第八話 はじまりの村
その毛並みは荒々しく、唸る口元から鋭い牙が覗いている。
「はぐれウルフ……」
「どうします? 俺、麻痺矢ならありますけど」
「足止めなら、わらわがやろう」
クロウとラナが告げる。
「ドーガ、スイを盾で守って。たぶん敵のレベル、十四くらいだと思うから」
「かしこまりました」
スイがゆっくりと下がり、ドーガが背負っていた盾を構える。
「ラナは右から牽制。クロウは左目を狙って」
「うむ」
「分かったっす」
二人が静かに位置を変え、勇者が剣を抜く。
クロウが麻痺矢を番え、ラナが手を伸ばした。
「──今」
「氷よ、貫け」
勇者の声と同時に、クロウの矢が放たれる。
ラナの氷が、はぐれウルフの足元を凍らせる。
そこへ、クロウの矢が左目を射抜いた。
「ギャッ!」
苦悶に吠える、はぐれウルフ。
勇者が一気に踏み込み、喉元へ鋭い一撃を放つ。
跳ねた首が、どさりと地面へ落ちた。
「いやぁ、麻痺矢って凄いね。助かったよ」
「いや、今の麻痺矢要りました!?」
「いるいる」
「必要じゃったな」
「そっすか……?」
クロウのツッコミに、勇者とラナが揃って頷く。
「……このウルフ、どうします?」
気を取り直し、ロープを用意しながらクロウが尋ねる。
「頭は要らないと思う。胴体だけ村に持ち込んだら、買い取ってくれるかな?」
「血抜きがてら行きますか」
林から太めの枝を拾い、はぐれウルフをロープで固定する。
「俺が持つんで、最後尾いきますね」
「ありがとう、クロウ。じゃ、進むね」
林の奥を覗き込む。
「索敵」
勇者が、スキルを展開する。
「うーん。同じ感じのが、ちらほら居そうだなぁ」
「あんまり多いと、運び切れないっすよ」
「馬にもストレスが掛かるでしょうな」
「うーん……」
しばらく考え込む。
「……俺が全部倒してくるから、みんなは後で来る?」
「嫌っすよ。重量オーバーしそうですし」
「生態系を壊すな」
「夕方までに辿り着きませんぞ」
口々に却下された。
「仕方ない。到着優先で、来たやつだけ倒す」
「妥当じゃの」
「じゃあ、出発」
「ちょっとテンション落ちてないっすか?」
しぶしぶ歩き出す勇者を見て、クロウがまた笑う。
背の高い木々に覆われた林には、辛うじて整備された道が続いていた。
「この辺、あんまり整備されてないね」
「ここには、先ほどのウルフが出ますからな。商人たちは、遠回りして別の街道を歩いております」
「なるほどね。そっちは遠いんだ」
「この先の村は、小さいですからな。さらに西へ進めば街がありますので、そちらの方が人気ですな」
ドーガの言葉に勇者が頷く。
「ちなみにじゃが、わらわたちは先の村で、しばし滞在することになりそうじゃ」
「何かあるんすか?」
ラナの言葉に、クロウが首を傾げる。
「そうだった、“三日”だ」
「分かりますぞ、そろそろですな」
「な、何があるんすか……」
「雨だよ」
「雨じゃ」
「雨ですぞ」
「雨ですよね」
「……なんで、みんなハモるんすか」
謎の連帯感に、クロウが引く。
「まぁ、みんな色々あるんだよ」
勇者が、そのまま歩みを進める。
「あー。そっか、コンさんとドーガさんは、雨デバフ持ちですか。あ、スイちゃんもか。……納得したっす」
後ろから、クロウの声がする。
「すごい、よく覚えてたね」
「いや。同じパーティ状態でフル見せてもらってたら、あとから見返せますよ」
「あ、そうなの? 知らなかった」
クロウの言葉に、勇者が首を傾げる。
「便利だね」
「そうなんすよ。あの一瞬じゃ、さすがに覚えきれないっすからね」
「……あ、前方。来る。たぶん、はぐれウルフ一匹」
勇者が立ち止まる。
