第3章 芸能界引退
【奈落への暗転、消えた相方】
平成26年の春、一本の電話が潤一郎の日常を完全に粉砕した。
予定されていた深夜番組の打ち合わせの時間になっても、相方が現場に現れないのだ。
携帯電話は留守番電話に繋がり、アパートの部屋を訪ねても応答はない。
(まさか、過酷なロケのストレスで、どこかで倒れているんじゃ……)
潤一郎は血の気が引くのを感じながら、必死で彼の行方を捜索した。
幸いにも、相方は数日後に大阪市内のビジネスホテルで早期に発見され、最悪の警察沙汰や大事件に発展することは免れた。
しかし、ホッとしたのも束の間、潤一郎を待っていたのは、信じがたい冷酷な現実だった。
相方は、潤一郎を完全に裏切っていた。
コンビの共同口座に振り込まれていた、体を張って稼いだこれまでの深夜番組のギャラや、劇場の出演料のすべてを独占し、全額を持ち逃げしようとしていたのだ。
生活の困窮とギャンブルによる借金が原因だった。
「……なんでや。なんで一言、相談してくれんかったんや!」
事務所の会議室で、マネージャー同席のもと、潤一郎は相方を問い詰めた。
一個の塩むすびを半分に分け合い、「笑いになるなら泥でも被る」と熱く語り合ったあの夜の絆は、金という現実の前にもろくも崩れ去っていた。
相方は終始うつむいたまま、言い訳すら口にしなかった。
信頼していた唯一の相棒の裏切り。
コンビは、その日のうちに解消せざるを得なかった。
【理不尽な鉄槌、気力の消失】
コンビ解消のショックに打ちひしがれる潤一郎に、事務所の対応はさらに冷酷だった。
レギュラーだった深夜番組の枠はコンビとしての契約だったため、相方の不祥事と失踪によって即座に打ち切りが決定。
そればかりか、事務所の幹部は潤一郎を呼び出し、信じられない言葉を言い放った。
「今回の件で番組やスポンサーにどれだけ迷惑がかかったか分かっているのか。違約金はお前たち二人で連帯して背負ってもらう。相方が払えないなら、残ったお前が全額補填するんだな。それから、今後のピンでの仕事だが、しばらく謹慎の形をとってもらう」
「待ってください! なんで俺が……! 俺は被害者ですよ、何も悪いことはしてない!」
潤一郎は激怒し、理不尽な事務所の態度に声を荒らげて抗議した。
しかし、弱小若手芸人の声など、巨大な芸能事務所の論理の前には一顧だにされなかった。
「お前が相方の管理を怠ったからだろう。嫌なら、いつでも辞めてくれて構わんよ。代わりなどいくらでもいる」
その言葉を聞いた瞬間、潤一郎の胸の中で、何かが音を立てて千切れた。
親の大反対を押し切り、化け物たちひしめく養成所で三分の二が辞めていく地獄を耐え抜いた。
一回五百円のために奈良から京都に引越し、ボロアパートに住んで、劇場まで自転車を漕いだ。
体を壊しそうになりながら泥水をすすってきた。
そのすべての努力が、この理不尽な一言でゴミのように捨てられたのだ。
(もう、ええわ……)
お笑いへの情熱も、芸能界で這い上がろうという気力も、一滴も残っていなかった。
潤一郎は事務所に退社届を叩きつけ、そのまま芸能界を引退した。
【肩書なき荒野、職歴の壁】
二十代の後半を迎え、芸能界という狭い世界から一歩外へ放り出された潤一郎を待っていたのは、かつて元プロ野球選手の岩上伸が味わったものと全く同じ、冷酷極まる「セカンドキャリアの荒野」だった。
再就職の活動は、困難を極めた。
履歴書の職歴欄に書けることは、何もなかった。
「大学卒業後、お笑い芸人として活動」という経歴は、民間企業の面接官たちの目には、単なる「若気の至りで何年も遊んでいた男」としか映らなかった。
「渡辺さん、君、漫才やってたんだって? 面白いこと言えるの? じゃあ、今ここで何か一発ギャグやってみてよ」
面接の席でそう揶揄され、軽く見られる日々。
言葉のセンスを磨いてきた誇りは、社会のシステムの前で容赦なく踏みにじられた。
名刺の切り方も、パソコンでの書類作成も分からない二十代後半の元芸人を、一から雇って育てようという奇特な企業はどこにもなかった。
不採用通知のメールが届くたびに、潤一郎は実家の部屋で天井を見つめた。
相方に裏切られ、仕事も失い、社会の底辺に取り残された自分。
深夜番組で泥まみれになっていた時よりも、今のほうがよっぽど生きた心地がしなかった。
行く先を見失った元芸人の前に、人生の過酷な冬が、容赦なく立ちはだかろうとしていた。




