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第5章 受講相談

【予備校の扉】


 真夏の日差しが照りつける中、誠治はかつて公務員を目指した若き日と同じように、期待と不安の入り交じった心地で予備校の門をくぐった。


 案内されたカウンセリングルームで提示された「就職氷河期世代特化コース」のカリキュラムは、誠治の予想をはるかに上回る充実ぶりだった。

 最新の出題傾向を網羅した教養試験対策はもちろんのこと、誠治が最も恐れていた「論作文」の個別添削指導、そして市役所の退職理由や十年の空白期間を「肯定的な強み」へと言い換えるための徹底的な個人面接トレーニングまで組み込まれていたのだ。


 (ここなら……ここでなら、俺の止まった時計をもう一度動かせる)


 胸を熱くした誠治だったが、次に提示された受講料の提示額を見て、思わず息をのんだ。


 「標準価格で、約十八万円となります」


 十八万。

 警備員のアルバイトで日銭を稼ぎ、切りつめた生活を送る今の誠治にとって、それはあまりにも重く、おいそれと出せる金額ではなかった。

 やはり自分には高望みだったのだろうか――諦めの色が誠治の顔に浮かびかけたその時、担当の職員が受講申込書の過去の経歴欄をまじまじと見つめた。


【二十年前の伏線、繋がった奇跡】


 「浜崎さん、失礼ですが……大学時代に公務員試験対策の『学内講座』を受講されていましたか?」


 「ええ、もう二十年以上も前のことですが、大学のキャンパスで受講していました」


 そう答えると、カウンセラーはパソコンのデータベースを検索し、ふっと表情を和らげた。


 「やはりそうですか! 当校は当時から各大学と提携して学内講座を運営しておりましてね。実は、一度でも当校の提携講座を受講された方は、何年前であっても『再受講割引』が適用されるシステムになっているんです」


 「えっ……本当ですか?」


 「はい。これにより、受講料は大幅に割り引かれます。さらに――」

 職員はデスクの上のパンフレットを差し出した。


 「ちょうど今期、社会人・氷河期世代のリスキリング応援企画として『教育クレジットの分割手数料・金利ゼロキャンペーン』を実施しております。12回の分割払いにしていただければ、金利手数料は一切かからず、月々一万円強のお支払いで済みますよ」


月々一万円強。

警備員のシフトをほんの少し増やせば、無理なく十分に捻出できる現実的な数字だった。


(大学時代、必死で公務員を目指して学内講座に通っていたあの日の自分が……二十年後の俺を助けてくれたのか)


市役所での苦劇、介護の日々、失われた十年。

何もかもを失ったと思っていた自分の人生の足跡が、巡り巡って今、この場所で一本の線となって繋がったような気がした。


【一筆の決意、プロへの弟子入り】


 「……お願いします。その条件で、受講させてください」


 誠治は声を少し震わせながら、力強く頷いた。

 契約書に自分の名前を記入する。ボールペンを握る手に迷いはなかった。


 「ありがとうございます、浜崎さん。過去の職歴や空白期間を気にする必要はありませんよ。当校には、あなたと同じように挫折を味わい、そこから見事に国家公務員として返り咲いた受講生がたくさんいます。一緒に合格を掴み取りましょう」


 カウンセラーの温かい言葉が、長年冷え切っていた誠治の心にじわりと染み渡っていく。


 申込手続きを終え、ずっしりと重い真新しいテキストの束を抱えて予備校を出ると、夏の終わりの爽やかな風が街を吹き抜けていった。

 独学の限界を認め、プロの胸に飛び込んだ。

 金銭的な壁も、過去の自分からの思わぬ贈り物によって乗り越えることができた。


 「見ていてくれよ、父さん、母さん。俺はもう一度、立ち上がるからな」


 手に持ったテキストを抱きしめ直すと、浜崎誠治は力強い足取りで、夕暮れの街へと歩み出した。

 受験ロードのスタートラインに、彼は今、確かな足取りで立ったのだ。

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