「どうする?」
「俺だけでいいかな。ラナ、馬お願い。前出る」
「よかろう、預かる」
ラナが、手綱を引き受ける。
勇者が一歩踏み出す。
がさり、と音を立てて、林からはぐれウルフが姿を現した。
「先手必勝……」
勇者の剣が閃く。
「ギャッ!」
はぐれウルフの右足を切り裂く。
「あー」
「残念そうにするでないわ」
「変な縛りでもしてるんすか?」
後方から、野次が飛ぶ。
「もう一回……」
よろけるはぐれウルフの首を狙い、斬り落とす。
そのまま林へ入り、枝を見繕う。
ロープで括り付け、クロウへ預けた。
「もう、俺はここまでっす」
「もうふた声!」
「……左右二匹ずつにしたいんすね?」
「バランス良いじゃん」
「……追加一匹につき、いちゴールドっす」
「うーん……保留で」
「そうしてください」
ラナから手綱を受け取り、再び歩き出す。
「なかなか先が見えないね」
「もう少し、速度を上げても良いぞ」
「私も大丈夫です!」
勇者が目を凝らすが、薄暗い林の先はまだよく見えない。
後ろから、ラナとスイが声を掛ける。
「分かった。少し速度上げるね」
勇者が頷き、歩みを速める。
やがて、薄闇に包まれていた林の先に、切れ目が見えてきた。
「良かった、やっと終わりそうだ」
安堵からか、また歩みが速くなる。
林の奥から、西日が差し込んだ。
やがて林を抜けると、視界いっぱいに草原が広がる。
「抜けたーー!」
思わず、小走りになる。
少し丘になった先に、煙が見えた。
さらに進むと、村を囲う柵が姿を現す。
「なんとか、日暮れ前に着きましたな」
「良かったー!」
簡素な門をくぐり、村へ入る。
「……! あの額の宝石、マント……! まさか、あなた様は……!」
「こんにちは。今代の勇者です」
わななく村人に向かって、右手を挙げる。
その声を聞きつけた村人たちが、わっと集まってきた。
「勇者様! 勇者様だ!!」
「ようこそ勇者様、“はじまりの村”へ!」
「お疲れでしょう。まずは宿へご案内致します」
「ささ、こちらへ!」
「あ、ありがとう」
驚いている間に促され、手綱を預ける。
クロウが背負っていた、はぐれウルフも回収されていった。
「……あの、三日ほど滞在したいんですけど……」
村の中を案内されながら、勇者が告げる。
「なんの。勇者様御一行でしたら、いつまででも無料ですとも。遠慮なさらず」
「えっ。そうなの?」
「そうですとも。それが、“古くからのしきたり”ですので」
そのまま、宿屋へ入る。
「五名様ですな。三階と二階、お好きな方をお使いくださいませ」
「湯殿は一階にあります」
「食堂も一階です」
「後ほど、村長が食堂へ参りますので」
口々に説明される。
「は、はい。……どうも」
「こんな歓迎されるモンなんすね……」
「わらわとスイは、三階にしようかの」
「お任せします……」
部屋に荷物を置き、湯に浸かる。
用意されていた夜着を纏い、食堂へ入った。
「勇者様ーー!」
「ばんざーーい!」
「“はじまりの村”へ、ようこそ!」
「わあっ!」
村長を始めとした村人たちで、食堂が埋まっていた。
「ささ、こちらへ!」
「お仲間の方々も、どうぞ!」
「はい……」
「ひゃー。宴会っすね!」
「豪勢じゃの」
「恐れ入りますな」
村長の隣に勇者が座り、その隣へスイ、ラナ、クロウ、ドーガの順で腰を下ろす。
「では、勇者様の到着を祝って……乾杯!」
「かんぱーーーい!」
注がれたエールを、促されるまま口にする。
「ささ、勇者様! 料理も、冷めないうちに」
「ありがとう! 頂きます!」
“はじまりの村”の夜は、まだ始まったばかりだった。




