第十二話 グランベルへようこそ
酒場からほど近い、宿屋へ入る。
「いらっしゃいませ。当宿は、三階の個室が一泊三ゴールド、二階の相部屋が、お一人様一泊二ゴールドとなっております」
「わらわは、相部屋で良いぞ」
「ラナさんと一緒のお部屋がいいです」
ラナとスイが頷き合う。
「コンさん、俺らどうします?」
「儂は相部屋で構いませんぞ」
「うーん。俺とクロウが相部屋で、ドーガは個室にしよう。
すいません。相部屋ふた部屋と、個室をひと部屋。十日ほど連泊したいんですけど」
クロウとドーガの言葉を受け、勇者が宿屋の店主へ告げる。
「かしこまりました。それでは、合わせて百十ゴールドになります」
「うっ!」
「はは。合計すると、もう幌馬車買えそうな金額っすね。
先に支度金貰っといて正解だったっす」
クロウが苦笑する。
それぞれが支払いを済ませ、鍵を受け取った。
「……ダイ殿。早めに宿を引き払えば、払い過ぎた分のゴールドは戻りますゆえ……」
「うん……」
「あと、あれっすよ! ここ、通り沿いで人気なんで。他の宿屋探すのもアリっす!」
「うん……」
予想外の出費へ落ち込む勇者を、ドーガとクロウが慰める。
「難儀よのう……」
「実際、幌馬車の予算に近い金額でしたから……」
ラナが呟き、スイが眉を下げる。
「まぁ、幌馬車も買えば終わりではないがな。維持費は掛かる」
「そうなんですね……。旅になると、色々ありそうですもんね……」
ラナの言葉へ、スイが首を傾げる。
「じゃ、夜市までは部屋でゆっくりするってことで」
「うむ。クロウ殿、ダイ殿を頼みますぞ」
「うっす」
ドーガが頷き、三階へと上っていく。
「じゃ、コンさん。入りますよ」
「うん」
クロウの言葉へ、気を取り直した勇者が頷いた。
夕刻の鐘が鳴る。
にわかに、外が騒がしくなってきた。
「何だろ……?」
勇者が、窓の外を見る。
「“入れ替わり”っすね。……コンさん、外見ててください。楽しいっすから」
「うん」
クロウの言葉へ頷き、窓の外へ目を向ける。
すると、どこからともなく、屋台を引いた人々が街の奥へと歩いていく。
「わ、凄い。屋台がたくさん……!」
「でしょ? あれが並んで、グランベル名物“夜市”になるんすよ」
「“夜市”?」
「そっす。昼間は普通に市場やってる場所なんすけど、夜は“屋台街”みたいになるんす。
まぁ、“屋台”だけじゃないんで、まとめて“夜市”って呼ばれてるんすけどね」
「へー!」
「本番はもう少し先なんで、楽しみにしててくださいね」
「うん!」
クロウの説明へ頷き、目を輝かせながら外を見る。
やがて屋台の列が落ち着き、辺りが薄闇に包まれた。
「……じゃ、そろそろ行きましょうか」
「俺、ドーガ誘ってくる!」
クロウの言葉に、勇者が飛び跳ねるような勢いで部屋を出る。
「……子供みたいっすね」
まだ大人になったばかりだとは聞いていたが、こうして見ると実感する。
思わず、クロウの口元へ笑みが浮かんだ。
(“夜市”、しっかり見守らないと……)
ドーガとラナにも見守りを頼まなくてはと思いながら、鍵を掛けて隣室をノックする。
「すでにいい匂いがする!」
外へ出ると、夜風に乗って炭焼きの香ばしい匂いが漂ってきた。
「あー。これ、あれっすね。“夜市名物”の、“ワイルドボアの串焼き”っす」
「ワイルドボア!」
「コンさん、走ったらはぐれますよ」
「先に行くか? ダイよ」
「いや、大丈夫。みんなで行く」
「偉いですな」
(……なんすかね、この家族みたいな雰囲気は……)
ドーガとラナに見守りを頼んだものの、はしゃぐ子供を相手にしているような気持ちになる。
「でもほんと、いい匂いですね……」
早足になる勇者へ歩幅を合わせながら、スイが微笑む。
