凡人の後悔と更生
ガタガタと揺れるランガル車の中で俺は目を覚ました。
周りの様子を見れば誰一人として俺の側にはおらず、俺が寝ていた車の外からは、数え切れない程の呻き声が聞こえてくる。
その悲痛な声を聞く事で俺の頭の中には戦場での光景がフラッシュバックしてきた。
魔法術が飛び交う戦場
周りの人間が次々と倒れる姿
俺の命を狙う敵。
俺にその責を問う味方の無数の目。
敵味方の絶命間際のか弱い声。
思い出したくなくても俺が今までどこにいて、今どんな状況なのかを思い出させてくる。
最後の最後に相対した敵の大将、炎 虚苦である陣内 晴臣。そいつに俺が見せた自分の情けない姿。惨めに命を乞い、情けなくもただ生きたいと懇願する姿。
そして気を失う前の朧げに見た、陣内とオフェリアの戦い。《先見の魔眼》でみた光景そのものの光景のはずなのに、陣内が倒れている姿を見ても俺は全く嬉しくもなかった。
「あいつがあんなにカッコいいってのに…、なんで俺はこんなになさけねぇ……んだよぉ。……」
軽い気持ちで参加した戦争で叩きつけられた自身の力のなさと戦場での命の軽さ。何一つとして特別な力を俺は持っていないと言う絶望的な事実。
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!
俺は特別なんがじゃ無かった!!俺はただの凡人で!!特別だと思いたがっだだけの馬鹿野郎だ!!」
俺は揺れるランガル車の中で己の愚かさを叫んだ。
その叫び声は、ただ周りの味方のうめき声に埋もれるものでしかないものだったが、それでもその時その瞬間。前世との決別を果たした事は、確かにこれからのディーノの運命を左右する大きな岐路だった。
冬が訪れを感じさせる雪降る日。曇天の寒空の下一人の転生者は真の意味でこの世界に根を張ったのである。
「ディーノ・ツェッペリン・セルズ・ベル・ディミトリア。此度の戦いの総大将たる汝への褒美として軍での位を少将まで昇格させる。以降も我が国の一員としてその力を振るう事を期待する」
目が覚めてから三ヶ月、北両同盟王国が雪に包まれて白銀の世界と化した二月〔白銀の節〕に、今回の戦争における功労論賞が行われた。
国の重要役職者や貴族達の観衆の下行われるそれは、この国では最も誇らしいものであるが、俺に向けられる目には確かな蔑みの感情が混じっている。
「はっ。我が身はこの国の為に」
恥じる気持ちは確かにある。しかしこれは父が俺の名誉を最低限守る為に苦労して根回しした結果であり、拒否する選択肢など俺にあるはずがない。ただでさえ期待を裏切った俺にはもう、これ以上父の邪魔をしないことしかできることがないのだから。
だからこそ、この屈辱も周りからの蔑みの目線も陰口も黙って受け入れよう。
功労論賞が終わり王城の廊下を歩く俺の前から、見知った一団がこちらに近づいてくる。
赤羽 快斗、今世の名はレオンハート・エズス・フィルヴァーニアだ。その周りにはあいつの取り巻きである女どもがいる。
「はははは!!おいディーノ大手柄じゃないか!」
いつもの様に、どこかのラノベで出てくる主人公の様な爽やかな笑顔で話しかけてくる。前まではその笑顔が気に食わず近寄りたくもない相手だったが、今はそんな事はどうでもいいとすら思あるのだから不思議だ。
「レオンハート。お前の方も元気そうだな。」
レオンハートを一言で表すなら馬鹿だ。
凡人の俺から見ても馬鹿だと断言できるほどのお気楽馬鹿であり、その目には、俺の少将への昇進に対する悪感情は一切ない。完全にあれが純粋な褒美だと信じているのだろう。王族としての教育は受けているはずなんだかな。
しかしレオンハートは馬鹿でも、その取り巻きは違う。こいつらの中の数人は少なからずレオンハートを好いている奴もいるだろうが、過半数の女どもは違う。
こいつらはこの貴族社会に生まれ、育て上げられた生粋の貴族子女であり、常に家の利害を計算しながら生きている。
そんなこいつらの目には確かな蔑みの感情が宿っており、新しく加わったのだろう俺の元婚約者の少女の目には他よりも濃くその感情が宿っていた。
元婚約者も俺の視線に気づいたのか少し他よりも前に出て挨拶をしてくる。
「お久しぶりですねディーノ・ツェッペリン"少将"様。偉大なお父君同様に軍の地位を順調に登っている事、私は非常に尊敬の念を抱いております。此度の両家間でのトラブルが原因で婚約解消ということになりましたが、これからも良き付き合いを続けていきたいですね」
子供同士とはいえ、普通ならもう少し真意を隠す様に話すものだが、多数対個人のこの構図に加えて、俺が落ち目の貴族であることも加わりそうする気はないと宣言してきている。
