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もう一度貴方の子で

「撃元師より炎 虚苦少将へ、中天帝国北西可汗省(かげんしょう)の警備と復興の任を与える。

速やかに自軍の拠点を可汗省へと移しその任を全うせよ。と。」


「はっ。炎 虚苦少将、撃元師からの任確かに了承した。拠点移動の準備も含めて一ヶ月以内に可汗省へと移ろう。」


「いえ、これは急ぎの任。二週間以内に帝都蒼炎より拠点を可汗省に移されください。」


急な転属命令。それも二週間以内。いくらなんでも無茶がすぎる指令だ。

何より俺の軍は名目上中天帝国の軍に所属しているとはいえ、実質は王子としての個人戦力。

それを正式な指令の形を取って先日民の反乱を鎮圧したばかりの可汗省にロクな準備もせずにいけだと。


「それはあまりにも急すぎる。せめて三週間は貰いたい」


「いえなりません。この指令は炎 惣輪様からも了承を得たものでございます。指令内容は絶対。どうかご了承いただきたく」


惣輪兄さん。華世皇后派閥の撃元師がなぜ惣輪兄さんに了承を取る?

撃元師が皇后の派閥から抜けたなんて事があれば、いくら弱小派閥の俺たちとは言え、耳に入らないはずがない。


「(俺を中央から遠ざけるというのが二大派閥で合意の上という事か)」


ならばもう俺にはこの指令に従うしか取れる手はない。必要最低限のものをまとめ、可汗省の情報を集めなければ。

幾らかはここに残す事になるが…….、残す。


「…おい、母上はどうするんだ?」


「炎 涛皇妃は勿論帝都にお残りになられます。それがどうかなさいましたか?」


あの母上が今の状況で俺という武器を失い帝都に残る。

それは、なるほど。

もうそこまで事態は動いていたという事ですか母上。

もうここまで至ってしまえば俺じゃどうすることもできない。むしろ俺ごと、などにならず遠ざけられただけで済んだ事を運が良かったと受け入れるしかない。


「…そうか。了解した。二週間以内に程度から可汗省に移ろう」


「ご理解いただきありがとうございます」


父上が各地の反乱を鎮圧するため帝都を離れている今、帝都を取り仕切るのは惣輪兄さんと皇后の二人。

そしてその二大派閥に取り込まれていない派閥は残り少なく、残っている中で一番目障りな母上の派閥をこの機会で解体吸収するつもりなのだろう。

それを回避するには父上が帝都に戻るまで耐え忍ぶくらいだが、俺がいないとなれば、武力を使って一日もあれば解体はできる。

そしてそれが実行されるのは二週間後以降、俺が帝都を離れてから、父上が戻るまでにだろう。


母上に逃げ道はない。

それに助かる道もないだろう。

帝たる父上から寵愛を受けた平民の踊り子。

愛されたからこそ皇妃となった絶世の美女として幸せな人生を歩むはずだった人。

歩める道を持っていた人だ。

だからこそ助からない。

その身から清らかさは抜け落ちようと、エルフ種にすら勝と言われる美貌に変わりなく、父上からの寵愛は衰えたものの未だに健在だ。

帰り咲く可能性があるからこそ見逃される選択肢はない。

もう救える手段はない。


「今すぐに拠点移す準備にかかれ!

軍需品、資金に関わる書類は必要のあるものだけをまとめ、それ以外は燃やせ。決してここに残すな!

