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白界てらす太陽

「やはり"今"は何ひとつ存在しておらんか」


雪と氷の世界。本来なら吹雪により視界の全てが白に染まり何一つ満足に見えないその場所を、神の領域に半身浸かったその女性は軽く観光するかの様にうろつく。


その女性の半径数十メートルには様々な武具が地面に突き刺さり、全てを埋め尽くす筈の吹雪を防ぐ結界を生成していた。

その武具一つ一つは正に英雄の武具となり得る代物であり、本来なら個人が数十も保有している筈のないクラスの代物ばかりだ。


それら数十個を当たり前のように結界の触媒にしている様は、この女性の異常性が遺憾無く発揮されていると言えるだろう。しかし当の本人に言わせれば

「武具とはいえ道具だ。どう使おうがその道具の能力を存分に発揮させているのだから文句を言われる筋合いはない」

と言ったところだろう。


「ノーブルファブニールの奴めがこの世に顕現しようとしているならば今少し眠ってもらうつもりだったが、顕現する予兆すら起こっていないとはな。」


私自身ノーブルファブニール級の生命体がどう復活するのか知っているわけではないが、体はすでに滅び魂もこの世には無い今の状態。

ならば少しずつ領域の中で体を再構築し、その器に戻る形で復活すると予想していたわけだが、どうやら予想が外れたらしい。

これが単に私が来たタイミングが早かったのか、すでに別の場所か、別の方法で復活が始まっているのか。


「とはいえここ【命の境界線】で体が再構築されていないなら、あと一年ほどは問題ないと判断していいな。マーリンの修行にここを使うつもり故、邪魔になりそうなら復活を邪魔するつもりだったが必要なかったか」


何気なく呟かれる女性の言葉は各国の首脳陣が聞けば卒倒する事間違いなしの重大発言。

ついでに女性が素足で雪原に暇つぶしで書いている魔術陣は、魔法も組み込んだ超高等魔法術であり、国の防衛に使われるのと同じかそれ以上の代物だ。


「念のための仕掛けもやっておいたし、これ以上ここにいる理由もないか。残る問題は馬鹿弟子が進歩しているかどうかだが、これは実際に確かめるほかないな」


女性は結界の触媒に使っていた武具を空間魔術で一つを残して回収し、残った巨大だブーメラン型の剣?をその手に掴んで明後日の方向に放り投げる。

そのブーメランのような剣の様な投擲武器は【第一次聖魔大戦】の大英雄ベイルートの用いた伝説の武具であり、そのベイルートの死後行方が分からなくなった武器の一つである【焔々の廻炎(えんえんのかいえん)


その能力は投擲時に込めた魔力の一部を推進力とし飛んでいく。

そして最大の特色が、廻天すればするほどするほど、その内に炎を溜め込み、衝突と同時に全てを解き放つことにある。その威力は地形を軽く変動させるほどであったと伝説の中にはあるが、実際にどうであったかは不明。


伝承の中に残るのみの正しく伝説の武器は、その能力を遺憾なく発揮しながら、雪に埋め尽くされた空を数キロ先に佇む氷龍目掛けて飛翔する。

氷龍が最後に何を考えていたかなど知り様はないが、その目は初めてその体を覆い尽くしてなお有り余る熱量の炎を見た事だろう。

吹雪吹き止まぬ【命の境界線】の最奥に数秒の間、遠近感が狂うほどの大炎球が出現し、止まぬはずの吹雪は止み何十何百何千ぶりかに雪に覆われていた地表が露わになる。


大炎球が消え、元の【命の境界線】の姿に戻ろうとするなか、高速で飛来する【焔々の廻炎】をフリスビーでも取るかの様に掴み取り肩に担いだ女性は、近所の家に野球ボールを打ち込んでしまったかの様に軽く呟た。


