修行開始
この世界には冒険者が存在しているのは随分前から言っていると思う。
魔物の討伐護衛などは言うまでもなく、大半の冒険者が憧れるのはダンジョン攻略だ。
このダンジョンというものにはその成り立ちから幾つかの種類が存在する。
滅んだ人の文明を基とした文明ダンジョン。
今までに戦争や自然災害疫病で滅んだ国の城などに魔物が住み着いてダンジョン化したもの。
一例を挙げるなら昔、【聖湖の大精霊】に挑んだ英雄たちが攻略したとされるドラキュラ城。
ゲオルグ正教法皇国の公爵家が吸血鬼化してダンジョンになったとされている。
知性あるものが魔法術で作り出した魔窟ダンジョン。
道を踏み外した人や知性ある魔物が魔法術を用いて魔物やそれに類似するものを作り出したり、ダンジョン自体を一種の魔法術として成り立たせたりなど。
一例を挙げるなら【邪法の大賢者】が作り出したダンジョン。
高位の闇の精霊との合作とされていて、生きたダンジョンの代名詞。
既に攻略され無くなってしまっているが、今でも御伽噺の題材にされる程有名である。
後は魔物やそれに類似するものが洞窟を掘ったり、建物を立てたりして作られるダンジョン。
これについては例は必要ないだろう。書いて字の如く、それ以上でも以下でもないんだから。
とまぁなんでわざわざこんな事を説明しているのかというと冒険者ランクがCになると、このダンジョンへ入ることが許されるからだ。
Cランクになるまでは原則としてダンジョンに入る事は許されない。理由としてはダンジョンは他の依頼とは敵の強さが違うという事と、下手にダンジョン内で死なれるとダンジョンが強化されたり、装備が魔物の手に渡ったりするから。
そういう理由で僕は今Cランクに昇格したと同時にその説明を事細かにされているというわけだ。
約束通り先日の受付の女性からね。
「説明は以上となります。他に何かご質問がなければ認識証をお渡しして終了となります」
「じゃあ質問です。僕は盗賊討伐の失敗の報告をしたはずなのになんでCランクに昇格するんですか?」
僕がそう聞くと受付の女性は横を指差した。
そこにはアリウムのギルドマスターの女性とスカイが何やら言い争っている。
「マーリンさんに当初進めた実力の試験は高ランク冒険者からの推薦を得るためのものでした。
今回の盗賊討伐の失敗は既に討伐されていたということでしたし、SSSランクの冒険者からの推薦状もあります。
それにより昇格の条件は満たされました」
話の流れ的にSSSランクの冒険者というのはスカイの事だろう。
僕が思っていたよりも俗世に関わっているみたいだ。
そのスカイだけどアリウムのギルドマスターから依頼対象の討伐の未報告について小言を言われていた。
「【無双】様!何度言ったらわかるのですか!?
盗賊や上位の魔物を討伐した時は最寄りのギルドへ一言ご報告お願いしますと!!」
「だからこうして報告に来ただろう。
この前までは新米だった小娘が随分と偉くなったものだ。
それになんだこの書類の山は?」
「【無双】様がやったであろう達成者不明になっている依頼の山です。【無双】様には一つ一つ確認して行ってもらいますよ。
それと何十年前の話を持ち出しているんですか!!??」
スカイはギルドマスターを無視して書類の山をペラペラめくっていきその内容を流し見してからため息をついた。
「こんな物いちいち覚えているわけがないだろう…。
なんなら発見者に報酬を渡してもらって良い。」
「これでもBランクより上の依頼だけを厳選したんですよ!!
最近冒険者になった方やギルドの職員は【無双】様のことを知らないんですから、そういう人たちの中では【死神】などと言われているんです!!
冒険者ギルドが誇る唯一のSSSランクがその様に振る舞われるのは困るのです!!」
そりゃあ困るだろうね。
冒険者の頂点がギルドのルールを無視するだけじゃなくて、不審者扱いされているんだから。
「ジーナと同じ様な事を言うなお前は」
「グランドマスターをそんな軽々しく扱わないでください!!
あの方も今は忙しいのですからこの書類を押し付けようとしてもダメですからね!!」
「仕方ないか。これら全てに署名していけば良いのか?」
「はぁっ…もぉこの人は。もうそれで構いませんからよろしくお願いします。」
ギルドマスターから書類の山とペンを受け取ってからスカイは僕の方に来てローブを掴んでくる。
「どうしたの【無双】様。ギルドマスターが奥の部屋の扉を開いて待ってますよ。」
「喜べ弟子。師匠の仕事を手伝わせてやろう」
「師匠ご自身の仕事はご自身でされた方がよろしいかと」
「これもお前の修行の一環だ。約束は覚えているな?」
エルファエルに着くまではスカイの修行を受けると言うやつだ。
それでわざわざ書類仕事を修行と言い張っているのか。
でも修行じゃないと言う事も出来ないので黙って従うしかない。
「弟子の物分かりが良くて助かるな。よし行くぞ」
朝食後に軽く依頼の失敗報告をしてギルドを後にするつもりだったのが、何故か昼過ぎまで山の様に積まれた書類に他人の偽名を署名していくことになった。
「ねぇ師匠働いてください」
「弟子よこれも修行だ」
スカイは僕に仕事をさせながら部屋のソファーで寛いでいるんだけど、その時の顔が非常に良い顔で文句を言うに言えない。
書き終わった書類をギルドマスターに渡したら、達筆だと褒められた。
ここでもエル父さん達の教育の成果が現れているのが少しだけ面白かったりする。
書類仕事も片付いてアリウム冒険者ギルドを出るときにギルドマスターから僕へ大量の依頼書が渡された。
「【無双】様が魔物や盗賊を倒したときその対象とした依頼書があるかチェックしておいて欲しいの。本人にお願いしても聞いてくださらないからお願いね」
「えぇ…」
「【無双】様のお弟子さんなんだからお師匠様の雑用はこなさないといけないわよ」
「えぇぇ…」
大変不本意ながらも受けざる得ない僕なのでした。
そんな感じで今僕はもらった依頼書の内容を師匠の後ろを歩きながら確認しているわけだけど、とにかく量が多い。
情報処理能力が結構高いはずの僕でもなかなか終わらないんだからね。
かれこれ数十分ほどかけて暗記しているわけだけど、師匠の歩みはなかなか止まらない。
「師匠?」
「どうした」
「どこに向かってるんですか?」
「とりあえずアリウムから出て私の魔術で移動する。人目に触れて良いものではないからな、その為に適当な場所を探しているというわけだ」
魔術っていうのはあの空間魔術なんだろうけど、マーカーはどうしているんだろう?
