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第5章 手応えゼロの最終面接

【最終面接の罠、剥ぎ取られる仮面】


 平成23年、夏の終わり。


 主要科目を絞り込んだ進の戦略が見事に功を奏し、翼は兵庫県庁の一次試験を優秀な成績で突破した。

 しかし、たどり着いた最終面接の部屋で、翼はこれまでの人生で最も冷酷な「現実のステージ」に立たされることになる。


 正面に座る幹部面接官たちは、翼のエントリーシートを値踏みするような目で見つめていた。

 やがて一人の面接官が、乾いた表情で口を開いた。


「花咲さん。立派な志望動機が書かれていますがね……二十代をずっとミュージシャンとして過ごしてきた方が、なぜ今さら堅苦しい県庁組織なんですか?」


 想定内の質問だった。

 翼は進と磨き上げた「音楽で培った企画力と発信力を、県政の広報や文化振興に活かすため」という志望動機を、淀みなく、情熱的に語りきった。


 しかし、語り終えた翼に対し、面接官はにこやかに笑いながら、残酷な言葉を放った。


 「いや、そういう建前マニュアルはいいんですよ。もっと本音で話してくれませんか?」


 「え……?」


 翼の背中に冷や汗が流れる。


 「いえ、今の言葉に嘘はありません。本当に、自分の力を公のために活かしたいと……」


 「いやいや」

 別の面接官が割って入る。

 「本音を聞きたいと言っているんです。本当は、音楽では生活が苦しくなったから、安定した公務員になろうとされたのではないですか?」


 いくら「本音です」と言い張っても、面接官たちは冷ややかな笑みを浮かべ、一向に納得しようとしなかった。

 翼の言葉は、彼らの分厚い偏見の壁にすべて弾き返されていくように思えた。


【一日のルーティン、手応えなき「ふ~ん」】


 息が詰まるような沈黙の中、次に質問に立った面接官が、無表情で問いかけてきた。


 「じゃあ、角度を変えましょう。ミュージシャンってのは普段、どんな生活をしてるんですか?」


 「はい。日々、世の中の動きにアンテナを張りながら、楽曲を制作して歌い、スタジオで楽器を演奏して……」


 「あぁ、そういう抽象的なことではなくて」


 面接官はあからさまに話を遮った。


 「私たちが知りたいのは、あなたの一日の『ルーティン』です。何時に起きて、何時に何をプロデュースして、何時に寝るのか。社会人としての基礎的な生活リズムがあるのかを知りたいんですよ」


 翼は屈辱に奥歯を噛み締めながらも、必死に声を整えて答えた。


 「……朝は七時に起床します。午前中は楽曲の作詞作曲や、プロモーションのための事務作業を行い、午後からは深夜まで、生活費を稼ぐための施設警備のアルバイトに入っています。帰宅後は……」


 一通り話し終えると、質問した面接官は、手元の資料に目を落としたまま生返事をした。


 「ふ~ん。フリーターで生計を立てているのですね」


 本当は、両親と弟が同居しており、それも説明しようと思ったがやめたさ。

 面接官の、何の感情もこもっていない、手応えゼロの反応。

 自分という人間の二十代の苦闘が、たった一言の「ふ~ん」で片付けられていく。

 部屋の温度が急激に下がっていくような錯覚に、翼は眩暈を覚えた。


【宣告、そして歪んだ笑顔】


 すべての質問が終わり、張り詰めた面接室に終わりの合図が告げられようとした、その時だった。


 中央に座る主査の面接官が、眼鏡の奥の冷徹な目で翼を真っ直ぐに見据え、信じられない言葉を口にした。


 「これで面接を終わります。ミュージシャンの一日というものがよく分かって、大変興味深かったです。……ただ」


 面接官は、冷酷な宣告を突きつけた。


 「私はあなたを採用しようとは、到底思いませんでした。以上です。お疲れ様でした」


 ドクン、と心臓が大きく跳ね上がった。


 耳の奥で、激しい耳鳴りがする。

 採用の合否を決める最終面接の場で、面接官が受験生に対して直接「採用しない」と言い放つ――それは、あまりにも理不尽で、あまりにも残酷な全否定の言葉だった。


(終わった。俺の人生、ここで全部……)


 目の前が真っ暗になり、その場にへたり込みそうになった瞬間、翼の脳裏に、神戸校のブースで進から授けられた「最後の鉄則」が鮮烈に蘇った。


 『花咲さん。面接でどれだけキツい状況になろうと、最初と最後だけは、絶対にニコッとして終わることです』


(笑え……笑うんだ、翼……!)


 翼は必死に顔の筋肉を動かし、面接官たちに向けて作り笑いを浮かべようとした。


 しかし、受けたショックがあまりにも大きすぎた。

 唇は小刻みに震え、頬の筋肉は引きつり、引きつった視線の先で、うまく笑顔を作ることができない。

 それは、お世辞にも爽やかとは言えない、泣き出しそうなほど歪んだ、悲痛な笑顔だった。


 「……ありがとうございました」


 絞り出すようにそれだけを告げると、翼はガタガタと震える足で、重い面接室の扉を開けて這い出るように退室した。

 庁舎を出た三宮の秋空は、驚くほど高く、青かったが、翼の視界は悔しさと絶望の涙で、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。

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