点 転子に兵を千を率いさせ可汗省の情報収集にあたらせろ。

返 変裏は精鋭部隊半数と一万を率いて道中の安全と進路を確保しろ」


「「はっ」」


「残りの精鋭部隊は残った兵に荷物整理の指示を出し、報告書を私に提出しろ。」


「はっ!」


短く指示を出せばすぐに動き出す部下たち。

あの戦争で力は半減した俺の部隊は少しずつその力を取り戻し始めている。

現在の総数は2万。全盛期の三分の二、実質的な戦力で言えば二分の一だろう。

前線での優秀な指揮官が多く死んでしまった事が大きな原因だが、そればかりはすぐにどうにかなるものではない。


「可汗省に拠点を移すなら俺が今持っている土地を売るのも手か。

もともとあそこは三万の兵を保有する名目が欲しかったから持っていた土地で、可汗省に移るならその意味もない。

なら売って資金にした方が利は大きいな」


俺が個人の戦力として現在2万、過去に三万もの軍隊を持てた理由は、王子としての個人戦力プラス土地の守護という名目があったからだ。

いくら王子という立場があるとは言え、三万もの兵力は多すぎるし、駐屯する場所にも困る。何より維持する事が不可能な数だ。

そこで俺が取った手段が、目立った特産品もない、ただ広くて人も少ない田舎の土地をその土地の領主から破格の値段で買い取るという方法。

まぁ買い取るためにいろんなところに根回しをして、複雑な手法を使ったわけだが、簡潔にいうなら買い取ったわけだ。


思い入れがないわけではないが、可汗省からは絶妙に遠い。駐屯場所としても必要ではなくなった。

もう俺には猶予も残されていない。遅くとも一年後には可汗省統治の形は完成しておかなければ、次舞台を下されるのは俺になる。


「少し外に出る。数人ついこい。」


もう俺に立ち止まれない理由がある。

なら覚悟を決めろ。





「ほぉ、炎 虚苦少将。母親の助命嘆願にでも来たのか?」


「…それとは違う用件です惣輪兄さん。私が持っている土地を手放すので、その手続きに来たんですよ」


「あぁ、あの土地か。話は俺から麟相国に伝えておこう。早ければ明日に正式な書類を届けてやる。」


「そうですか。では私はこれで」


手続きの為宮廷を訪れた俺は兄である炎 惣輪のもとに向かった。本来であればその役目をする者のところへ向かうべきだが、時間のない今はこの方が早い。


「おい、虚苦。」


「なんですか惣輪兄さん」


「可汗省でしばらくじっとしていろ。そのうち俺がお前をうまく使ってやる」


「その時が来たなら、存分に」


俺はもう大国を分断する大河に接した可汗省の守護として立場を固める他に生きていく術がない。

つまりは完全な将校の一人として、生きていくほかには。

もし惣輪兄さんが父上の次の帝になったなら、俺はその命令に従う。

それだけだ。


「ふん、今はそれでいい。お前の母親の様に下手な下心も持っていないようだからな。

…最後にあって行かないのか?」


俺が母上と会って何かをしても対応できるだけの備えがあるって事だろう。

その上で別れだけはさせてやると、この人は言ってくる。


「馬鹿な女の哀れな姿を見るは流石のお前も気が進まないか?」


「この国の主たる帝の皇妃を貶すのはいかがなものかと」


「ああ、これは俺とした事が口が滑ったな。

まぁ実際あの女は己が分をよく理解した女だった。父上から寵愛を受けようと決して傲ることのなかった女だ。

悲劇とするならその身には大きすぎる幸運を手に入れてしまったことか、なぁ祝福の子よ」


「……ではこれで」



もし俺があの時記憶を残すことを選ばなければ、母上も俺もより幸せな人生を送れたのか。

もう遅すぎる仮定。

あの時あの空間で記憶を残す選択をしたのは俺だ。覚悟を持って選択したかと問われれば、そんなものはしていなかった。

普通とは違う人生を送る事がどういう事なのかわかっていなかった。

俺がそれを選択することで他人を不幸にしてしまうなんて、一欠片も思っていなかった。


「母上」


「あら〜虚苦。お帰りなさい。さぁ今日もお稽古のお話を母上に聞かせて頂戴」


「母上。もう私は十三ですよ」


「照れなくてもいいのよ虚苦。貴方はできる子なのだから。

私がちゃんと見ててあげますからね。だから虚苦は胸を張っていればいいのですよ?」


「母上、幼い頃私は母上の言葉でこの身を奮い立たせていました」


「虚苦。私の愛しい子。私の全てをかけて幸せにしましょう。何も持たぬ私から生まれてくれた可愛い虚苦。

苦しみなどなきよう。感じることのないよう。

私は頑張ります。貴方が成人した時、自由にその大道を歩めるように」


「母上、此処まで私が来れたのはその母上からの無償の愛があったからです」


「虚苦は優しい子ですから、自信をつけるまでは私が護ります。

私を迎えに来てくれたあの方との間に生まれてくれた虚苦。

貴方は私の全て。

私の全てを使ってでも貴方を幸せにしてみますからね」


「母上、私が、私の考えが、覚悟が及ばぬばかりに……貴方を、」


