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汚れを知らぬ白

「獣人?」


私のその言葉を聞いてか、私の上に覆いかぶさっていた狐の獣人の方は一瞬体を震わせた後、飛び退くようにして離れてくれました。

獣人の方が私から離れるとバレッタ達が間に割り込むようにして入り込み、私にぶつかってきた獣人の方を乱暴に締め上げていました。


「ぐぅっあ!」


「待ってください!いくらなんでもそのような乱暴は可哀想です!」


「しかしこの獣は神聖なイール様に触れたどころかお怪我をさせたのです!!それ相応の報いを受けさせた後処刑します!!」


確かに手などを少し擦り剥きましたがそれだけで処刑になるものなのだろうか?獣人の方達は私たちヒューマンが教え導く必要のある方達の筈。

ならばこの人の目があるこの場で、私には聖女として言わなければいけないことがあると感じた。


「いえ、処刑はなりません。確かにこの獣人の方は私に傷を負わせましたが、償えない程のものではないでしょう?」


「ですが!!」


「これはゲオルグ正教の聖女。ローレライ・イール・ゲオル・キーバスとしての判断です。それなりの覚悟を持って発言しなさい!」


「…かしこまりました。出過ぎた行いお許しください」


「いえ、私の方もこのような言い方になってしまいごめんなさい」


獣人の方を締め付けていた若手の世話役の方は私の意見を聞いてくれて、若干ではありますが緩くしてくれました。私の横に座り少しだけ血が出ていた私の手に治癒の奇跡をかけてくれていたバレッタを見れば、仕方がないと言う顔で頷いてくれている。

ちゃんと聖女としてゲオルグ正教の教えを正しく体現できたようです。

話しも片付き、いつまでも地面に座り込んでいるわけにもいかないので立ち上がったところで、屋敷の中から数人の騎士達が出てきました。


「すまない!!こっちに狐の奴隷が逃げてこなかったか?」


多分この獣人の方の主人の方でしょう。


「あぁこのじゅ……「控えなさい!!」っえ?」


早速この獣人の方をお返ししようかと思っていたのですが、先ほどまで落ち着いて私の横にいたバレッタがこちらに向かってきた騎士達に一喝し出しました。

これには私を含めた世話係のみんなが驚いています。


「っ、はっ!!!申し訳……えっ?」


「なんですがその呆けた返事は!!それでも聖ゲオルグ正教法皇国の騎士ですか!!!?」


「申し訳ありません!!!!」


「よろしい!!!そして騎士ならば視野を常に広く持ちなさい!!白麗がこの場にいるならば、我らが聖女様の一行であることはすぐにわかるでしょう!!!」


「失礼いたしました!!!

我ら聖ゲオルグ正教法皇国第一騎士団三番隊所属の騎士です。聖女様とは知らなかったとはいえ、先程のご無礼どうかお許しを!!!」


バレッタは屋敷から出てきた騎士達にそう言わせると、少し下がる形で私が騎士達から見えるように移動して私へ目線を投げかけてきた。

もう何がなんだかわからないうちに話が進んでしまいましたが、今の状況は私が納めなければならない状況である事は理解できます。

バレッタの出自がとても気になりますが、今は我慢ですローレライ。


「どうか顔をあげてください騎士様方。騎士様の方でも何か問題があったご様子です。その状態で白麗を見落として判断を誤った事を私は責めようとは思いません。バレッタもどうか許してあげもらえませんか」


「はい。イール様がそう思うのであれば私の方からは何も言う事はありません。騎士様方、先程は出過ぎた真似をいたしました」


「いっ、いえ貴方の指摘にこちらが反論できる事はありません」


そう答える騎士達は完全にバレッタへの畏敬の念を抱いていた。第一騎士団といえばこの国の最精鋭のはずなのだけれど大丈夫なのでしょうか。

それと完全に蚊帳の外にしてしまっていますが、獣人の方の処遇もまだ決めれていません。


「ゲオルグ正教の聖女であらせられるイール様にこのような失態。聖ゲオルグ正教法皇国第一騎士団団長として誠に申し訳なく。そしてその騎士達の不甲斐なさに聖女として疑問を持たれたかもしれませんが、【銀の拳弾】相手では流石に末端の団員では厳しいのですよ。

