揺らめく
夜に焚火をした事はあるだろうか?
キャンプや学校のイベント事でやった事がある人も多いんじゃないかな。
真っ暗な夜、ゆらめく炎を見ていると、とても気持ちが安らぐのは僕だけじゃないと思う。
しかしそんな僕の前には焚火の炎を間に挟んで洞窟で出会った女性が座っている。
洞窟から出た時には日が沈みかけていたから焚火をする様に女性は僕に言って、その後女性は一言も言葉を発していない。
かれこれ十数分は、火で木が爆ぜる音と木を投げ入れる音しかこの空間にはなかった。
洞窟で感じていた恐怖心もだいぶ落ち着いてきたものの目の前に当の本人がいる事で完全に落ち着けはしない。
そんな状態でこの沈黙を女性よりも長く耐える事が出来ず、僕から口を開いた。
「えーっと貴方が何故あの洞窟にいたのかを聞いてもいいですか?」
女性は僕の言葉に反応するものの焚火の炎から視線を動かす事なく、めんどくさそうに答えてくれる。
「旅の帰りの道中偶々通りかかった洞窟に、偶々賊がいた。放っておいても良かったが賊の中に私を楽しませられる者がおるやも知れんと思い戦ってみたわけだ。まぁいなかったがな」
買い物帰りに散歩をしてきたとでも言うような気軽さで盗賊たちを抹殺した経緯を話してくるんだけど、僕としては素直に反応に困る。
「こちらが答えたのだからお前も教えてくれるのだろう?」
疑問形ではあるけど、僕としては命令形で言われてるに等しい。
「冒険者ギルドで依頼を受けたから。
その依頼内容の盗賊たちっていうのがそこの洞窟にいるっていう情報があったからだよ」
「なるほどな、それは悪いことをした。
なんなら洞窟でくたばっている奴らの討伐証をとっていいぞ」
討伐証とは依頼された目標を討伐したという証としてギルドに持っていくもの。
証となる物ならなんでも構わない。
「いいよ。また違う依頼を受けるから」
それに今回の依頼では盗賊たちは捕縛する予定だったんだ。僕がやったわけじゃないけど気分的な問題で剥ぎ取りもしたくない。
「そうか、なら無理には進めないがな。しかし討伐証を取らないのは自らの手で殺したわけじゃないからか?
それとも死に関わり合いを持ちたくないからか?」
女性はあくまで淡々と興味なさげに僕にそんなことを聞いてくる。
ただの気まぐれという様に、目の前にコインが落ちていたから拾うと言うような自然さでだ。
それにしてもなんとも答えに詰まる問いだね。
「どちらとも少し違うけど、どちらかというと前者かな」
「……自らの手で殺したわけではないからか。
ふむ、嘘ではないが真実でもないな。
とは言っても後者というわけでもなさそうだ」
女性は視線を僕に向けてから問いの答えを吟味する。
その口調は先ほどまでと違い、言葉には何かを明らかにしようという意欲を感じれた。
「あの戦場でお前は決着の日、ただ一度だけ戦争に加担したな。あれは前後のお前の仕草から推察して北領側に死なせたくない者がいたから手を貸したのだろう?」
「よく見てますね。そうですよ、偶々知り合いがいたから少しだけ手を貸しただけです」
「友達か?」
「知り合いです。」
「なるほどな」
女性は機嫌がよさそうにそう言ってから、数秒間思案顔になる。
そして何かに納得した様にしてから
「質問攻めをして悪かったな。
そちらからも何かこちらに質問していいぞ」
質問していいぞ、ね。どちらかというと僕が何を聞くのかを試されてる気がしなくもない。
とはいえ女性の視線は何かしらの質問をしろ言ってくるし。
「そうですね。貴方の旅の理由を聞いてもいいですか?」
「ほぉ、やはりそちらになるか。」
「この質問はダメなんですか?」
「いやこちらの話だ。旅の理由ぐらいなら教えてやる。
旅の理由は祝福の世代と呼ばれる者らの品定めだ。
何ヶ月か前まではさして興味もなかったが、存外面白そうな者も中にはおる様だったからな。」
祝福の世代の品定め、どうしてこの女性はそういう事をさらっというんだろう。
聞いたのはこちらだけど、損をしたのは確実に僕の方だ。
「そうですか、教えていただきありがとうございます」
「ん、結果は聞かないのか?」
「いえそこまでは大丈夫です」
女性は僕の言葉を聞いてさらに楽しげになる。
「なに遠慮するな。旅で確認できた祝福の世代の子供の中で面白そう者は片手ほどいた。だがそれよりも数段面白そうな者を見つけてな。」
