第一話 勇者だって人間だからね
──初代勇者が魔王を討伐して、二千年。
しかし人類と魔族は戦い続け、勇者と魔王は代替わりを繰り返してきた。
そして今日、二百代目勇者が、謁見の間に現れる。
誰もが、新たな英雄譚の始まりを期待していた。
「……あの。低気圧で頭痛いんで、用件だけ聞きます」
「……なんと、申した?」
「あー、すみません。今デカイ声出せなくて……。また今度でいいですか?」
──しばしの沈黙。
「……で、あるか……。勇者を休ませよ。話はまた、後日とする」
「……どもです……」
背を向け、立ち去る──前に、もう一度振り返る。
「あ。それと──」
「どうした、勇者よ」
「出来れば、呼び出しは低気圧の日以外でお願いします……」
「……留意しよう」
勇者は踵を返し──振り向くことはなかった。
──晴れた日の午後。
勇者は、ふたたび王の前に立つ。
「……よく来たな、勇者よ。
いよいよ、旅立ちの時……」
「恐れ入ります、王」
“様”は、付かなかった。
「……うむ。では、慣例に従い、勇者にはパーティを組んで貰う」
「酒場でしたっけ」
「うむ。気に入った者を連れてゆくがいい。そして、旅の支度金を渡そう」
「それって、何人分ですか?」
「勇者のパーティになれば、各自に渡すようになっておる。つまり、これはお主の分だ」
「分かりました。では、酒場に行ってきます」
ぺこりとお辞儀をして、立ち去る。
「……今代の勇者は、なかなかの曲者ですな……王様」
「とりあえず、儂の仕事がひとつ減って何よりである」
てくてくと、酒場に向かって歩く。
(……成人してから“勇者”やるのは、“酒場に入れるから”……か)
やれやれ、と呟く。
酒場の横に、昼間から呑んだくれたらしい男たちがたむろしていた。
「……すいません、邪魔なんですけど」
「なんだぁ? ガキが、昼間っから酒場か?」
「あー。おつかいじゃね?」
「なら、金持ってるよな、カネ」
「えーと。俺の格好見て、なんにも分からないんですか?」
「あ? 格好だ?」
「おい、まさか、コイツ……!」
額には、石が嵌め込まれた年代物のサークレット。
特徴的な耳飾り。
皮の鎧に、目立つ赤いマント。
「勇者……?」
「そー。分かったら、どいて」
「クソ……! 今から引けるかよ!」
「この人数なら、やれるだろ!」
「かかれ!」
三人まとめて走ってくる。
「マジか……」
めんどくさそうに、半歩右にずれる。
統制がとれていなかった、先頭のひとりの足をかけ、傾いたところで宙をもがく腕を引き、そのまま肩をトンと叩く。
もう半歩、次の男の膝裏を右足で軽く蹴る。
最後の男がバランス崩したところで左足を掛け、引く。
「うっ、お……!?」
「おぁあ……!」
男たちが、自重で倒れる。
「おい、クソ……! どけ!」
「上のやつが邪魔で……!」
「もがくな、俺の足が挟まって……!」
「おつかれー」
そのまま、勇者は酒場へと入った。
中は、昼間なのに薄暗かった。
オレンジ色の照明が、店内をぼんやりと照らしている。
奥のカウンターへ進む。
「ルシンダの酒場へようこそ」
「どうも。……ここで、パーティ作れって言われて来たんですけど」
「まさか……勇者様……!?」
「なに……勇者だと!?」
「とうとう、旅立ちの日のが!?」
ルシンダの言葉に、店内がにわかにざわつく。
「……パーティだったね。ここのやつらは、みんな腕に覚えのあるやつばかりだよ。好きなやつを連れていきな」
「……えーと、おすすめとかありますか?」
店内をざっと見渡し、尋ねる。
「……ああ、役職だね? 確かに迷うもんだよね。あとで変えることも出来るけど……」
一瞬キョトンとしたが、気を取り直して続ける。
「まずは、僧侶。回復役は欠かせないね。次に、魔法使い。まれに武器が効きにくい敵もいるからね」
僧侶と魔法使いたちが、立ち上がったり手を振ったりしている。
「あとは、盾役とか、弓使いとか。勇者様が欲しい役割のやつを連れていくといいよ」
大きな盾を持った男と、弓使いがアピールする。格闘家もついでにアピールしてきている。
「……なるほどなぁ……」
カウンター席に腰を下ろし、改めて店内を見渡した。
「まず、僧侶……」
じっと眺める。
複数の視線が、勇者に向けられる。
見渡す。
複数の視線が、勇者を見つめ返す。
その中で、ひとりだけ目を逸らした。
「そこのキミ」
「……! ……」
勇者が席を立ち、ひとりの僧侶の前に立った。
「いま、目を逸らしたよね。なんで?」
「……いえ、あの。私は、レベルが低くて……あと」
「あと?」
「雨が苦手なんです」
「採用」
「「……え?」」
店内から、複数の同じ音。
「俺もさー、低気圧とか、ほんとムリなんだよね」
「……え、勇者様なのに?」
「勇者だって、同じ人間だからね」
「……同じ、人間……」
「そ。で、どう? 一緒に来る?」
勇者が手を差し出す。
僧侶は、一瞬だけ躊躇して──
その手を取った。
「名前は?」
「スイです。勇者様、よろしくお願いします」
「スイね、よろしく」
勇者が、小さく笑った。




