第十話 旅立ちの朝
降り続いた雨が止み、澄み渡る空が広がる。
朝露が、葉を滑り落ちていく。
「いよいよ出発ですか?」
朝食を運びながら、宿屋の女性が問いかける。
「はい。お世話になりました」
すっかり顔色が良くなった勇者が、頷く。
「次の街までは距離がありますから、何かあったらすぐに戻ってきてくださいね」
「心配してくれてありがとう!」
朝食を食べながら、笑顔を返す。
「では、失礼します」
宿屋の女性は一礼し──外へ飛び出した。
はじめは早足だったが、次第に駆け出していく。
「村長ーーー! 勇者様が、旅立たれます!」
「なに……!? よくぞ教えてくれた! 村人たちにも急ぎ伝えてくれ!」
「はい!」
村が、にわかに騒がしくなる。
「……何すかね?」
耳の良いクロウが、窓の外を見る。
「村長! 例の岩を持ってきました!」
「うむ。やはり門出を祝うのだから、この辺りに……」
「子どもたち、急いで花を摘んで来るのよ!」
「食い物は!? パンと、こないだ預かった狼の肉と──」
「なに、まだゴールドを渡してなかったのか!?」
とにかく賑やかだった。
「……うーん。お祭りっすかね?」
クロウが、首を傾げる。
「ご馳走さま! お腹も落ち着いたし、荷物下ろして出発しようか」
「そうですね」
紅茶を飲みながら、スイが頷く。
「今日は大きい街道を目指して、北西へと進みますぞ。そちらに野営地がありますのでな」
足の調子を確かめながら、ドーガが告げる。
「分かった。例の、商人が使う道だね」
「そういうことですな」
「よし。じゃあ、行こう」
「宿屋さん、お世話になりました!」
「またいつでも、おいでくださいね!」
勇者が手を振り、馬に荷物を乗せて手綱を引く。
「勇者様ぁー!」
「またねー!」
村の子どもたちが、摘んだばかりの花を撒く。
「わぁ……!」
「綺麗ですね!」
勇者とスイが歓声を上げ、ラナたちも嬉しそうに目を細める。
「勇者様!」
「あ。村長さん、お世話になりました!」
村長に、勇者が頭を下げる。
「いえいえ!
それよりも勇者様、ご覧下さい!
なんとこの岩は、初代村長が勇者様を送り出した際に用いたものを起源としておりまして──」
「あ。そういうの、間に合ってるんで」
「お待ちください、勇者様! せめて、これだけは……!」
村長が、勢いよくツボを振りかぶり──盛大に割った。
村から喝采が上がる。
「わーーー! 割れたよ!」
「これは幸先がいい!」
「勇者様! ばんざーーーい!」
「……わぉ。これが噂の“ツボ割”っすか」
「まさか、生で見られる日がくるとはの」
「歴史的瞬間ですな」
「すごいです……!」
それぞれが感嘆の声を上げ、スイは拍手した。
(あー。王国ではスルー出来たのになぁ。……まぁいいか、みんな嬉しそうだし)
「ありがとう、村長さん」
「いえいえ! “はじまりの村”一同、勇者様御一行の旅の無事をお祈りしておりますぞ!」
「ありがとー! またね」
各々が手を振り、村を後にする。
「……いい村でしたね」
「ホントにね」
スイの言葉に、勇者が頷く。
(本当に、居心地良かったなぁ……)
平坦な草原を、しばらく歩いていく。
「これだけ見晴らしがいいと、魔物も少なそうだね」
「そうっすね。見える範囲だと、カラースライムと一角ウサギぐらいっすね」
勇者の後ろを歩くクロウが、草原を見渡しながら告げる。
「少し速度上げようか。クロウ、先頭歩いてくれる? 遭遇減らしたい」
「了解っす」
「そうですな、野営地に早く着くのも良いでしょう」
勇者の言葉にクロウが頷き、先頭へ出る。
最後尾のドーガも、提案に同意した。
少し歩調を速め、草原を進んでいく。
「……そうだ。コンさん、次の街で幌馬車買いたいんすよね。商人のツテとか、あるんすか?」
敵に見つかる前に進路を変えつつ、クロウが問いかける。