ただの平民の踊り子が、どれほど頑張ろうとこの陰謀蠢く場所で権力争いが出来るはずがない。

それでも母上は足掻き続けた。いや足掻き続けたてしまった。精神が磨耗し、ひび割れようと、足掻き続け経験を積んでしまった。

弱小とはいえ、勢力第三位を維持できる程までに経験を積んでしまったんだ。


途中で諦めていたなら、こんなことにはならなかっただろう。こんな最後にはならなかった筈だ。

俺が祝福のことして生まれてしまったばかりに、母上を此処まで駆り立ててしまった。

俺が祝福の子として生まれなければ、こんなことにはならなかっだ筈だ。


「ごめんなさい母上…。俺は、俺が母上を…」


「虚苦、いらっしゃい」


こぼれ落ちそうになる涙を堪え、母上は謝罪を口にしようとした俺を包み込むように抱きしめて、その場にゆっくりと座り込みそのまま俺に優しく語りかけてくる。


「よしよし、大丈夫ですよ。泣いても良いのです。苦しみも悲しみもいつかは去りますから。

貴方は奇跡の子なのです。」


違うんだ母上。奇跡の子なんかじゃないんだよ俺は。貴方の幸せを奪ってしまっただけの


「私は容姿だけが取り柄の女です。あの方がどれだけ私を愛してくれても、私に子を守る事はできない筈でした。

それでもあの方との子が欲しかった私は、すぐに別れることになると知りながら子を宿したんのです。

そして貴方を身篭った時は身が震えるほど嬉しかった。それと同時にとても、…とても心が割れてしまうかと思うほどに辛かったのです」


…え、、


「あの方との子がいる喜びと、ひと目でも会いたいという思いで、すぐに別れる運命と知りながら過ごしました。

守れないと知りながら自分の欲を抑えきれなかった自責の念を抱きながら。」


……それって、


「だから貴方が祝福を受けて産まれてきてくれた時は本当に嬉しかったのです。

すぐに別れることになる筈だった貴方の成長を、守れない筈だった貴方を私でも守っていけると知った時、私が……どれほど、どれほど感謝したことか。

貴方が私の苦しみを虚なものとしてくれた事でどれほど、ほんとうに…どれほど私を救ってくれた事か」


…そんなの、聞いてねぇ。そんな話、一回も、


「祝福の子ならばあの方からも力を借りる事ができます。勢力を作り、貴方が確固たる地位を築くまでの間貴方の盾となる事がこんな私にもできます。

祝福を受けたからこそ苦しむ事もあるでしょう。

自分を他の人達比べてしまう事もあるかもしれません。

でもどうかその運命を、今の虚苦の人生を後悔しないでください。」


「……うっぅ、そんな、なんで。…母さん」


「ふふ、久しぶりですね。…母さんですよ虚苦。

私が不甲斐ないばかりにいっぱい苦労をかけましたね。ごめんなさい」


「違うぅ、なんでもっと早く……おしえてくれなかったんだよ…」


なんで俺は気付けなかったんだ。


「どうしても、勢力が潰れる時に勢力の主導者が責任を取る形で死ぬ必要があったんです。

でなければまた虚苦の命が危険にさらされますから。

どうしても私は死なないといけなかったんです」


「でも、おしえてくれたら…もっと母さんと 一緒にいたのに……」


知ってたらあんな遠ざけるような事をしなかった


「虚苦はとっても優しいですから。きっと思い詰めさせちゃうと思ったんです。だから自分から私との距離を開けてもらうために、頑張っておかしな振りをしてみました。

昔踊り子をしていた時、愛に狂った女性の役をした事がありましたから、それを参考にしたんですよ」


「でも、俺は母さんに何も、なにもしてあげれてない。こんなに…」


「こんなにいっぱい私に幸せを虚苦くれました。

私が得ることの出来ない筈だった幸せをいっぱいいっぱいありがとうございましす。

……本当は 最後の時まで…隠しておくつまりだったのですが、……。がまん、できませんでした」


額から流れてくる暖かな水滴が僕の目をつたいこぼれ落ちる。


「どうか…虚苦許してください。強くありきれなかった母を、許してください」


「うっ、ぅぁぁ…」


「どうしても伝わって欲しかったのです。私がどれだけ愛しく思っているのかを、貴方が産まれてくれたことが嬉しかったかを。

……この話は忘れてくれて構いません。だから自分を責めないでくださいね虚苦。

そして…虚苦どうか、どうか幸せに生きて」


「ぅぁああ、うわぁああーー!」


ただ叫ぶ事しかできなかった。謝罪も感謝も言葉にすることすらできず、ただ縋り付いて泣き喚く事しかできない。

そんな俺をただ優しく抱きしめてくれる母さんの温もりがどうしようもないくらいに、母さんからの愛情を俺に伝えてくる。


どうか……もう一度人生をやり直す機会があるなら、もう一度この母さんの子としてやり直させて欲しいください。



三週間後、可汗省で俺は母、炎 涛死去の方を聞かされた。


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