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二百代目勇者、今日は低気圧につき休みます  作者: 灯吉郎


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第五話 はじめての夜

(さて……)


ドーガが、川へと向かう。


少し日が傾き、魚影が薄らと見えていた。


(これは、僥倖)


目を細める。


背中を覆う程の盾を、右手に構える。


ゆっくりと川に入る。


一瞬魚が不規則に動くが、やがてまた元の動きに戻った。


「破、」


気合いを溜めて、盾を水面に打ち付ける。


魚が衝撃で跳ね上がり、川辺に叩きつけられる。


「よし」


ドーガが頷き、魚篭に数匹の魚を入れる。


魚が取れた。



馬から荷物を外し、桶を地面に置く。


「あれ、ラナさん。水汲みに行かないんですか?」


寝袋を抱えながら、スイが尋ねる。


「うむ。川の水を信用しておらんのでな」


桶に手を差し伸べる。


「水よ、湧け」


魔力を大気に干渉させる。


こぽりと音を立てて、桶に水が満たされる。それをふたつ。



「すごい、便利ですね……!」


「生活魔法の応用じゃ」


寝袋を握りしめながら、スイが感嘆の声を上げる。


少し得意げにラナが頷き、圧縮魔法を解いて自分の寝袋を広げた。



勇者は歩いていた。


人通りのある炊事場を抜けて、屠殺場を確認し、さらに奥へと歩く。


(この辺でウサギ取れたら、そのまま解体出来るな……)



野営地のざわめきが遠くなる。


(この辺でいいか……)


「索敵」


スキルを展開させる。


少し先に、動きあり。


「魔力感知」


スライムなら除外。


少し大きめの魔力を目指し、歩く。


「危機察知」


一角ウサギの探知圏より先に、スキルを展開させる。


「いた」


丁度よく、ウサギは後ろを向いていた。


「いいね」


嬉しそうに呟き、近づく。


「いただきます」


そっと首を掴み、捻る。


「やっぱり二匹……欲を言えば、四匹は欲しいよなぁ」



二匹目も確保した。


サクサク、草を踏みしめて歩く。


(あんまり遠くまで行くとなぁ……。往復考えても、この辺りまでか)


やっぱり、魔物寄せが欲しい。


(次の街で、お香のやつ買おう)



しばし、待つ。


(魔力感知に反応あり、こっちに来る──)


草が、ガサガサと騒がしく揺れる。


(これは──)


“当たり”だ。


(ワイルドボア──!)


