第九話 雨宿り
──同刻。
魔王領。
「魔王様! 今代の勇者が、“はじまりの村”へ到達した模様です!」
玉座の間に、緊張が走る。
「……なんだと」
「ついに、来たか……」
側近たちが、ざわめいた。
「……そうか」
──いよいよか。
外では、雨が降っている。
「……本当に降ってるっすね……」
クロウが、弓の手入れをしながら窓の外を眺める。
窓を伝い、雨粒がひっきりなしに流れていく。
時折、遠くで雷が鳴った。
パタパタと、廊下を走る音がする。
「……あ、スイちゃん。どうです、コンさんの様子は」
「はい。頭痛に効くハーブを焚いて、首を蒸しタオルで温めて来ました」
「ドーガさんは」
「古傷なので、そちらも蒸しタオルで温めています」
「ホントに大変っすねぇ。スイちゃんは? 大丈夫っすか?」
「はい。早めに休めば大丈夫です」
「無理はしないでくださいよ。なんかあったら、俺が代わるんで」
「ありがとうございます、クロウさん」
クロウの言葉に、スイが微笑む。
「落ち着いたかの」
厨房から、紅茶を持ったラナが出てきた。
それぞれの前に置き、焼き菓子を添える。
「はい。ふたりとも、しばらく寝るそうです」
「それが良かろうな」
頷き、ラナが紅茶を口にする。
「この雨が上がれば、またしばらく晴天に恵まれるからの」
「あと二日の予定でしたっけ。早く上がるといいっすね」
「本当に……」
スイが、窓の外を眺める。
雨足は、依然として強かった。
「……?」
クロウが顔を上げる。
雨音に紛れていたが、僅かに異質な気配が混ざった。
クロウのスキル《危機察知》が違和感を伝える。
「……索敵」
スキルを展開させる。
「……え、クロウさん」
「ちょっと見てきます」
クロウが静かに立ち上がる。
「ひとりで平気かの?」
「大丈夫っすよ。敵も一匹なんで」
ひらりを手を振り、外に出る。
「……居た」
村の柵の向こう側に、ゆらりとした影があった。
「……シャドウハウンド」
目を細める。
宿屋の塀に足を掛け、一飛びで屋根へ上がる。
敵は、雨の中で揺らめきながら静止していた。
「……」
クロウの唇から、僅かに舌が覗く。
弓を引き絞り、角度を上げる。
矢を番え──放つ。
「ギャン」
放物線を描いた矢が、シャドウハウンドの右目を射抜く。
影は、霧のように消滅した。
「……索敵」
念のため、周囲を確認する。
「……居ないっすね」
屋根から飛び降りる。
「っあー、びしょびしょだ……」
(湯殿があって、助かるっす)
クロウは、何事もなかったかのように宿へ戻った。
「クロウさん……! 大丈夫でしたか!?」
スイが立ち上がる。
「うん、大丈夫。やっぱり一匹だったよ」
クロウが頷き、そのまま座るよう促す。
「びしょびしょだの。早く湯殿へ行くが良い」
「そうします。ホント、雨酷いっすね」
ひらりと手を振り、湯殿へ向かう。
「軽食でも用意してやろうかの」
「あっ。私も手伝います……!」
「ふむ。ついでに昼飯とするか」
「そうですね。コンさんたちは、お粥でいいかな……」
頷き合い、二人は厨房へ入った。
魔王領。
「魔王様! 四天王《林》シオン様より、斥候として放っていたシャドウハウンドが討たれたとの報告が──」
「なに。勇者か」
「いえ、それが……弓使いにやられたとのことで──」
ざわり、と空気が揺れる。
「なんと……勇者ではなく……」
「仲間も相当な手練れということか……」
「勇者は、高みの見物ということか」
「いえ──それが」
「早く申せ」
「はっ! その……勇者は、“低気圧により、部屋で寝ていた”そうです!」
「なん……だと?」
「見せかけでは……?」
「……とにかく、監視は継続だ。シオンにも、そう伝えよ」
「はっ!」
──勇者め。
我ら魔王軍を、侮辱しているのか……?
「……コンさーん、お粥が出来ましたよ……」
そっと扉を開け、中へ入る。
「うぁ……。ありがと、スイ」
まるでゾンビのように起き上がり、勇者が頭を下げる。
「いえいえ。辛い時はお互いさまですから……」
サイドテーブルへ、お粥が乗った盆を置く。
「熱いので、気をつけてくださいね」
「うん……」
ベッドへ腰掛け、スプーンを持つ。
ひとすくいすると、湯気が立ち上った。
「ホント熱そう……」
「ゆっくり、ふーってするといいですよ」
スイが、勇者のスプーンへそっと息を吹きかける。
「あっ……ご、ごめんなさい……!」
「謝らなくて良くない? 助かったし」
「そうですか……?」
「うん。ほら、美味しい」
勇者が、お粥を口へ運ぶ。
「ね」
「なら、良かったです」
スイが微笑み、勇者も小さく笑った。
「……あの、タオル。替えて来ますね」
「うん。ありがとう」
タオルを受け取り、スイが部屋を後にする。
(わ、私ったら……!)
「わっ」
「きゃ……!?」
一階に降りたところで、湯殿から戻ったクロウと鉢合わせる。
「あ、クロウさん……!」
「スイちゃん。……なんか、顔赤くないっすか? 熱とかは……」
「い、いえ! 大丈夫です! あ、お昼食べましょう!」
「うっす……?」
首を傾げながらも、クロウがスイの後へ続く。
「戻ったか。ドーガにも食事を渡して来たでな。食べよう」
「はい」
「あざっす」
三人でテーブルを囲む。
「あ。これ、北風鳥っすね」
煮込まれた鳥を食べて、クロウが目を細める。
「お粥の出汁にも使えましたし、いいですね。北風鳥」
「厨房にあったものは下処理が済んでおったが、空を飛ぶ姿も力強かったの。北風鳥」
「なんなんすか、流行ってるんすか? その言い方」
それぞれが、難所に思いを馳せる。
「そういえば、コンさんが幌馬車を欲しがってましたね」
食後の紅茶を飲みつつ、クロウが呟く。
「そうじゃの。魔王領までは遠いからの、徒歩ではきつかろう」
「てことは、次の街で本格的に稼ぐ予定なんすかね?」
「その予定じゃの」
「幌馬車って、結構高いっすよね……」
「まぁ、討伐依頼があれば、それなりじゃろう」
「討伐ですか……」
スイが、不安げに眉を下げる。
「まあ、ダイならば無茶はするまい」
「そっすね」
「そうですよね……」
三人が、温かな紅茶を口にする。
外では、相変わらず激しい雨が降っていた。
──勇者一行、雨天により停滞中。
“はじまりの村”での時間は、まだ続きそうだった。




