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聖女


「イール様そろそろ礼拝の時間です」


「わかりました。すぐに向かいますので少々お待ちください」


私の朝はいつも私直属の騎士が部屋の扉をノックして起こしに来るところから始まります。

幼い頃からの習慣で慣れてはいるのですが、この時間に起きるのは少々辛いですね。出来ればもう少し眠っていたいのですが、そんなわがままを私が言えば困る方が沢山います。

ですからここは我慢して、起きましょう。


私は人一人が使うには過分に大きい天幕付きのベッドで起き上がり、ベッドの縁まで移動して立ち上がります。

それとほぼ同じタイミングでどこからともなく私の世話役の女性達が現れ、私の身なりをすごい速さで整えていくんですよ。

私が赤子の頃から私の世話をしてくれている方達も中にはおり、一番の新入りの方でももう五年ほどの付き合いになります。


「おはようございます皆さん」


「「「「イール様は今日も麗しく」」」」


「ありがとうございます」


ですが皆さんはこういう場ではこの様な様子で、少しも柔らかな言葉使いはしてくれません。数人の方とは二人きりの場でなら親しく話してもらえる様になりましたが、今のところはその場でのみです。

他の目がない私たちだけの場所でなら親しく話せる様になるのが私の密かな目標なんです。


その様な事を考えていたらいつの間にか服の着付けが終わっていました。前世の着物以上に着るのが大変そうな服をものの数分で着付けてしまうのですから信じられません。

私としてはもう少し軽装の服を着たいのですが、振袖の様に着飾った服が私の基本的な服装になっています。


「やっぱり少し重いですね」


慣れたとは言え前世ではこれとは比べ物にならないほど軽い服を着ていた記憶がある私としては、時々そんな弱音が出てしまいます。そんな私を嗜めてくれるのは私の出産の時から私付きの世話役だというバレッタです。


「イール様その様な弱音はどうかこの場だけでお願いいたします。イール様はこのゲオルグ正教法皇国の名実ともに聖女であるのですから、その振る舞いにはとても大きな意味が付き纏うのです」


バレッタはあくまで優しく私に言い聞かせる様に話します。彼女の立場上許されるギリギリでしっかりと私を支えようとしてくれているのが伝わってきますね。


「それにイール様が纏っておられる礼装は聖女様が纏う礼装の中では軽装の部類になるものです。

これ以上軽いものはございませんので、もう慣れていただく他はないかと」


「そう、だったのですか」


まさかこれが最軽の礼装だったとは、思いもよりませんでした。バレッタ達は私の願いをできうる限り叶えようと努力してくれていたのですね。

申し訳ない事を言いました。


「ごめんなさい、バレッタ、みんな。少しだけわがままになっていたみたいです。」


私を思ってしてくれた事を無下にしてしまいました。それは謝らなくてはいけない事です。

私なりに真摯に謝罪をしたつもりでしたが、何故かバレッタ達には少し笑われました。


「なんで笑うんですか!私なりに申し訳ないと思ったから謝罪をしたのですよ」


「いえ違うのですよイール様。わたし達全員が貴方様に仕える事ができてとても嬉しく思っているのですよ。私達にとって聖女様や司教様方に仕えることは他の何よりも名誉な事なのです。

そして尊いお方は私どもの事を基本はお気になさいません。それは仕方がない事なのです。そのお方達にはより優先すべき事柄がありますから」


みんながそれぞれにメイクや装飾品を私に着付けながら同意する様にゆるく笑っている。バレッタも私の髪をすき、言っていきながら話を続けていく。


「勿論イール様もそのお立場でございますし、そのお役目もご立派になされております。たまに先ほどの様なこともおっしゃりますがお言葉になさるだけで、私の様な者のお言葉にも耳を傾けて頂けます。そして先ほどの様に私どもを気にかけていただけているのですから、私どもはイール様にお仕えできている事を日頃から幸福な事だと思っているのですよ」


「//.そ、そうですか。」


「はい。そうなのです」


そんな事を直接言われるとすごく恥ずかしいです。まだ全身至る所で世話役のみんながお仕事をされていますから、この場から動くことも顔を隠すことも出来ないのに顔が熱くなってきます。

実際に鏡に写っている私の顔は真っ赤で、それを自分で見せられると更に恥ずかしさが込み上がってきました。 

みんな声にも顔にも出しませんがそんな私を見て楽しんでいます。  

これ以上痴態を晒さないため私は目を瞑って、今世幼い頃から覚えさせられた祝詞をひたすら無心で唱える事にしました。

毎日欠かさず神祖ゲオルグへ祈りを数時間捧げているおかげで、祈っている間は無心になれる様になりましたし、いくつかの奇跡を使える様になりました。


「イール様終わりましたよ」


バレッタの呼びかけで身を開けると、私の頭には顔と神全てを隠す大きなベールがつけられていて、身支度が完全に終わった事がわかります。


「外で騎士も待っておりますので急ぎましょう」


「そうですね。行きましょうか」


外に待機しているであろう騎士が私を起こしにきてもう三十分程経っています。前までは部屋から出るたびに待たせたことへ一言なにか言っていたのですが、バレッタからあまり気にしすぎるのは逆に騎士に失礼になると言われてもう言っていない。そのおかげか、最近騎士の方の表情も和らいできた様に思います。流石バレッタですね。


