私の名前。貴方の名前は?
静まり返る夜の村。家明かりひとつないこの世界でも雪は降り、月明かりが薄らと白の世界を照らし出している。
人の営みがなりを潜める中、僕は借りている家の屋根に登って、名前を知り、人柄を知り、過去を知った人たちの事を考える。
ひねくれ者で不器用なくらい真っ直ぐなザイバ。どことなくトムを思い出させる。
落ち着いた性格でゆったりとした物腰だけど、その腹には重たいものを抱えていたデンタさん。
瞳には常に余裕がなく、抜身の刀身を思わせる雰囲気であり、少しだけ抜けた印象のあるルーンさん。
年長者であり七人のうちで一番の実力者新海さん。一見すれば最も貪欲な求道者だけど、実際には最も願いを諦めている人。
バムーさんは無口で無愛想な人だけど、この人が一番七人の関係を大切に思っている。この村で生まれた人であるが、生まれ育ったからこそ何か思うことがあるんだろう。
ティッティさんは【命の境界線】近くの村出身だけど、その村が無くなったことでこの村に来たらしい。七人の中で一番明るい女性だけど、最も"力"に固執している。
ダルさんは大酒飲みの酔っ払いで、ここにきた理由も大貴族の宝物庫に忍び込んで捕まったから。
逃亡生活しないで済む場所がここしか無かったからである。力を求めるのは楽して生きる為、師匠に挑んだのも酒を飲んで酔った勢い。僕と戦ったのも面白そうだったかららしい。
ダルさんは、戦っている途中に降参と言って切り上げられた為、まだよく分からないところが多いけどそれ以外の人とはなんとなく通じ合えた気がしなくもない。
いい事か悪いことかは置いておいてだ。
故郷村でも、旅の間でもここまで深く、家族以外の誰かと関わることなんてなかったとっていうのにね。
「僕としては意外と嫌じゃないんだけどね。……君はこんな僕のことを見たら、必死にやめさせようとするんだろうね紫苑。」
初めての彼女は僕が周りと関わることをあまり良しとはしなかった。紫苑は僕が傷付くからと言って距離を置かせようとしてきたけど、僕としてはそこまで関わっているつもりはなかったんだよね。
必要最低限の会話をしていただけで友達と言える様な間柄の人もいなかったんだから。
自分で言っていて悲しくなるけど事実だけど、学校で明確な間柄を持ったのは敵と恋人の二人だけだ。
そんな僕をよく家族は心配してたね。両親は勿論、結婚して他に家庭を持っている姉兄もよく電話してきた。僕が警察にお世話になった時や学校の先生と問題になった時は全く動揺しない四人だけど、何故か僕が高校に上がったくらいから交友関係について心配し始めたんだよね。
「お弟子さん?こんなところで何してるんですか?冬は終わりましたが、まだ凍死するくらいには寒いですよ?」
そんなことを考えていると屋根を覗き込む様にしてこの家の娘さんが僕の事を見つけて話しかけてきた。
「ローブの中に何枚か着てるから凍死はしないと思うよ。」
「そうですか。でも夜のこの村の寒さは体に良くないですから家に入りましょう」
「もう少ししたら戻るから先に戻ってて」
娘さんはこの村でよく見る白よりの髪色をしている。歳は多分僕よりも下だろうけど身長は娘さんの方が少しだけ高くて、きっとルーリィと同じくらいの歳だと思う。活発でしっかり者の小学6年生と言った感じ。
僕がそう言うと娘さんは戻るどころか屋根の上に登り、僕の横に積もった雪を払ってから座り込んだ。
「私はね、お弟子さん。"もう少し"は信じないことにしてるんです。その人の"もう少し"と私の"もう少し"は違うから。待ってたらもう会えないかもしれないから」
「…そうだね。確かにそうかもしれないね。」
この娘さんの父親とは何度か顔を合わせたことがある。けど母親らしき人とは会ったとこがない。
あえて聞いたりはしていないけど、きっともうここにはいないのだろう。
「今日ね。お弟子さんが稽古に行ってる間にお父さんがまた狩りに出たんだ。狩りに出るときには必ず帰ってきた時に一緒にやる何かをする約束をしてから送り出すんです。」
「今回は何を約束したの?」
「秘密。そうした方が叶う様な気がするから。約束を叶えてくれるのがお父さんだけの方が戻ってきてくれる様な気がするから秘密です」
この家によくくるお婆さんが言っていた。この村の人は成人前に二割の人が死んで、成人したくらいに二割死ぬ。残りの六割の人も寿命を迎える前に何らかの要因で死んで、お婆さんの様な歳まで生きる事は珍しい事なんだとか。
この小さい村できっとこの娘さんは、外の子供達よりもより多く、より近いところで死というを感じているんだと思う。
「そういえばお弟子さんはここで何をしてたんですか?」
沈黙を嫌ってか娘さんはことさら明るく違う話題を振ってきた。そういう性分なのかもしれないし、これ以上暗い事を考えたくなかったからかもしれない。
「人付き合いについて少しだけ考えてたんだよ。このままでいいのかなって、」
「人付き合いですか?」
「そう人付き合い。僕は適切な距離感覚と適切なタイミングを大切にして人と接するんだけどね。昨日今日で少しだけ僕らしくもなく近づきすぎちゃってさ。」
「難しい事を考えてるんですねお弟子さんは。人付き合いでそんなこと考えたことないですよ私。
喋って笑って喧嘩して、楽しく過ごせればいいんじゃないんですか?」
娘さんはさも当たり前だと言わんばかりの表情で僕にそう言ってくる。"楽しく過ごせれば"か、昔誰かにそう言われたことがあった気がするけど、よく覚えていない。
きっと中学ではなく高校で言われたんだろうけど、誰かは全く覚えていない。
「(そういえば高校の同級生の顔も名前もあんまり覚えてないね。中学の方は割りかし覚えてるんだけど。)」
不意に頭をよぎった疑問。意識してみて初めて気づいた違和感は娘さんの声で一瞬にして心の奥深くへと沈められた。
「それにですね。人付き合いの最初にするべき大切な事を私は知ってます。まずは何よりここからですよ。
私の名前ははメーフェって言います。お弟子さんの名前は何ていうんですか?」
それが一体どういう行為なのか、僕は一瞬わからなかった。こんな風に改まって名前を教え合うなんて、僕が覚えているのは前世の小学校までだ。
ユグドラシルともやったけど、あれはどちらかというと契約手順の一環だったからね。こんな挨拶みたいなものとは意味合いがまるで違う。
頭の回転が一瞬止まってしまったが、このまま止まっているわけにもいかないので僕も自分名前をメーフェに教えた。
「メーフェ、僕の名前はマーリンって言うんだ。」
その時に感じる僅かな心への負荷。
「(あぁ……なるほどね。)」
表情には出さないまま、その時僕は初めて自覚した。これまで僅かな違和感すら感じていなかった自分の行動。気にも求めていなかった自分の行動。
理由はまだわからないけど、僕は心のどこかで忌避していたんだ。いや怯えている。それが危険だと判断している。怖がっているんだ。
「(僕は人の名を知るのが、親しくなる事がどうしようも無く怖いんだ)」
楽しんでいただけたら幸いです。