「え? 無いけど。必要なの?」
「絶対じゃないっすけどね。素材の換金とかもあるんで、馴染みの商人は作った方がいいっす」
「なるほどね……」
クロウの言葉を受け、勇者が顎へ手を当てる。
「例えば、酒場で見つけて仲間にするとか?」
「まぁ。酒場に商人が居れば、っすけど」
「……じゃ、クロウの支度金もあるし。着いたら酒場に行こうか」
「了解っす」
クロウが頷き、再び歩き出す。
やがて前方に、特徴的な岩場が見えた。
「あそこ、休憩出来そうっすね」
「湧き水のようじゃの」
クロウが指を差し、ラナが頷く。
「よし、行こう」
勇者が頷き、歩を進める。
「丁度いい場所があって、良かったです……!」
「野営地も、このような湧き水がありましてな。この辺りの特徴なのでしょう」
ドーガが、周囲を見回しながら告げる。
突き出した岩へ、手綱を結ぶ。
勇者が枝を拾い、ラナが火をつける。
スイが鍋とカップを用意し、ドーガが桶へ湧き水を汲んで馬へ与える。
「ちょっと、先の方見て来ますね」
「分かった。ありがとう」
クロウが先を示し、勇者が頷いた。
ラナが紅茶を淹れ、勇者が焼き菓子を配る。
「これ、“はじまりの村”で貰ったやつ」
「わぁ、美味しそうですね……!」
スイが受け取り、目を輝かせる。
「ただいまっす。見た感じ、この先も同じような平地なんで、思ったより早く着きそうっす」
「おかえり、クロウ。ありがとう!」
戻ったクロウへ、紅茶と焼き菓子を渡す。
「それならば、ここで昼も取るべきか」
「そうだね」
ラナが収納魔法を解き、鍋を出す。
「そんなの持ってたんだ?」
「食堂で、餞別として貰ったのじゃ」
蓋を開けると、調理済みの北風鳥が並んでいた。
「北風鳥の鍋ですね……!」
「今夜の分もあるぞ」
スイが嬉しそうな声を上げ、ラナが得意げに頷きながら火にかける。
「北風鳥に、どっぷりハマってるっすね」
「柔らかい肉、美味い出汁──。嵌らぬ方が、おかしいじゃろう」
ラナの力説に、勇者が曖昧な笑みを浮かべる。
(……ワイルドボアのステーキ、好きなんだけどな……)
それぞれの器へ注ぎ、パンと共に配る。
「パンが温かい……!」
「今朝、焼きたてを分けて貰ったのでな」
「ラナさん、最高っすね」
スイとクロウが感動し、ラナが満足げに笑う。
「いただきます!」
やがて食事を終え、片付ける。
「かなり順調っすね」
「クロウのお陰で、魔物にも遭遇してないし」
馬の手綱を取りながら、勇者が微笑む。
「あ。でもこの先、ちょっとスライム多いんで。少ないところは通りますけど、ゼロは難しいっす」
「わらわとスイでやれるからの。完全に避ける必要もないぞ」
「はい!」
「分かったっす」
クロウの言葉に、ラナとスイが頷く。
「スイのレベルも上げたいし。じゃ、行こうか」
勇者が頷き、クロウを先頭にして再び歩き出す。
「レベル上げ……。そうですよね、もう少し上げないと」
「街に着いたら依頼も受けるから、大丈夫だよ」
スイの呟きに、勇者が振り向く。
「はい……!」
「おっと。噂をすればスライムっす」
「二匹か」
クロウの言葉に、ラナが頷く。
「儂が守りますので、一匹ずつ狩ってくだされ」
「はい!」
「ゆくぞ、スイ。氷よ、貫け」
「えい!」
ラナの氷がスライムを貫き、スイの杖でとどめを刺す。
「……よし、無事倒せたの」
「良かったです」
ドーガの盾へ一度ぶつかりはしたものの、無傷で討伐した。
「よし。進もうか」
「はい!」
西日が差し込む頃──
炊事の煙が見えてきた。
「野営地っすね……!」
「良かったです。ほんとに、スライムしか出ませんでしたね」
「順調でしたな」
それぞれが、ほっと息をつく。
「よし。じゃあ、寝る場所確保しようか」
「はい!」
──こうして、勇者一行は無事に野営地へと辿り着いた。




