第七話 国境の先
「そんじゃ、行きましょうか」
軽く膝を曲げ、ぐっと伸ばす。
弓を持ち、渓谷に向かう。
「コンさんたちは、橋の手前で待っててください」
手で示し、ひとり吊り橋を歩く。
北風鳥が、旋回を始める。
キリ、と音を立てて、弓を引く。
北風鳥が一匹、降下する。
射抜かれた魔物が、川へと落ちた。
上空の群れが、警戒するように旋回を始める。
次は、二匹。
クロウの唇から、舌が覗く。
矢を二本番え──放つ。
放物線を描いた矢が、風に乗る。
吸い込まれるように──二匹へと突き刺さった。
一匹が、川へ落ちる。
もう一匹は、クロウの前へ落ちた。
ゆっくりと拾い上げ、振り向く。
「そろそろ前進しますんで、渡っちゃってくださーい」
吊り橋の中央で手を振り、背を向けて渡る。
北風鳥の警戒した鳴き声が、渓谷に響き渡る。
「ありがとー!」
勇者が手を振り、馬を引く。
「……かなりの手練れじゃの」
「ええ。見事な腕前ですな」
ラナが感心したように唸り、後ろのドーガも頷いた。
勇者と馬が、吊り橋の半分を越える。
クロウが、弓を引いた。
それだけで、上空の北風鳥たちが警戒の鳴き声を上げる。
「警戒して、降りて来ない……!」
「効果は抜群じゃの」
「すごいねぇ」
馬が興奮することもなく、橋を渡り切った。
「ありがとう、クロウ! 助かったよ」
「いえいえ。俺も北風鳥一匹取れたんで、ツイてました」
そう言って、クロウが勇者の後ろへ合流する。
「俺、この位置でいいっすか?」
「うん、バッチリ! じゃ、進もう」
勇者が頷き、再び歩き出す。
うっすらと、霧が出てきた。
「ちょっと見通し悪いっすね……」
「そうだね。でも、大したやつは居なさそうだから」
「そっすね。ワイルドボア出たら、任せます」
「うん」
霧はあるものの、木々はまばらに生えているだけだった。
「もうしばらく歩くと、古い結界石が見えてくるはずですな」
「へー。てことは、もう機能してないんだね」
「昔の防衛線でしたからな。今も兵はおりますが、ほぼワイルドボア狩りになっております」
「ドーガが居たところ?」
「含まれておりますな」
「なるほどねー」
やがて、眼前に結界石が見えてきた。
国境に沿うように、巨大な石が並んでいる。
「俺の身長より大きいなぁ」
「簡単に倒されては困りますのでな。大きく、かつ地下にも深く埋められておりますぞ」
「運ぶのも大変だったろうなぁ……」
興味本位で、結界石に触れる。
表面に刻まれた紋様が、淡い緑に光った。
やがて、その光は静かに消える。
「おー。光った」
「ダイ殿の、“勇者の血”に反応したようですな」
「珍しいものを見たの」
ドーガとラナが、結界石を見つめる。
「綺麗で、不思議な光でしたね……」
少し離れた場所から、スイが呟く。
「もう一回触ってみます? コンさん」
「兵士来たら嫌じゃん、やめとく」
「ですよね」
想定内の答えに、クロウが笑う。
「じゃ、進むよ」
結界石を後にし、国境へと近づく。
「検問とかないの?」
「そこまで厳密なものは、ありませんな」
「本当に、ワイルドボア狩りがメインなんだね……」
崩れた防壁を避けながら、先へ進む。
「おや、あなた方は……」
国境警備兵が、こちらに気づいた。
「異変はないか?」
「これは、ドーガ様……! はっ。異変なしであります!」
「うむ。これからも励め」
「はっ。感謝致します!」
互いに、王国式の敬礼を交わす。
「では、参りましょう」
「うん」
こうして、勇者一行は国境を越えた。
「この先に丘があります。そこで休憩してはいかがかな」
「いいね。ちょうどお腹も空いてきたし」
ドーガの提案に、勇者が頷いた。
荒れた国境地帯を抜け、風景が爽やかな草原へと変わっていく。
緩やかな坂を上り、丘へと辿り着いた。
「ここだね」
小さな木に、手綱を結ぶ。
勇者が周囲の枝を拾い集め、ラナが火を灯す。
スイが、そっと鍋とコップを出す。
「慣れてますね」
その様子に、クロウが目を細める。
「そう見えるなら、嬉しいな」
パンを配りながら、勇者が嬉しそうに呟く。
「まだ出来たてのパーティですからな」
ドーガが、昨日干した魚を配る。
「あ。俺は大丈夫っすよ、ドーガさん」
自分の分を渡そうとしたドーガを、クロウが止めた。
「携帯食もありますし、先に北風鳥を絞めたいんで。ちょっと向こう行ってきます」
指したのは、川辺だった。
「分かった、行ってらっしゃい」
勇者が、ひらりと手を振る。
ラナが、沸いた湯に圧縮した野菜を入れて戻す。
それをカップへ注ぎ、それぞれに渡した。
スイが受け取り、ゆっくりと口をつける。
「温かくて、美味しいです……」
勇者が、少し固くなったパンを浸して食べる。
「今度からさ、パンはラナに収納してもらいたいんだけど」
「構わぬぞ。次の村にあれば良いが」
「今日のうちに辿り着きたいですな」
「そんなギリギリになりそうな距離なの?」
土煙を立てないよう、少し離れた場所へ移動して立ち上がる。
そして、前方を見渡した。
「うーん……確かによく見えない。遠いね」
丘からの見晴らしは良かったが、その先には再び林が広がっており、村の姿は見えない。
「夕方には着くと思いますが……」
「食べ終わったら移動しようか」
「分かりました」
勇者が食事を再開し、スイが頷く。
やがて、クロウが戻ってきた。
「やぁ、すみません。戻りました。……そろそろ行きます?」
「うん。夕方までに、次の村に行きたいし」
「分かりました。えーと、ラナさん?」
「なんじゃ」
「この鳥、解体したんで収納して貰ってもいいですか?」
北風鳥の肉を見せる。
「……増えておらんか?」
「ちょうど、向こうに群れが居たんすよ。ツイてました」
「それは行幸じゃの」
鳥肉を預かった。
「よし、じゃあ行こうか」
手綱を解き、歩き出す。
「村には、勇者向けの宿があるはずですので、そこまで頑張りましょう」
「さすが勇者、便利っすね」
ドーガの言葉に、クロウが感嘆の息を吐く。
丘を下り、背の高い林へ差しかかった、その時。
草むらを掻き分けるように、魔物が飛び出してきた。
「……はぐれウルフ」