「あの串焼き、エールが進むんすよ……。
独自の香辛料文化があるんで、“あの味はグランベルでしか再現出来ない”って言われてるんす」
「早く食べたい!」
市場までの緩やかな上り坂を、勇者たちが歩いていく。
やがて、たくさんの灯りに照らされた“夜市”へ辿り着いた。
「わぁ……!」
市場に、整然と並ぶ屋台。
合間には簡易テーブルが置かれ、食事スペースが取られている。
早々にエールを飲む冒険者たち。
人気の串焼き屋台には、すでに数人が並んでいた。
「行こう!」
「コンさんと並んで来ますんで、近くのテーブル席キープしといてください」
「分かった」
「エールはいくつ買うかの?」
急ぐ勇者を引き止めつつ、クロウが告げる。
ラナが頷き、反射的にドーガがエールの数を尋ねた。
「みんな飲むなら、串焼きのあとでも大丈夫っすよ。テーブル席で注文出来ますんで」
「便利になっておる……」
ドーガが瞬きをし、クロウが笑って手を振る。
「串焼き! 俺、二本食べたい」
「美味そうっすよね。確かに……一人二本いっときましょうか」
“夜市”の喧騒に紛れ、屋台に並ぶ。
「本当に賑やかですね……!」
近くのテーブル席へ座り、スイが忙しなく辺りを眺める。
「そうじゃの。……で、スイはエールで良いのか?」
「あ、すみません。果実水でお願いします」
「だそうだぞ、ドーガ」
「かしこまりました」
スイの様子を微笑ましく眺めつつ、ドーガが近くの店員を呼び、注文する。
「ありがとうございます! エール四つと、果実水ひとつですね!
合わせて二ゴールドと三シルバーになります!」
「では、これで」
「はい! では、こちらの札と引き換えになりますので、ここでお待ちください」
「分かりました」
店員が、樽の並ぶ飲み物屋台へ戻っていく。
「なるほど、便利ですな」
串焼き屋台では、勇者とクロウの順番が回って来ていた。
「おじちゃん! 串焼き、十本ちょうだい!」
「あいよ! ……おや。お客さん見ない顔だな。“夜市”は、初めてかい?」
「うん! 凄い美味そうだね」
「ははっ。そうだろう。“一度食えば、もう他の串焼きは食えねぇ”って評判だからな。
……ほらよ、十本で十ゴールドだ」
「ありがとう!」
五本ずつ包まれた串焼きを、大事に抱える。
「……兄ちゃん」
「ん?」
「……オマケだ、持ってきな」
「うわぁ! おいちゃん、ありがとう!」
さらに満面の笑みを浮かべる勇者へ、屋台のおじさんも、日に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑った。
「……良かったっすね」
包みを半分引き受けながら、クロウが勇者に微笑みかける。
「うん! 美味しそう……」
「ちゃんと前見るんすよ」
テーブル席に戻った。
「お待たせしました。おっ、エールも来てますね」
「今来たところじゃ」
クロウの言葉へ、ラナが頷く。
勇者が席へ着き、串焼きの包みを広げた。
「わぁ、美味しそうですね!」
「おっちゃんが、オマケしてくれたんだ!」
スイの歓声に、勇者が串焼きを掲げて見せる。
「せっかくですし、乾杯しましょうか」
「そうですな」
「いいですね!」
「うむ」
クロウの言葉へそれぞれが頷き、ジョッキを持つ。
「……では、グランベルでの新たな旅路に」
「乾杯!」
ドーガの言葉を勇者が引き継ぎ、皆でジョッキを合わせた。
「串焼きうまーーーい!」
「本当じゃの。しばらく来ぬうちに、さらに複雑な味へ仕上がっておる」
「肉汁も凄いです。食べやすいのに、しっかりしてて……」
「ね。“ここでしか食べられない”感じするでしょ?」
「俺、毎晩食べたい」
──賑やかな“夜市”は、まだ始まったばかりだった。