「ふむ、少しやり過ぎてしまったか。遠目に見えたトカゲの首を刎ね飛ばすだけのつもりだったのだがな」


過去の大英雄が使った伝説の武器を眺めながら、先ほどその武器が起こした事象を見ていたはずの女性には、その武器を持つことに対する一切の緊張感を感じ取れない。


「大昔に決闘で得た武器なのは覚えているが、はて?あれはいつだったか。」


全てを口にしていないものの、十分に重大な事をさらっと口にする。【第一次聖魔大戦】で勇者と共に魔族の者と戦った大英雄の死の謎。

未だ世界中の学者が必死に研究するその答えを、ある一人の女性の独り言により明らかになった。

しかしそこは人の領域ならざる【命の境界線】。

その学者世界を揺るがす事実を聞くものなどいるはずもなく、またこの女性がそんな事を気にするはずもない。

大英雄ベイルートの死の謎はこれからも学者達を惹きつける研究対象として世界にあり続けるのだった。






「おいこりゃあどうなってやがる!?」


「どうしたもこうしたもあるまい。魔物が襲ってきたから対応するそれだけの事じゃろう」


「ちょとぉ〜ぐっちゃべってないで右に行った魔物追ってくれますぅ〜?」


ザイバ、新海さん、ティッティさんはそれぞれ魔物を倒しつつ雑談を交えて的確に行動し続けている。


「ダル!飲んだくれていないで正面からくる奴の相手をしろ!その隙に俺が心臓を串刺しにする!」


「怒鳴んなくてもわ〜ってるってルーンー。全くマーリン坊となんか話してちょっとは落ち着いたかと思ったのによ〜〜ぉお」


「次いらぬ事を言えば魔物の前にお前の首を貫くぞ!!」


「あーいあ〜ぃ、やりまーす…ヨォっっ!」


ダルさんはルーンさんを揶揄いながら手にした酒瓶を上に放り投げ、振り向きざまにトンファを回転させ魔物の下顎をぶん殴った。

そして魔物の動きが止まった一瞬をルーンさんが懐に忍び込み心臓を突き刺して、返り血を浴びない様に退く。


「もうルーン一人で良くねーかぁ??おれぇあもうここで酒盛りしてっからヨォ」


「好きにしろ」


「ツレねぇ〜ねぇ」


この二人も何の問題もなさそうだね。



ギャァッラン ザヒュッ ギュゥルンッ  


バムーさんが遠距離から打ち込み、縛り上げ、こかし


「やれ」


バゴォッン バヒュッ


デンタさんが潰して、打ち抜き、とどめを刺していく。


「もらいやしたよっと!」


二人とも七人の中での良心部分なので息ぴったり、連携抜群だ。安定感が凄いね。



「メーフェ村の防衛はうまく働いてる?」


「うんうまくいってる思う。村長も上手く村の人達に連携させてるからこのままいけば問題ないって」


今日の朝、つまりは昨日屋根の上で少しだけメーフェと話した日の次の日【命の境界線】から無数の魔物が麓のこの村に攻め寄せてきた。

何が原因なのかは不明だけど、すぐに対応は始まり村の防衛戦が今も続いている。

幸い新海さん達実力者が全員村にいた事もあって防衛自体には問題がないんだけど、今現在狩りに出ている数名の安否が不明だ。


その中には今村の連絡係として村中を駆け回るメーフェの父親も含まれている。当の本人は言葉にも表情にも不安を出したりはしていないが、その目には聞くまでもないほどありありと焦りの感情が見て取れた。

とはいえ僕にはメーフェにできる事はない。


「どこへ向かうつもりですかお弟子さま?」


「こんにちはお婆さん。少し"外"の加勢をしに行こうかと」


外に行こうとしていた僕の後ろから、メーフェの家によく訪れるお婆さんに声をかけられた。


「お弟子様は確か今、魔法術がお使いになられないはずですが?」


僕の体には未だに師匠に描かれた魔術刻印がその効力を発揮しているため、《天性の肉体》と身体強化以外にはスキルと魔法術を使えない。その為外で行動できる時間はとても少なく、僕が今村の中にいるのはそれが理由だ。