ああぁ…嫌な予感しかしないよ。
出来れば聞きたくない。
「其奴は見た目と実力に差がありすぎてな、見ていて興味が尽きん。当初の行動を見ている限り積極的な方ではないのは理解していたが、最後の夜に見せたあの表情は非常にそそる物があったぞ。」
そう女性は言い切るとそばに置いてあった赤黒い槍を指先で触る。するとさっきまでの雰囲気が一転した。
「あと少しで疑問が解消されそうなのでなのでな、最後まで明らかにさせてもらおう。
私の問いに偽らずに答えろよ。答えなくばお前の体に直接問う事になる」
そして女性は僕が何かを言う前に問いを投げかけてくる。選択権なんて僕にはないんだね。
「先の問いでこちらの名前を問わなかったのは何故だ?」
「僕の方も名乗っていないからですよ」
「あの戦場での支援魔術を途中で止めたのは何故だ?まだ戦場は荒れたままだったぞ」
「……最低限の手助けはしたと判断したからかな、そこからは戦場に立つ人の責任だと思うから」
「手助けをした時点でお前はその一員だ。
中途半端に事を終えたのは罪悪感からか?それとも敵にまでお前は気を使ったのか?」
「………戦場に踏み入ったことは自覚してる。
その上であそこまでが基準だと判断した」
「お前のあの行動で少なくとも敵数千人の運命は変わり、あそこでやめたせいで多くの味方が死んだだろう。少なくともどちらかはお前の罪だ」
「っそんなことはわかってるよ!」
そんなことはわかってる。わかった上で行動したんだ。この心にのしかかってくる物も僕が自身が背負い込んだ物で後悔はしてない。なのに心は女性の言葉で揺れる
「北領側に知り合いがいたと言ったな。友ですらないと。
友ですらない者のためにそこまでするお前は、敵側にも知り合いがいたら両者にするのだろう?
それによって幾人もの人間が死のうとな」
「……貴方は僕に何を言いたいんだ」
「質問をしているのはこちらだ。お前は黙ってこちらの質問に答えろ。」
両軍に知り合い、もしくは友達がいたら両軍を支援するのか?
するだろうね僕は。矛盾した行為で戦場を乱すだけの行いと知っていても僕はする。
最も重い罪を背負う事になっても僕は見殺しはできない。
「………するよ。」
絞り出す様に言った僕の答えに女性は満足したのか、顔に笑みを作って槍から指を外した。
「くっくははは!!全てを理解した上でその道を選ぶとは想像していた以上に愚か者だなお前は!
愚かさを理解していない者よりもなお業は深いぞ」
女性はひとしきり笑ったあと僕の目を見ながら
「己の行いの意味を理解していない様ならここで命を摘んでおくのも悪くないかと思っていたんだがな。
……忠告しておくぞ。その道、降りるなら今だ。これ以上その道を歩むなら途中で降りる事は許されない。」
「…もう降りる事は出来ないよ。既に僕はこの道を一歩踏み出してる。」
そう、もう降りることなんて許されない。
この道にはもう背負うべき僕の罪が染み込んでしまっている。償うことのできない物だからこそ捨てるわけにはいかない。
女性は火の中にに木を投げ入れながら、独り言の様に呟く。
「全ての花を守れないと知っているから守るべき花の数に制限をかける。
守ると決めた花を見捨てることが出来ない故にその分の負担を自身で背負いこむ。
それは生来の気質かはたまた誓いの類か……」
微かに聞こえた言葉には相手へ伝えようとする意思は感じられない。
ただ思った事を口に出しただけの様な言葉。
まだ何か呟いているけど、小さすぎてもう何を言っているのかは聞こえない。
数分間そうしていた女性は小さく息を吐き視線を上げた。
「いくら考えても詮無き事か、」
女性は槍を掴み肩に担いで立ち上がると僕を見て
「気が変わった。やはり一度ヤッテおく事にする」
突然の殺害宣告に動きが固まる僕。
さっきまでの質問攻めといい、この女性の行動はかなり突発的にすぎる。
「なに、軽く手合わせ程度だ。魔法術無しでの近接戦、死ぬ事は多分なかろうよ」
ニュアンス的に「お前が死ぬ気で抗えば死にはしないだろう。死ぬ時は死ぬがな」だろうか。
僕としては本気でやりたくないんだけど、やる以外に選択肢もない。
「わかりました。やりますよ。降参はありですか?」
「無しだな。ありだとお前はすぐに降参するだろう?両者が満足すれば終わりだ」
両者が満足って最悪僕死なないかな?