そしてこの顔ぶれで外で話すのはよろしくない。

まずは屋敷の中へお入りになさいませんか?」


屋敷の中から歩いてくる一人の男性。歳の頃は前世で言うなら三十手前か、少し過ぎた程度の見た目をしている。バレッタの雷のような声とは違う穏やかな口調ではありますが、その威厳は確かに伝わってきました。

そしてその意見を否定する理由はありません。

周囲の目もちらほら集まってきたようですし、ありがたく乗らせていただくとしましょう。  


「これは聖ゲオルグ正教法皇国第一騎士団団長様来訪した身でありながら見苦しいお姿をお見せしました。起きた問題もちょうど収まったところですのですので、そのご意見ありがたく」


「いえ全面的にこちらに非がありますのでお気になさる事がありませぬよう。

では心僅かななお詫びとして私自らご案内いたしましょう」


私の斜め前の位置にまで移動された後、案内を始めた団長様。その動きに合わせて先ほどまで固まっていた騎士の方達も私たちの周りを警護する位置に移動しています。流石に自分の騎士団の団長の前では、しっかりとするようですね。

そして件の獣人の方も流れで一緒に連れてきているのですが、先ほど世話係の一人が他の奴隷商に売ってきて良いかの確認をしてきました。

理由としてはこのまま騎士団に戻せば厳しい処罰がされる為だと言う事で、私としても他の奴隷商に行ってもらいたいと思います。


「騎士団長様、」


あまり大きくない声で少し前を歩く騎士団長様をお呼びすれば、歩いたままゆっくりと後退して


「どうなさいましたか?」


こちらに合わせてもらえた。印象通りとても穏やかな人のようですがよかったです。そのことを確認できたので、私は直接言葉にして伝える事はせずに目線を一瞬獣人の方へ向けるだけにしました。あまり多くの方が聞けばややこしくなるお話ですし。

騎士団長様もそれだけでこちらの意図を汲み取っていただけたようで、少し微笑んで頷いてくれました。こちらも礼の意味を込めて少しだけ頭を下げてから、世話係の一人に視線を向けて頷きす。

世話係で獣人の方を捉えている二人もすぐに意図を察してくれたようで、静かに屋敷に入ろうとする一段から外れて外に向かって行きました。

最後に獣人の方ともう一度視線を交わしたかったのですが、獣人の方は俯いていてできませんでした。一瞬だけ何かを呟いていた気がしますが、気のせいだったのでしょうか?


「イール様?」


「いえ何もありませんよバレッタ。」


私の様子に気づいたバレッタが声をかけていましたが、流石に相談しようと思えることではありません。軽く流して話を終えようとしていたら、斜め前を騎士団長様が小さく笑い声を漏らしました。騎士団長様はすぐにこちらを向いて謝罪をした後、その理由を説明してくれました。


「申し訳ありません。私のよく知る【銀の拳弾】とはあまりに印象が違いましたので思わず」


「【斬罪の拳】その話はイール様にしなくてもよろしい…」


「ハハ!!これは失礼を。ですが現在主人であらせられる聖女イール様が気になるのであれば、隠さずお話になられるべきかと。決して恥じることではないのですから」


「それはそうですが…」


バレッタはそう言いながら私の顔を覗き、観念したように騎士団長様へ続きを促していました。

どうやら気になっているという感情が表情に出ていたようです。出来るだけ感情が表に出ないように日頃気を付けているのですが、バレッタには通用しないようですね。


「では【銀の拳弾】からの許可も取れましたので、案内をする傍ら少しだけお話ししましょうか。私が【銀の拳弾】であらせられるバレッタさんに出会ったのは聖ゲオルグ正教法皇国騎士団に入隊した当初のころでした。

