第二話 まだ旅立たない勇者
酒場が、いつも以上のざわめきに包まれている。
「次は、魔法使いか、それとも……」
「格闘家なら、俺を……!」
「まったく。黙って座ってな。勇者様が選びにくいだろう」
その騒ぎが聞こえないかのように、勇者は押し黙っている。
「ほら、勇者様が困って……」
「……来る」
「……え? なにが、来るっていうんだい?」
勇者の呟きに、今度は酒場に動揺が混ざる。
「……ぐっ」
酒場の隅から、呻き声。
「あー、オッサン。またかよ。大丈夫か?」
「……あぁ。昔、膝に矢を受けてしまったところが……」
「こりゃ、ひと雨来るな……」
ツカツカと靴音を立て、勇者が歩み寄る。
「うおっ……!?」
酒場の隅に立つ。
「……あんた、役職は」
「……戦士だ」
「採用」
ざわっ
「は、オイ、マジかよ……!?」
「勇者様、そいつ、まともに戦えねーよ! 辞めといた方が──」
「戦士、晴れの日は戦えるか」
「まぁ、それなりにな」
「名前は」
「ドーガ」
「よろしく、ドーガ」
「おいおい、決まりかよ……!」
「いや、まだ仮なんだろ」
「普通は、あとひとりぐらいか……」
店内がまた、ざわめきに包まれる。
次に誰が指名されるのか、誰もが注目した。
「最後。……氷魔法が得意な人」
「はい」
即座に挙手。
「じゃ、キミ。名前は?」
「ラナ」
「採用」
「いや、早いだろ!」
「つうか、そいつチビじゃねぇか!」
「なんで酒場にガキがいるんだよ!」
「……ガキではない。ハーフエルフだ」
「へぇ、初めて見た。よろしくね」
「よろしくな、勇者よ」
「やれやれ、これで決まりみたいね。……勇者様、パーティを変えたくなったら、また戻ってくるのよ」
「どーも。……それじゃ」
「ぬ。もう出発するのか?」
ラナが尋ねる。
「うーんと、次の晴れの日っていつだろう?」
「三日後じゃろうな」
ドーガが答えた。
「じゃ、各自、王から支度金貰って。三日後に酒場前に集合ね。今日は解散」
ひらりと手を振り、扉へ向かう。
「まて、それだけか……!?」
「んー、話し合い的なやつ? じゃあ、三日後に食堂で、顔合わせしようか。あ、王宮がいい?」
「しょ、食堂がいいです……隣の」
スイが、おずおずと提案する。
「あそこの定食おいしいよね、決まり」
「勇者殿、お急ぎですかな?」
「もうすぐ雨降るでしょ? だから」
もう話すことは無いとばかりに、扉をくぐった。
三日後。
「よし。じゃあ、食堂入ろうか」
「はい」
勇者、スイ、ドーガ、ラナの四人が集まり、食堂に入る。
席に座ると、小さな子どもたちがコップをそれぞれ持ってきた。
「ごちゅうもんは」
「俺、おすすめで」
「私も」
「儂も」
「わらわも」
「はーい!」
子どもたちが、奥の両親に伝えにいく。
「癒されるなぁ」
勇者が目を細める。
「勇者様は、子供好きなんですか?」
「まぁねー。実際、見られるといいんだけど」
「……え?」
「や。なんでもなかった」
「そうですか……?」
スイが首を傾げる。
「で、まずはどこを目指すのじゃ」
「ラナって、そんな喋り方だったんだ」
「長く生きておると、話し方がおかしくなる」
「そりゃ難儀だなぁ」
「話を逸らすな」
「あー、そうだった。確か、魔王って結構北に居るらしくてさ」
簡易的で、時代がかった地図を広げる。
「俺らが住んでるこの王国が南だから、東の山脈か西の渓谷を越えなきゃいけないわけ」
つつ、と地図をなぞる。
「ドーガは、国から出たことある?」
「ありますぞ。国境警備をしておりました」
「へー。どの辺?」
「こちらですな、渓谷側を」
ドーガの無骨な指が、地図をなぞる。
「この辺りに、たまに獣の姿の魔物が出ましてな」
「なるほどなぁ。ガチ森林より、マシだと思うんだけど、どう?」
「そうですな、野営出来る場所もいくつか覚えがあります」
「野営かぁー。近くに村ないの? 泊まれるとこ」
「一度、渓谷をさらに西に抜けたところにありますが、やはり一度は野営になりますな」
「山よりマシかー。スイとラナは、野営出来そう?」
「わらわは平気だ」
「私、がんばります……!」
「じゃ、頑張って貰おうかな」
料理の匂いが漂ってきた。
地図をしまい、待つ。
「今日のおすすめは、ステーキだよ!」
「えっ、やった!」
「美味しそうですね」
焼きたてのステーキに、ナイフを刺す。じゅわ、と音を立てて肉汁が鉄板に焼かれる。
敷かれた玉葱と絡めて、ひとくち。
「んんんーーーま!」
「ワイルドボアですな。これが国境付近に出ますぞ」
「んふぇ。ちょうろ、ふい」
(え。ちょうどいいじゃん)
「……話は、食事の後に」
ドーガが頭を下げる。
ライスを食べる。
肉汁とライスが、口の中に広がる。熱くてハフハフしながら噛み、飲み込む。
水をひとくち。
「うんまーーー!」
「ふふ。勇者様は、本当に美味しそうに召し上がられますね」
「ん。ごはんて食べると、幸せな気分になるよね」
嬉しそうに、またひとくち。
綺麗に食べ終わり、また水を飲む。
「美味しかったー!」
「お粗末さまでした」
「ご馳走さまでした!」
店主夫妻が皿を下げ、勇者がにこやかに告げる。
「そういえば、勇者殿は料理のほうは」
「野営の訓練は、一応してあるけど長旅の経験はないよ」
「ゆくゆくは、馬車など買い上げるのもよいでしょうな……」
「馬車かぁ……」
沈黙が落ちる。
「どうぞ、食後のデザートです」
「やった、ありがとう!」
スプーンをさす。
しゃり、と音をたてて沈んだ。
「シャーベットだ!」
「レモンですね、美味しい……」
「……それにしても、これからを考えれば……やはり馬車は必要では?」
「だよなぁ……」
「王からは、貰えんのか?」
「なんかさぁ。伝統のせいでダメなんだって。支度金しか貰えない」
「なんじゃそれは」
「二千年続く伝統ですから……」
「ニンゲンは面倒よの」
しゃく、とスプーンをさす。
またひとくち。
「ドーガ、ここよりデカイ街ってどこだっけ?」
「先ほど申しました村から、さらに一日の距離にありますな」
「なんとかそこまで行って、稼ぐか……」
「この街ではダメなのか?」
「ちょっとはいいけど、ずっとはダメかもなぁ」
「難儀よの」
「勇者様、まだ旅立たれてないの?」
「今代は、相当変わってるって話だぜ……」
「しっ。どこで聞かれてるか分からないよ!」
店の外から、そんな声が聞こえた。
「……まぁ、そういうこと」
勇者が、シャーベットを口に運ぶ。




