっていた。
話を聞きながら、進は静かに頷く。
『ご安心ください。結論から申し上げますと、50代で合格される方は普通にいらっしゃいます。この就職氷河期枠において、年齢を理由にハネられるということはありません』
誠治の胸の奥で、冷え切っていた塊がすっと溶けていくのを感じた。
(やはり、来て良かった)
誠治はそう感じていた。
【進の処方箋、多様な扉を叩く意味】
進は微笑みを浮かべながら、話を続けた。
『試験制度上、年齢による差別はありません。しかし、重要なのは「どの省庁を受けるか」です。国家公務員と一口に言っても、各省庁や出先機関によって求められる人材像、職場環境、そして年齢構成の課題は千差万別です』
誠治は息をのんで、進の話に聞き入った。
『例えば、若手の育成を中心と考えている部署もあれば、浜崎さんのように「20年間の市役所での行政経験」や「介護をやり切った人間的深み」を即戦力・即効性として喉から手が出るほど欲しがっている部署も確実に存在します。だからこそ、一つの省庁に執着するのではなく、官庁訪問では視野を広く持ち、さまざまな省庁へ積極的にアプローチすることが合格への最大の鍵となります』
進の一言一言には、揺るぎない説得力と真摯な熱量が宿っていた。
世間のいい加減な噂話などではなく、目の前にいるプロフェッショナルが、客観的な事実と戦略を提示してくれているのだ。
世間の無責任な声とは違う。
きちんと根拠のある意見は、重みがあった。
【迷いの霧晴れて、再び戦場へ】
進は最後に、こう締めくくった。
『あなたの積み重ねてきた20年は、決して無駄ではありません。自信を持って、私たちと一緒に全力を尽くしましょう』
誠治の目から、じわじわと温かいものが溢れそうになった。
「……伊崎先生、ありがとうございます。迷いが完全に晴れました」
声を出して深く頭を下げる誠治に、進は温かく頷き、握手を求めた。
その手から伝わる確かなぬくもりが、誠治の心に再び熱い情熱の火を点した。
進が言う。
「もちろん、楽な道ではありません。でも、やみくもに恐れてはいけません。正しく恐れるのです」
「正しく恐れる?」
「そうです。正しく恐れるのです。きちんと事実を受け取めて、出来ることを着実にこなし、チャンスを待ちます。これで勝率を高めるのです」
面談室を出た誠治の足取りは、来た時とは見違えるほど軽やかだった。
50代でも普通に受かる。
自分を必要としてくれる省庁は必ずある。
周囲の雑音に惑わされている暇などない。
誠治は真新しいノートを胸に抱きしめ、自分を待つ自習室のデスクへと真っ直ぐに向かって歩み出した。




