第6章 逆風の視線
【雑音の嵐、冷ややかな視線】
予備校への通学を始め、警備員のバイトと受験勉強を並行する日々が始まった。
しかし、誠治の耳に届くのは、温かい応援の言葉ではなく、周囲からの容赦ない「現実論」という名の雑音だった。
「浜崎さん、本気で言ってるのか? 50代で公務員に復帰なんて、そんな甘い話あるわけないだろう」
警備会社のアラフィフの同僚は、休憩室で缶コーヒーを飲みながらあきれ顔で首を振った。
「市役所を途中でやめて、10年もブランクがあるんだぞ? どこもそんなリスクのある人間を採るわけがない。氷河期枠だって、実体はパフォーマンスだよ。採用なんて、実際にはほとんどしやしないさ。ましてや、50代の元公務員なんて、一番扱いづらいに決まってる」
さらに、久しぶりに連絡を取ったかつての知人や親戚までもが、口を揃えて誠治の選択を批判した。
「そんな講座を勧めてくる予備校も怪しいんじゃないか? 受講料を取るのが目的のビジネスだよ。講師だって『誰でも受かる』みたいな耳ざわりのいいことを言って、絶望してる人間から金を巻き上げてるだけだろ。騙されてるんだよ、誠治」
50代での復帰は不可能だという忠告。
予備校や講師に対する疑惑と批判。
周囲の言葉は、まるで誠治の正気を疑うかのように冷たく、鋭かった。
【揺れる心、そして思い出した「人の温もり」】
アパートの狭い部屋に帰り、机の上に広げられた教養試験のテキストを見つめながら、誠治の心は激しく揺れた。
(やっぱり、みんなの言う通りなんだろうか……。俺は予備校の甘い言葉に踊らされ、最後の残高を切り崩して夢を見ているだけの、哀れな老兵なんだろうか)
一人で考えると、不安の泥沼へと引きずり込まれそうになる。
しかし、その時、誠治の脳裏に浮かんだのは、ネットの噂や周囲の雑言ではなく、先日カウンセリングで親身に話を聞いてくれたあの予備校のスタッフや、講義で熱弁を振るう講師の姿だった。
彼らは決して「誰でも楽に受かる」などという耳ざわりのいい嘘は言わなかった。
「50代の受講は、確かに厳しい戦いになります。しかし、あなたの20年の行政経験と、介護をやり切った人間性は、決してマイナスではありません。正しい対策をすれば、必ず道は開けます」と、誠治の目を見て真摯に語ってくれたのだ。
市役所の窓口で長年、あらゆる人間を見てきた誠治には分かっていた。
自分を金儲けの出汁にしようとしている人間の目と、本気で受講生の人生に向き合おうとしている人間の目の違いを。
予備校の講師たちの言葉には、受講生を合格させたいという本物の熱と誠意が宿っていた。
【信じる力、シャープペンシルを握る手】
「……世間がどう言おうと、俺は俺の目で確かめたものを信じる」
誠治は深く息を吐き出し、雑音を振り払うように頭を振った。
周囲の人間は、誠治が失敗したときに「ほら見たことか」と言いたいだけなのだ。
傷つくのを恐れて挑戦を諦めれば、またあの失われた10年の暗闇に逆戻りするだけだ。
50代での挑戦がどれほど無謀だと言われようと、予備校がどれほど怪しまれようと、自分を信じて背中を押してくれたあの場所で、最後まで走り抜くしかない。
「人の意見に流されて自分の人生を投げるのは、もう終わりにしよう」
誠治は静かにシャープペンシルを握り直した。
文章理解の問題集を開き、集中力を研ぎ澄ませていく。
周囲の冷ややかな忠告は、もう誠治の耳には届かない。
50代、職歴の空白、過去の挫折。そのすべてを背負い、浜崎誠治はただ愚直に、目の前の一問一問に向き合い続けるのだった。