ゲオルグ正教では一日2回の祈りが一般的です。宗派によって少しずつ形が異なるらしいのですが、私のいるゲオルグ正教法皇国の聖都ミリアムでは2回統一されています。聖都ミリアムは神祖ゲオルグの母君であられるミリアンヌ様から由来しているのですよ。


話が逸れてしまいましたが、一日に二回の祈りは基本早朝と、夕暮れに一回ずつ。出来る事なら教会での祈りが望ましいですが、どうしても無理な方は出来る限り清潔な場所でですね。そこは祈りを捧げる事が優先です。


そしてここ聖都ミリアムにある唯一にして法皇国最大の教会の聖スクリア教会が、私が祈りを捧げる場です。私の他にも高位聖職者の方がいますが、聖女は私だけです。

聖女は国に私を除いて数名いて、それぞれが別の教会を拠点にして活動し、一定期間ごとにまた違う教会へと移動します。聖人の方同じですね。

その一定期間の修行が終わればこの国の中枢であるサン・ヴァレンシア大聖堂などにいく事ができるとされています。他にも修道院などに行かれる方もいるそうですが、私はお父様の言いつけでサン・ヴァレンシアに行く事になっています。


「ではイール様、お願いいたします。」


そんな事を考えていたらもうお役目の時間ですね。教会の礼拝堂の中央で信者の方達に注目された状態での祈りはすごく緊張します。

ですがこれも私の役目ですから、しっかりとやりましょう。


「我らが主たる偉大なる神祖。

その御名の下我らの平穏がある事に感謝を

その恩寵の下我らの幸福がある事に感謝を

その御心の下………………………」


最初の頃は覚えられないと思っていた祝詞も今となっては考えもしなくても口から出てくる。

焦らぬ様、滞らぬ様に気をつけて礼拝堂全てに届くように。


「……その広き御心を持って、今日もまた我らをお導きください。」


最後の一文を読み上げた後はゆっくりと立ち上がり礼拝堂を後にする。教会での祈りはその場にいる最も尊き人が最初に祈り、最初にその場を後にする決まりがあります。この場では聖女である私が最も尊いとされていますので、私が礼拝堂を後にしなければ誰一人祈りを止める事ができません。出来る事なら小走りで去りたいところですが、聖女としてそのような振る舞いは許されませんのでゆっくりと去るしかありません。


朝の礼拝が終わればゲオルグ正教本部であるサン・ヴァレンシアから来た指令に従い活動していきます。今日はとある方と共に信者の皆さんにゲオルグ正教の教えを説く様に言われましたので、そこまで移動しなければいけません。

移動するのは良いのですがその移動手段が少し嫌なんです。

これもまた決まりで聖女や聖人が利用する物は細かく決まっていて、聖女の私が乗れるのは特例を除いて【白麗】と呼ばれる大きくて綺麗な鳥だけなのです。

つまり【白麗】に引かれている車には聖女が乗っているという事で、移動中ずっと外から呼び掛けられるわけです。その呼び掛けにはできうる限り応える事が推奨されているため窓のカーテンを開け移動中ずっと笑顔で手を振る事になります。




「お疲れ様ですイール様。とてもご立派でした。

第一騎士団団長様との待ち合わせ場所に到着しましたので、少しだけ休憩しましたら車を降りましょう。」


「ありがとうバレッタ。一分で大丈夫です。この中で長く休んでいるのは色々とご迷惑でしょうから」


一分だけ車の中で休んだ私は気合を入れ直して車から降ります。十年以上も聖女をやればそういう事も自然と慣れるという物です。


そして車から降りてバレッタ達と目の前の屋敷に入ろうとした時、目の前の屋敷の門をすり抜けて何かが私にぶつかってきました。


「邪魔だ!!退けっ!!」


「きゃあっ!!」


咄嗟にみんなが私を守ろうと動いていたのはわかりましたが、タイミングが悪すぎたのでしょう。

門から出てきた人?は一直線に私とぶつかり、今世で初めて痛みを体験する事になりました。


「なにをしている貴様!!」


「すぐにイール様から離れなさい!!」


バレッタやみんなの声ですぐ私は意識が引き起こされ、痛みを我慢して目蓋を開けました。

そこには全身が毛で覆われた人が私の上に覆いかぶさる様にして呻いていました。


「獣人?」


目がとてもくりくりしていて、耳がふさふさした狐の顔をしたひと。確か獣人という人たちです。

直接目にした事がなかった私は素直に可愛いなと、場違いですが思っていました。


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