「(偉大な父親のおかげで助かりましたね。その図々しく親に頼り切る姿は逆にすごいと思いますよ。そんなあなたと私が婚約者だと、私は非常に恥ずかしいので婚約を解消させていただきました。
もう私に構わないでくださいね。)」
こんなところか。
レオンハート以外にはその言わんとする意味が伝わった様で、言葉にはしないものの俺を馬鹿にする空気が形成された。
「ああ偉大な父に感謝している。まだ俺自身には至らぬ点が多い事を今回知ることがでにたからな。
婚約解消の件は気にする事はない、仕方がない事だ」
俺はそう言い残してその場を後にする。
数ヶ月前の俺なら挑発に乗せられて、切れて暴れていただろう。その後レオンハートに取り押さえられて更に父に迷惑をかける結果になる。実際さっきの事はかなり心にきた。
感情のままに切れて暴れたくもなったし、自尊心を取り戻したいとも思う。
しかし、
「ああくそっ……また頭に響きやがる」
しかしそう思うたびに戦場での光景や、戦後の移動時に見て聞いた味方の兵達の姿と呻き声が頭の中をを支配する。
「総大将としての功績で少将昇格。つまりは俺にあの戦場での責任を一生背負い続けろって言うことかよ」
痛む右目をさすりながら、自分の背負わなければいけない責任の重さを再認識させられる。
右目は魔法術の治療で視力は回復した。だが《先見の魔眼》は破損し消費魔力と性能が著しく落ちている。この事は俺の治療が完了すると同時に北両同盟王国の貴族の間で噂が広まっていた。
「俺に残ったのは壊れたスキルに貴族なら誰でも持っている様な平凡なスキル数個。それに《軍師》か」
今日この日、俺の評価は功労論賞により固まった。
戦場での大失態を親の力で覆し、昇格して少将になった男。もうこれ以上の昇格をする可能性は限りなく低く、将来性の乏しい男。
その評価は酷く正しい。残酷なまでに俺のことを的確に表している。
「お前の言った通りだな飛紙。俺が自分で俺のことをなんと言っていおうが思おうが関係なかったぜ。」
ディーノ・ツェッペリン十二歳。
祝福の世代と呼ばれる数十名の中で、最初に汚点を歴史に刻んだ男としてその名は有名となる。
功労論賞から一ヶ月、俺は負い目から目を逸らしたいが為に鍛錬や書物に手を出した。数ヶ月前まではやろうとすら思わなかったことだが、もう俺には何一つ誇れるものがない。ならばなんでもやるしかないだろう。
辺境伯家である俺の実家は俺の尻拭いをする為にかなりその立場を弱くしている。今は父が動き回っているおかげで目に見えては疲弊していないものの、このままではいつか限界が来る事はこの俺でも理解できる。
そんな折俺の前に一人の少女が現れた。
「お初にお目にかかります。私はセリル・リア・ルトゥール・ルーカでございます。この度ディーノ・ツェッペリン・セルズ・ベル・ディミトリア様の婚約者となる事になりましたので、今日はそのご挨拶に参りました」
ルトゥール・ルーカは確か経済都市フルートゥルの侯爵家の片割れの名だ。しかしルトゥール・ルーカの長女はもう既に結婚しており、妹がいると言う話は今まで聞いたことがない。
一応両者父親を伴っての面会だが、そこには緊張感だけがある。
それもそうだろうな。今目の前にいる少女は年で言えば俺とそこまで差は無いだろうが、左の額から左頬にかけて薄らと傷痕が見える。
貴族子女の顔の傷をあえて治さない理由なんかあるわけもなく、傷が残っているのは傷痕を治せないからだ。通りで社交界で見たことがないはずだな。
ルトゥール・ルーカの当主は合意の上とは言え、傷物を上位の家に出す。俺の父はそれを事前に承諾していた様だが、それでも本人を目の前にしてまた葛藤が再燃したらしく、この場の雰囲気は良くない。
「(傷物同士でしか傷物は売れないってことか…,。
まぁこんな俺なんかが婚約相手なんだからな、相手の方がさぞ思うところがあるだろうよ)」
親同士が最終確認をする為に別の部屋で話し合い出した。そこで俺は目の前の少女、セリル・リアに話しかける。
肩口までの髪に、可愛らしくも平凡な顔立ちの少女だ。
「挨拶を返すのが遅れたが、俺はディーノ・ツェッペリンだ。思うところがあるだろうが、我慢しろ。」
マウントを取りたいわけではなく、単純にこう言う言い方しかできなかった。こんな所でまだ直さなければいけない所を見つけてしまう。
事前の印象が既に最悪であるだろう上から、これで第一印象すら終わってしまった。内心で自分に呆れ果てながらセリル・リアの反応を窺う。
怒らせてしまっているならなんとかフォロー入れ、婚約話がご破算になることを防がないといけないからだ。
「えっ?」
しかし何故かセリル・リアの顔には、明らかな困惑の表情が張り付いていた。
「(…あぁくそっ、また俺はしくじっちまいやがった!)」
新たな婚約者との出会いは、俺のやらかしで始まることになった。
ディーノの事を書くの忘れてました。