この女性が僕を殺さないと満足できないとかなら終わりなんだけど。
どうにか粘ってより良い条件を引き出したかったんだけど、女性はホォーミングアップがてらに槍を放り回しながら歩いて距離を開けている。
焚火の炎から4メートルほど離れた場所でこちらに背を向けて槍を構え、振り向かないままに
「お前がどんな状態で待機するかはお前が決めていい。これはこちらの流儀だからな。
今から焚き火に入れる木の実の爆ぜた時の音が始まりの合図だ」
女性は一方的にそう言い切ると、手に持っていた木の実を後ろ手で放った。
当たり前のように木の実は焚火の炎目掛けて綺麗な放物線を描いている。
今から僕が何を言っても、もう既に遅い事を認識して僕は女性と同じように焚火の炎から4メートル程離れ、振り向かないまま腰の帯に差し込んでいるユグドラシルの木剣を引き抜いた。
洞窟で感じた恐怖は今も感じたまま、僕が死ぬ可能性も七割以上あるだろう。
「(時間もあった、経験もある。後はあの時みたいに覚悟を決めるだけなんだけどね)」
焚き火に木の実が入ってから数秒経った。もう時間もそんなにない。
あの時とは違って相手が実際にここにいて、背中から圧力を受けている状況。
オフェリアさんと戦った時でもここまで覚悟が決まらないなんて事はなかったんだけどね。
「(諦めようか、生き残るのを……)」
そう心で呟く。不思議と体と精神が冷たく冴え渡っていくのを感じる。
さっきまでの心の迷いが、恐怖が麻痺していく感覚。
冷め切った心でスキルを意識的に発動させていく。
《神眼{把握}》の封印を解除。
《clown mask》で大地の魔力に同調し、大地から魔力を吸い上げる。
《天性の肉体》のおかげで魔力生産量も魔力循環限界量も増えて、身体強化の上限も上がってる。
《鏡花水月》は意味がないかな。
最後に《明鏡止水》を使用。
《鏡花水月》や《明鏡止水》は常に効果は発動されてるけど、無意識と意識的にではだいぶ違ってくる。
凪いだ心の状態で装備を確かめていく。
"あいつ"の服一式にユグドラシルから貰った剣。
「っぷ」
装備を見た瞬間、僕は思わず笑ってしまった。
なんか自分自身がおかしくって仕方なくなったから。
「(あはは、変なの。"あいつ"との戦いは勝てる見込みが少なくて、恐怖があった。
ユグドラシルとのやりとりは不安で仕方なかった。でもちゃんとそれに向き合って受け入れてやってきたんだやね僕は。)」
心は揺れる。凍てついた心は氷解し、ゆらゆらゆらゆら揺らめき始めた。
そんな心で今日の出来事、女性との出会いを振り返っていく。
捕縛するつもりだった盗賊達の死体、流れる血、漂う死臭。
そこで出会った圧倒的な強者に、刃を突きつけられている様な殺気。
「(流されてた。……そんなのは僕らしくない。いつだって僕は僕のまま、僕らしくあればいいんだ。)」
凪いだ心は大きく揺らめく。
戦闘をするなら確実に先ほどまでの凍てついた状態の方が適している。
それをわかっていて尚僕は今のこの状態でやろう。
そして木の実が爆ぜた音が響く。
パチッ!バチィッ!!
音がなる瞬間体は反応して180°回転する。
目に写るは既に焚火近くまで跳躍している女性の姿。
金色の視線は僕の視線と交差する。
女性は僕と視線が合うと口元に笑みを浮かべた。
こんな状況じゃなかったら見惚れていたかもしれないくらい完成された姿なんだけど、その笑みの理由がわかる僕としてはそうもいかない。
想像以上の相手の動きに対応するため体勢を微調整して、女性の動きを予想し直す。
「(じゃあ、やっていこうかな…)」
自然と僕の口角は上がっていく。
今の僕の笑顔はきっとひどい笑顔だろう。
鏡で見たらきっとそう思うに違いない。