当時バレッタさんは前職を引退し、私達のような若手の教官をしておりまして、それは厳しく鍛えられたものです。」


なるほどそれなら先ほどの騎士達への叱責も頷けます。【銀の拳弾】といいバレッタはどうやら私が思っていたよりも凄い人だったようです。


「現在この国の現役の将官は半分以上バレッタさんの指導を受けているのですよ。バレッタさんは三十年以上前に私を含めた数人の新人達を鍛え上げて教官の任を辞してしまいましたが、今でも当時のことはとても感謝しているのです」


「そうだったのですか。初めてバレッタの過去を聞けて嬉しく思います。どうしてバレッタは教官を辞したのですが?」


「それは元々実力の低下を懸念していたことと、【斬罪の剣】をはじめとしためぼしい者達を育て切った事で一応の区切りとしたのです」


バレッタは幼い頃から頼りになると思っていましたが、こういう背景があったのですね。

感心している私を他所に騎士団長様がバレッタへ言葉を投げかけている。


「バレッタさん冗談にしては笑えませんよ。あの当時のバレッタさんは確実に聖ゲオルグ正教法皇国軍ないで十指に入る実力者でしたよ」


「それはそうかもしれないが、育てていた新人達にお前を含めて二人に実力で超えられたのだ。限界を感じたというのは嘘ではない。

実際今【斬罪の剣】【慈愛の鏡】は二人とも軍の五指に入っているだろう?」


「ハハっバレッタさんのおかげですよ。カルナとは時々会うこともありますが、あいつはあの頃と何一つ変わりませんよ。」


「それは、まぁ仕方ないだろう。あいつらしいという他にない」


「そうですね。ではちょうど案内もすみましたのでそろそろ明日行う広場での大規模演説について話を進めて行きましょうか」


「はい。よろしくお願いします。」


このままもう少し聞いていたかったですが、役目を放置しておくわけにも行きません。またいつか機会があれば、バレッタから聞かせてもらいましょう。机を間に置いて向かい合うように座りながら、今日も私は聖女としての役割を真っ当するのでした。

















「こっのぉ獣の分際でぇ!!!!!!」


ドガァッ!!!!!!


「っぅウオェッ!!」


「下等な獣のっ、癖にっ!!イール様のお体に傷をつけるなどっ!!!!!」


ドッ! ドカッ!! バコッ!! バゴッ!!!


「ゲホッオェッ…ガハッ、はぁ…はぁ…」


聖都の裏。日陰を生きる者達が息を潜めてその命を繋いでいるその場所で、似つかわしくない聖女に仕える奉仕者が二人は、その清廉なる見た目からは想像もできないような言葉を吐き捨てていた。その足元には黄金色の毛色が美しい少年が倒れている。その顔や腕には散々にいたぶられたことで青く腫れ上がっており、ボロ切れの服の中はさらにひどい有様だった。


「クソックソックソッォォオ!!!よくもよくもぉ!!

我らヒューマンに奉仕するこしか存在意義のない獣の分際でぇ!!!!

私達でさえ!!本来あの方に奉仕する私達でさえ!!無闇に触れることが許されないあの方のお体に触れるなど!!!!」


本来聖職に近しき者であるならば、手厚く保護しなければならないその少年に容赦なく蹴りを入れていく二人の聖女への奉仕者。

その様子を見る日陰者達や表通りを通り歩く人々の間には好奇心はあれど疑心はない。それが当たり前のように受け止めている。


「あの方の尊き御心にその汚らわしき存在が入ってしまったかと思うと、嘆かわしくて仕方がありません」


もう一人も蹴りを叩き込むもう一人を止めようとはせず、ひたすらに少年の顔を踏みにじる。

この二人は先ほど聖女の言った事を正しい事と受け止めながら、自分たちがしている事もその意に沿っていると確信しているのだ。

あの場で今のように少年を嬲りものにしなかったのは、万が一聖女に汚らわしい獣の血がつかないため、聖女の慈悲深き心へ無闇に負担をかけないためである。少年をここまで連れてくる為に聖女へ言った言葉も聖女への気遣いであり、少年のことなど本来はどうなってもいいのだ。

その意識はバレッタをはじめとした聖女の世話役全てに共有されており、この二人がこうして少年を嬲りものにしているのも単なるその場の流れで一番自然だったから。他の世話役のものであったとしても少年の有様には大きな変化はなかったであろう。


「あぁクソっ!!!あの清らかな御髪に触れ!!

