第9章 面接終了
【審査員の視線、最後のフリートーク】
国税専門官の二次試験――人事院面接の会場は、独特の重圧感に包まれていた。
潤一郎が足を踏み入れた面接室には、三人の面接官が並んでいた。
中央に座る主査の男性は、いかにもベテランの国税職員といった鋭い眼光を放っている。
その視線が、潤一郎の経歴書に落とされた。
「渡辺さん。失礼ですが、大学卒業後、数年間はお笑い芸人として活動されていたのですね」
主査の男が、感情の読めない声で問いかけてくる。
最初から、一番突っ込まれたくない「空白の経歴」への直球だった。
「はい、そうです。道頓堀の養成所を経て、漫才コンビとして活動していました」
「お笑いの世界から、なぜ真逆とも言える堅い国税の世界へ? 芸人として売れなかったから、安定した公務員に転職しようと考えられたのですか?」
意地悪な質問だった。
かつての民間企業の面接なら、ここで萎縮していただろう。
しかし、潤一郎はしっかりと面接官の目を見据え、伊崎進と何度も練り上げた「魂の台本」を、肚の底から響く声で語り始めた。
「そのように周りからは言われますが、そうではありません。私は芸人時代、本当に苦しい毎日でした。相方と塩むすびを半分にして食べました。それでも、税金を誤魔化したことは一度もありません。ただ、世の中には、たくさん資産があるにも関わらず納税を怠る人がいます。真面目に働き、真面目に納税した人が報われる仕組みを、もっと強化していきたいと考えました」
面接官が頷く。
潤一郎は続けた。
「世の中には、真面目に納税している圧倒的多数の市民がいます。一方で、制度の抜け穴を突き、汚い手で私腹を肥やそうとする人もいます。私がやりたいのは、安定にすがることではありません。理不尽に泣かされる正直者がきちんと報われるよう、不正な金の流れを暴き、社会の正義を貫きたいと考えました」
面接官たちのペンが止まった。右側の若い面接官が、身を乗り出すようにして問いを重ねる。
「しかし、国税の現場はタフです。税務調査では反発されたり、罵声を浴びせられたりすることもありますよ。耐えられますか?」
その問いに、潤一郎の口元に自然と笑みがこぼれた。
「問題ありません。私は一回五百円のギャラのために、奈良から京都に引越しました。風呂のない安アパートに住んで毎日自転車を漕ぎ、深夜のテレビ番組では極寒の川に飛び込み、激辛のスープを飲み干すような過酷なロケを何年も耐え抜いてきました」
面接官達がペンを走らせる。
「それに、税務調査を拒む方の頑なな心を解きほぐすには、ただ法律を押し付けるだけでなく、相手の懐に入ることが必要です。お笑いの世界で死ぬ気で磨いてきた私の説明能力と言葉の引き出しは、必ず現場で活かせると確信しています」
言い切った。
答えにくい質問、経歴への揶揄、そのすべてを芸人時代の泥臭い実績という「最高のカウンター」で打ち返したのだ。
面接官たちは互いに顔を見合わせると、何かを深く納得したように、潤一郎の評価シートへ再び激しくペンを走らせ始めた。
「……よく分かりました。渡辺さんの覚悟、確かに伝わりましたよ」
主査の穏やかな言葉とともに、面接は終了した。
手応えがあったのかは自分では分からなかったが、ただ、持てるすべての弾を撃ち尽くしたという充実感だけが、潤一郎の胸を満たしていた。