「ちょっとだけならまだどうにかなるからね。本当に少しだけ行ってくるだけだよ」


そういうと何故かお婆さんは悲しそうな目で僕のことを見てくる。


「"外"の方達は仕方がない事です。行動しようがしなかろうがお弟子さまには一切の責任はございません」


「責任とかじゃないよ。ただ僕がやりたいからするんだ。そこに誰の意思も圧力も関与してない」


「……そうですか、ならせめて私も協力いたしましょう。貴方のお師匠様と比べられる様な物ではありませんが、小一時間凍死せぬくらいの体温調節魔術ならかけれますから」


お婆さんは僕に魔術をかけると何も言わずに僕を見送ってくれた。村の外ではまだまだ魔物との戦闘が繰り広げられており、あの七人を含めた村の大人達には余裕はなさそうだ。


「だいたいの狩場の場所は昨日の夜聞いておいたから、後は全力でそこに向かうだけだね。狩りに行っている人たちもこちらに向かってるだろうから、可能性は十分にあるはず」


全身に身体強化をかけて吹雪降り頻る死の世界を疾走する。向かってくる魔物は最低限の動きで躱して相手にせず、狩りに出た人達と合流する事を第一に行動。

今の僕には魔力の補給方法がない為全身に限界まで身体強化をかければ十数分で魔力が枯渇する。その為一回の戦闘用にある程度の魔力を残しておき、それ以外の魔力を走る事に必要な体の部位に重点的に回して身体強化をした。

いつ合流できるのかがわからない為、最悪戦闘用の魔力を残しておくことができないかもしれないけど、その時はその時考えるしかない。

お婆さんの魔術がなかったら戦闘用なんて、はなから残す事なんて考えられなかったしね。


「ガルルル!!」


ホォンッ バシュッ!


横から飛びかかってきた魔物を一瞬加速して避け、追ってきたところを先制として軽くユグドラシルの剣を振るう。そして少し引いたところで左目目掛けて、生成した木の礫を全力で飛ばす。


「グッギャアア!!」


僕は魔物の目に木の礫が直撃するのを確認してすぐに戦闘を切り上げ、再開される前にそこから離れた。

とどめを刺すには不十分な隙で、あのまま戦っても時間がかかる。追ってくる可能性があるものの、あの出血で魔物の密度がいつもよりも高い【命の境界線】を走れば血の匂いに誘われた他の魔物がとどめを刺してくれるだろう。


足が遅い魔物なら素通り、足が速いものなら目か鼻、耳、足いずれかを壊してから放置。どうしようもない魔物なら不意打ちで決める。出来なければ出来る限りの工夫を持って、最短で殺す。


そんな風に1メートル先すら見えない白の世界を進めば若干の違和感を感じ始める。

僅かに硬い雪の感触。傷が目に付く木々。視力で得られる情報が極端に少ないこの状態だが、完全に効かない訳ではない。情報となり得るものなら全てを頭に入れて推測を立てていく。

吹雪や木々の揺れる音以外に聞こえる音。

若干の寒さを感じる肌の感覚。

普段いる環境、保持しているはずのスキル下でならばより多くの情報を集められる筈が、今はこんな有様だ。

事前にわかっていた事だけど、余りに不十分すぎる。はたから見れば自殺志願者にしか見えないのではないかとすら思えるよね今の自分の状況。

だけどそれを承知した上でここに来た自分。


昨日初めて自覚した自身の弱み。

何故忌避するのかあの後考えてみたが答えは出ない。ただいつの日からか忌避していたのであろうという事しかわからなかった。


親しくなる事を恐れている。それは親しくなる事を自体を嫌がっているのか、あるいは親しくなった後を恐れているのか。

そしてそれを自覚したと言うのに何故僕はこんな事をしているのか。体と頭を動かしながらそんな疑問が徐々に大きくなっていく。


「(僕の弱みは本能的に今まで働いていた物だ。だけど今までそれでおかしく感じた事はない。それに昨日僕が誰に先導されるでもなく、自分自身でたどり着いた戦い方は弱みと真正面から相対する戦い方だ。)」


考えれば考えるほどに出てくる矛盾。思考の片手間で襲いかかってくる魔物の首を叩き折り、足を止める。全く関係ない事を考えながらもどうやら僕の頭はしっかり合流する為に働いていたらしい。


先ほど首を砕いた魔物、白獅子の雌には大小様々の真新しい傷があった。少し観察すればそれがここに住む魔物が付けた傷ではなく、人がつけた傷であることがわかる。傷の形、種類、火傷などでだ。