あの清純なる香りを間近で嗅ぎっ!!!

あのお方の無垢なる御身体の柔らかさを感じるなどっ!!!!なんたる不遜!!!なんたる……っ

羨ましきことかぁ!!!!!」


その女性はその衣服に少年の血がつくことなど気にも留めずひたすらに激情をぶつけていく。その目には涙が浮かび、歯軋りが出るほど食いしばった顔は素の彼女からは想像もできない程歪んだものになっている。


「私ですら、ここ最近になりようやくお言葉を交わせる様になったというのに。家畜の分際であれほどあの方からお言葉を受け取るなど、身の程を弁えなさい!!!」


少年の顔を踏みつける力が増そうとも、その女性の顔はもう一人の女性の様に歪んだ表情はない。ただゴミでも見るような目で少年を見下しているだけである。

しばらくそうしていた二人は、足元に倒れている少年が声すら上げなくなった段階で暴力を止めた。


「これ以上は死んでしまいますね。まだ教えたりませんが、イール様とのお約束もあります。否ない程度に治癒の奇跡をかけたのち、適当な奴隷商に売り飛ばしましょう。」


「はぁっ、はぁっ、そうですね…。これ以上はイール様へいらぬ心労をかけるかもしれません。

奴隷商にこちらが用意した用紙に契約書を書かせればイール様がご覧になってもご納得いただけるでしょう」


「では生きましょう。それとその汚らわしいゴミの血がついた衣服や私の衣服も捨ててしまいたいので、イール様の元に戻る際、いったん教会に戻りましょう」


「そうですね。流石に汚れた装いでイール様のお世話など出来ませんし。ならば尚の事急ぎましょう」


内部出血により元の二倍程に膨れ上がった少年に死なない程度に治癒の奇跡をかけた二人は、生ゴミでも運ぶ様に少年を引きずっていく。

目指すは日陰に佇む醜悪な見せ。表通りにある奴隷商館とは比べものにならない。


「おい店主この獣人を買い取れ。値はどうでもいい、ただこの獣人を買い取り、この用紙に私達が今から話すことを書きこればいい。わかったな」


「はいっ、こいつぁどうも、教会のお方がこんな汚ねぇ奴隷商へようこそ。ご要望は了解しやした。てきぱきとやらせていただきやす」


結局少年は表の最下層の子供の小遣いにすら劣る捨値で売られ、そのままゴミ駄目の様な折の中に放り込まれた。

その少年を見たものは死体と思うであろうひどい有様であり、あの聖女が想像していた姿とは程遠いものになっているだろう。聖女は奴隷を一応は知っているのだろう、表通りに並んだ小綺麗でよく管理された奴隷をだ。しかしそれしか知らない。表通りにある奴隷達など全体の数%でしかないことを知らない。

殆どの奴隷達がゴミの様な扱いを受けていることなどつゆとも知らず、ただ綺麗な世界だけを視界に入れ、それのみが世界の全てだと信じ生きていくのだろう。


少年は自身の死を悟っていた。少女とぶつかり、少女の言葉で夢から醒めた瞬間悟っていた。もっというならば、騎士達に実戦の訓練様として買われた瞬間に死ぬ事を悟っていたのだ。

僅かな可能性にかけ脱走してみたものの、今は自身の死ぬ瞬間を待つ死体漁りのネズミがいる始末。


「狐、人…だ」


そんな少年はうわ言の様に言葉を発する。残り少ない力を振り絞りながら、ずっと叫んでやりたかった言葉を口にしようとしていた。


「俺…っは、ガハッ!俺たちっは。け、もの  じゃ 、ない。 獣、じ んじゃ  ないっ。

あれ、は………狐……人    な、んだ…」


ここはゲオルグ正教法皇国の聖都ミリアム。

ゲオルグ正教の中心地であり、ヒューマンの繁栄の都。

多種多様の種を使い潰しながら繁栄する純白の大都市である。


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