国が運用している時空間魔術は色々と種類があるけど、どれも大掛かりなもの。
師匠の様に細かに使う様なものではないけど、空間をつなげるのには前提として目印となるマーカーが必要とされている。
マーカーがないと安定せずに繋げることができないからね。
そうやって冷静に考えてみると師匠の空間魔術はかなりおかしい。いくら目に見えている範囲とはいえあれだけ迅速に複数の空間の穴をコントロールできるはずがないんだから。
アリウムから出てある程度歩いた場所で師匠は立ち止まり空間の穴を作り出す。
その時に師匠の目が光っていたことから、マーカーは目の能力でどうにかしていることがわかった。
僕の眼に似た空間系の眼なんだろうか?
「何をしている?早く行くぞ」
師匠は僕の服を掴んで引っ張る様にして穴の中に入っていく。
穴を通った僕が最初に感じたのは痛みだった。
肌を裂く様な痛みに異常なくらいの寒さ、目を開くことすらできない。
「何をボサッとしている。早く魔術で体を温めねばそのまま凍死するぞ?」
意識が沈みかけるのをどうにか堪えて思考を働かせ火と風魔術の応用で体を覆う。
体の体温が戻ったところで目を開き周りの風景を見る。
白 真っ白 何もかもが雪に覆われた世界だった。この春の季節に雪が残っていること自体は珍しいことじゃないんだけど、今も吹雪が吹き荒れているのはおかしい。
そんな場所はは僕が知っている中だと一つだけ。
僕がその名を言う前に師匠がその名を口にする。
「とりあえず【命の境界線】でお前の修行をすることにした。ノーブルファブニールの奴がいた頃よりもは緩い場所になったが、修行場所にはなるだろう」
「こういう場所に来るなら事前に一言欲しいよ師匠。死ぬかと思ったよ」
「この程度で死にそうになっていたら、一年後おまえは生きていないぞ」
そう言った時の師匠の顔は 何を当たり前のことを言っているんだ? という顔だった。
「(割とマジで僕死ぬかもしれない)」
「まぁいい。マーリン両腕を出せ。」
僕が言われるがままに両腕を師匠の方に出すと、袖をまくられて両腕にびっしりと魔術刻印を施される。ついでとばかりに額に例の文字の魔術を描かれた。
「これから修行が終わるまでの間、魔法術と《天性の肉体》以外のスキルを封印しる。マーリンが鍛えなければいけないのは体だからな。聖剣も木剣として使うか、その形を違うものにする以外は禁止する。
寒さ除けの魔術はかけてやったがもって五日だ。
その期間までにあの山の向こうにある集落に来い。」
「五日間の内にたどり着けなかったら僕に死にませんか?」
「死ぬぞ、生身でこの世界は生きられないからな。死にたくなければ五日の内にたどり着け。
なに最初は小手調べだ。私はその集落でまっている。」
そう言い残して師匠は空間の穴に入り姿を消した。
そのときに僕の鞄もちゃっかりと盗られていて、僕が所持しているものはユグドラシルの木剣と、いつもの服を一式。足元位置いてからていた例の文字魔術が描かれた紙数枚。
紙の端に火と書かれていることから魔術を流せば燃えてくれるのだろう。
食糧なし水なし、魔法術なし、スキルなし。
その状態でどこもかしこも強力な魔物の巣みたいな【命の境界線】で一山越える。
師匠曰くこれで小手調べなんだとか。
あの人の感覚絶対におかしい。
しかも師匠という絶対強者がここから居なくなったことで、魔物達が動き出す。
勿論標的は僕。
既に僕を包囲する様にしている魔物の姿は狼型。
毛は純白でさほど大きくないことから雪狼だろう。
さっき依頼書にあった雪狼討伐に書かれていた姿そのままだ。
状況は良くないけど最悪ではないことに内心感謝する。これが氷狼の群れなら僕は良くても重傷だからね。
木剣を軽く握り直して、群れの動きから外れて襲ってきた雪狼数匹の首と頭の骨を砕く。
「全部首に決めたつもりだったんだけどな」
軽口を叩きながら足を少し動かして足場の違和感になれる。雪狼達も僕を警戒しはじめたけど引く気は無さそうだ。
「師匠のところにたどり着く着かない以前に、まずは君たちをどうにかしないとね」