そして白獅子の雌は絶対に単独行動する事はない。とされている。本で見た限り単独行動すると言う記述はなかった。

そしてそのまま数秒ここにいる僕に新たに向かってくる白獅子の気配はない。とするとこの雌はなんらかの命令を受けて群を離れたと言う事であり、戦闘を先ほどまでしていた白獅子が群れを離れると言う事はまだ近くで戦いが続いていると言う事だ。


「(戦闘が終わってから何かしらの命令で離れるなら最低でもペアで行動する筈だ。休憩のための警戒にしても、逃げた何かを追うにしても単体でする事ではない。

とするなら単体で動きながら、なおかつ群れでの行動。そしてつい先ほどまで戦闘をしていたとするなら思いつくのは回り込んでの奇襲する為の移動)」


白獅子の生態はまだ全て明らかになっていないが、今はどんな事でも情報として考え行動しなければいけない。だから僕はこの白獅子が目的の人達と戦っていると判断する。


白獅子が向かっていた方向を思い出し、その方向へ走り出す。数秒で僅かに聞こえ始める戦闘の音、さらに数秒で人の声。

気づけば森は途切れ、そして吹雪が一瞬弱まり視界が少しだけ開けた。

広がる雪原。輪を作る様に走り回る白獅子。その輪に完全に捕まらない様に走りながら戦う数名の人。

そこまでを確認したところですぐに吹雪は勢いを取り戻して視界が狭まる。


その光景を頭で整理する。戦っている人の余力具合。白獅子の損耗具合。自身の残りの魔力、疲労具合、お婆さんにかけてもらった魔術の残りの効力時間。自分の現在の戦闘力と先ほど見た戦いでの両陣営の戦闘力差。

とても僕が介入してどうにかなる戦闘能力さとは思えない。つまりはあの白獅子を退ける事は不可能だ。


チラリと浮かぶ今現在の僕自身が村への帰還できる可能性。先ほど整理した僕の状態を考えればほぼ間違いなく村に無事にたどり着けると判断できた。


足が動く。結論が頭の中で出されるよりも早くに体が、心が結論を出す。


自分の足が雪を踏む音が聞こえる。

昨日話したメーフェの顔が思い浮かぶ。楽しそうで気丈に振る舞う姿。隠しきれない不安と恐怖の感情が浮かぶ顔。

メーフェとその父親が共に生活していた光景。

そんな事を頭に思い浮かべながら、口からは言い訳が垂れ流れていく。


「仕方ないじゃないんだよ。今の僕じゃどうしようもない。戦いに加わっても助けられない可能性の方が高くて、僕が生き延びられる可能性は半分もないんだ」


足は動く、全力で動く。理性を片隅に置きながら、感情が纏まらないまま、それでも体は動く。

…先ほど確認した白獅子の群れのボスの場所目指して足が体が動く。


「だから僕が確実に生き残れる可能性を捨てるしかないじゃないか!」


「(ただ純粋に悲しんで欲しくないと思うから。触れ合って共有して、笑い合った人の悲しむ姿なんて見たくないから。

目の届くところにある物が傷つく姿ををただ見ているだけなんて僕に出来ない。

少しでも可能性があるなら、きっと僕は手を伸ばさずにはいられない)」


言い訳をする。弱音を吐く。心を落ち着ける。

仕方ない。そうしないと前に進めないから。

力が足りなかったのは仕方ない。自身の努力が足りなかった。

時間が足りないのは仕方ない。僕の行動が遅かった。

選択肢が足りないのは仕方ない。僕の考えが足りなかった。

足りないものは仕方ない。現状足りてないんだからどうしようもない。


けどね。それでも行動をしない理由になんてなりはしないんだよ。

だって行動するかしないかは、成功するかしないかで決める事じゃないからね。

行動するかしないかは、ただするかしないかでしかないんだから。


「ここに来て心は落ち着いてる。なら僕のこの行動は僕を裏切ってないって事だよね」


未だ自身の弱みの理由は知らない。けれど今この時、、弱みを自覚した上で心に動揺はないなら、きっとこれは弱みの理由じゃない。


目前に迫る巨大な白色の獅子の姿を視界に収めながら、僕は笑う。


ことここにいたればもはや笑うしかない。


「さて、また全力でもって乗り越えようか」


楽しんでいただけたら幸いです


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