ざわ、と草が掻き分けられていく。


しゃり、と音を立てて、剣を抜く。


ワイルドボアが走ってきた。


止まる気配はない。


勇者が視界に入る。


跳ね飛ばすつもりだ。


肩幅に足を開き、目を開く。


「ワイルドボアってさ──」


ふ、と微笑む。


「狙いやすいよね」


勇者の剣が、ワイルドボアの眉間に吸い込まれていく。


「よいしょ」


そのまま、血が柄に流れてこないようにバランスを取りながら、踵を返した。




「賑わっておりますな」


調理場で魚を捌きつつ、通りかかった兵士に話しかける。


「これは、ドーガ様……!? こんな場所で出会うなど。珍しいですね」


慌てて敬礼する兵士に、手を振り解除を促す。


「いやはや。実は、勇者パーティに選ばれましてな」


三枚に下ろしながら、朗らかに続ける。


「やはり、先ほどの一行は勇者様でしたか! 別のものからも、報告を受けてはおりましたが……」


「左様。“この時期”が来ましたな」


次の魚を捌く。


「それで、今回はドーガ様が同行なさる訳ですか……」


「そういうことですな。まさか、儂が選ばれるとは思ってもみなかったが……」


手際よく下ろし、また捌く。


「いやいや、《百獣殺し》ドーガ様ともあろうお方が、いつまでも酒場に居られるのも……。我々としては、勇者と同行されることが誇らしいです」


「そうかの」


最後の魚を捌き、洗う。


「では、ドーガ様。旅のご無事をお祈りしております」


「感謝する」



その時、屠殺場からざわめきが起こった。


「む。騒がしいの」


「見て参ります」



兵士が小走りで立ち去り、戻ってくる。



「どうやら、勇者様がワイルドボアを仕留めて戻られたようです」


「ワイルドボアですと?」


処理が終わった魚を、手早く仕舞う。


「この付近におるとは……」


「宵闇に紛れて来たのでしょうね……」


兵士に別れを告げ、裏の屠殺場へと向かう。



「勇者殿!」



屠殺場に辿り着くと、勇者の赤いマントが見えた。


「あ、ドーガ! 丁度いいところに。ごめん、ウサギの解体手伝って」


ワイルドボアを逆さ吊りにしながら、勇者が笑顔を見せる。


「ウサギですかな? ワイルドボアではなく?」


「うん。こっちは、行商人さんの傭兵とやることになった」


どうやら、先に商談が成立していたらしい。


解体の手伝いと、食べ切れない部位の買取り。


「幸先いいよねー」


笑顔で血抜きをし、振り向く。


「これ、ウサギね」


既に頭部と、毛皮が剥かれている。


「かしこまりましたぞ」


「よろしくね」


勇者はまたワイルドボアに向き直る。


集まってきた傭兵たちと、解体を始めた。


(いやはや。今代様は肝が座っておられる……)


ドーガは二匹のウサギを手にし、炊事場へ戻った。



「……やっぱり、狩りって大変ですよね……」


寝袋を敷き終えたスイが、その上に座って所在なさげに呟く。


「ウサギは、すばしっこいからの」


ラナが、ランタンを灯す。


炊事場の方から、歓声のような音が聞こえた。


「なんじゃ、大物でも取れたかのような騒ぎじゃな」


「お魚でしょうか……?」


二人が首を傾げていると、香ばしい香りが漂ってきた。


「……焼いた肉の匂いじゃな」


「すごくお腹に来ますね……」


スイのお腹が、切なく鳴る。


「おまたせー!」


聞き覚えのある声。


「ウサギが取れたようだの」


「ウサギって、こんなに野性的な匂いでした……?」


折りたたみ式のテーブルの前で待っていると、だんだん人影がハッキリと見えてきた。


「ドーガさん、勇者様! おかえりなさい」


「ただいま! スイ、ラナ。ごめんね、解体から焼き上がりまで、凄い時間かかっちゃって」


「途中から、祭りのような騒ぎになりましたからな……」


テーブルの上に、料理が置かれる。


ウサギ肉の香草焼き、白いパン。


そして──


「ワイルドボアのステーキ、カットして貰ってきたよ」


嬉しそうに勇者が告げる。


「ワイルドボア……?」


「おぬしが狩ったのか?」


「うん。この辺に出るの、かなりレアらしくてさ。ツイてた」


「しかも、余計な傷も無かったようで、高値で売れましてな」


「目標の幌馬車に、一歩近づいたよ!」


座りながら、口々に続ける。


「あと、オマケでスープも貰ったんだ」


野菜の端を集めたスープが、湯気を立てている。


「美味しそうですね……!」


スイのお腹がまた鳴りそうになって、誤魔化す。


「さっそく食べよう! いただきます!」


勇者が元気よく宣言し、それぞれ食前の感謝を告げる。


「美味しい……!」


「うむ。美味じゃ。ドーガの魚は干したのか?」


「向こうの岩場にありますぞ」


「あとで見たいものじゃ」


「うまうま!」



たくさんの料理が、瞬く間に消えていく。



「ご馳走様でした」


食べ終わり、食事に使用した葉を片付ける。



「野営地って、見張りとか無くて大丈夫なの?」


「そうですな、そのための魔物避けであり、兵士の巡回ですので」


「物取りも、この辺りではまず出ぬな。まぁ、わざわざ勇者を狙う愚か者もおるまい」


「なら、安心して眠れるね」


ゴソゴソと音を立てて、寝袋に入る。


「星空が綺麗だなぁ……」


上を向けば、満天の星空。


「明日も天気が良さそうで、何よりですね」


少し眠そうな声で、スイ。


「次の村までは、天気はもつじゃろう」


「本当に助かる……」


スイの声を聞きながら、勇者も目を閉じる。


「おやすみなさい……」



こうして、初めての夜が更けていった。




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