二人の願い
「またマーリン兄さんが遠くに行っちゃった。
今度会えるのは四年後。長すぎるよ」
私ことルーリィは王都から家に着くとマーリン兄さんの部屋に向かってベッドに倒れ込み、寂しさを言葉に出して心を落ち着かせていた。
ルート兄さんやマーリン兄さんの部屋は一応家を出た状態のままにされていて、いつでも二人を迎えいられる様になっている。
このマーリン兄さんの部屋はマーリン兄さんが七歳の時から五年間使い続けた部屋であり、部屋の隅々からマーリン兄さんを感じられる。
は微かに残るマーリン兄さんの匂いを感じながら久しぶりにあったマーリン兄さんの事を考えていた。
ちなみに前までは今みたいに堂々とはマーリン兄さんの部屋にいなかったんだけど、シェーラ母さんがみんなにバラしてしまったので開き直らことにしている。
数ヶ月ぶりにあったマーリン兄さんは数ヶ月前のまま綺麗でカッコ良かった。
ううん、もっとカッコよくなってた気がする。
「でもマーリン兄さんは少しだけ悲しそうにしてた」
いつも明るく振る舞っているのに一瞬だけ覗かせる悲しげな表情。悲しんでいるのか、苦しんでいるのかはわからないけどそれに近しい何かを思っている表情だと思う。
直接マーリン兄さんに聞こうとも考えたけどなんとなくやめておいた。
きっとマーリン兄さん自信その事に気づいていない様な気もしたから。
「(あぁまただ。また胸がキューってする)」
マーリン兄さんが私達に見せない様にしているものや、そうする理由はわからないけど、それを思い浮かべているとどうしようもないくらいに胸が苦しくなる。
「いつか…私が……」
口からこぼれた言葉は私の心に酷く響き、心を震わせてなお残響となって私の欲望をさらけ出させる。
「(…なんて、なんて自分勝手で酷い欲望なんだろう。)」
シェーラ母さんみたいな美しい愛とはまるで違う、醜くて汚い私の恋心。
気付いてしまえば、実現した時の甘美な味を想像してしまえばもう抗うことの出来ない。
そんな私の欲望。
「(マーリン兄さんが隠すその心を、見せたくないその心を私は欲しい。
私が癒したい。理解したい。独占したい。
そしたらきっと私だけのものになってくれるはずだから)」
私はマーリン兄さんのベッドの上で笑いながら静かに泣いた。
どうして笑ってしまうのかも、泣いてしまうのかもその時の私にはわからなかった。
「へっへへアンジュ嬢ちゃん、またAランククエストを単独でクリアしたそうじゃないですか」
相変わらずのふざけた口調で私に話しかけて来たのは三年前の依頼からよく関わる様になった斥候のヒムだ。
最初の頃は対応に困った会話の仕方だが、三年もすると慣れてしまうのが不思議だった。
「ヒムの方こそここ最近精力的だと聞いている。
Cランクになってから消極的だったが何かあったのか?」
「この前マーリンくんと出会いましてね。
その時に色々ありやして、半ば諦めてやしたBランクを目指す事にしたんですよ」
ヒムは基本的に自分の事をはぐらかしながら会話をしてくる。
今回も軽くはぐらかされるた思っていたが、予想外にまともな答えが帰ってきた。
ついでにいえば最初に出てきた人物の名前も私は予想すらしていない名前であり、頭が混乱する。
私が混乱してる事が面白いのかヒムは「ヘッヘッヘ」と笑いながら会話を続けていく。
「CランクとBランクじゃ昇格難易度が違いやすが、引退後の扱いもまた違ってきやすからね。
まだ若いうちに少しだけ頑張ってみる事にしたわけですよ。性分に合いやせんがね」
ヒムはそう言ってから軽く私に視線を向けて
「あっしのそんな話よりもやはりアンジュ嬢ちゃんはマーリンくんの方に興味がありやすかね」
「っいや私は何も言っていないぞ」
「へへへっそんな反応してやしたらあっしじゃなくても丸わかりですぜ」
「くぅっ」
確かに咄嗟に強がっては見たが、それが完全に裏目に出てしまった事は自分でもよくわかる。
数年前と比べると今の状態でも随分と改善されたものだが、会話はまだまだ苦手な分野だ。
「マーリンくんは相変わらずちっちゃいまま元気にしてやしたよ。
ホットくんやアストくんにサリちゃんの事やもちろんアンジュ嬢ちゃんのことも話したら大変喜んでやしたね」
「…マーリンは他に何か言っていたか?」
「他にですかい?……あ〜そういう事ですか。
特に何も言ってやせんでしたよ。
まだ気付いてないんじゃないですかね」
よく考えずに口に出したとは言えヒムに聞くべきことでは無かったと後悔する。
あの収穫祭の時に思い切ってやってみたものの、後からすごく恥ずかしくなった【乙女の初恋】。
改めて今考えてみても顔が赤くなってくる。
マーリンとは十歳しか歳が離れていないが、【乙女の初恋】は大抵同い年や年上の男性にするもので年下にする事は珍しい。
「そうか、ならいい」
これ以上この話題が続かないように話を打ち切ろうとするが、ヒムは終わらせようとはしてくれない。
「なんなら次会えた時にでもそれとなく伝えてときやしょうか?」
シャッァァン!!
腰の鞘からショーテルを引き抜きヒムの喉元に突きつける。
「へへ、藪蛇でしたね。降参ですぜアンジュ嬢ちゃん。」
ヒムは両手を上げてそう宣言し、いつもの調子で人混みの中へと姿をくらました。
自分でもこのやり方は悪い癖だと認識しているが、偶にこうしてやってしまう。
まだまだマーリンやシェヘラザードさんの様にはいかない。
ショーテルを鞘に納めてから依頼板に向かい、依頼全てを一つ一つの確認してから一枚の依頼書を取る。
それを持って受付に向かいそこで手続きを済ませて、消耗品の補充に武器や防具の手入れ、依頼に必要な物を買い揃えていく。
その時すれ違う子供たちの姿を目でおってしまうのは先程話題になったからだろうか。
あのふわふわとした雰囲気の男の子は、一度その懐に入ってしまえは酷く優しい。
ありのままを包み込む様に受け入れてくれるそんな男の子だ。
頼ってしまえば、もたれかかってしまえばそれだけで助けてくれるだろう。
「(だからこそ、せめて力だけは共に支え合える様に。頼ってもらえる様な私でいたい)」
あの時の行為は願いであり、望みであると同時に誓いだ。
次会える時までに堂々と気持ちを伝えられる様になるという誓い。
アンジュは過去 自身の尊き誓いを胸に秘め戦いに身を投じる。
獲物に曲線の美しい鋼の刃ショーテルを持ち、炎魔術を巧みに操りながら舞う様に戦う。
その動きに合わせて乱れる赤髪は見る者を魅了させ、彼女が火の妖精であるかの様に錯覚させるだろう。
冒険者ランクはAであり北領同盟王国内の冒険者期待のエース。
そのアンジュの名は【弧炎】の異名で広く知られる存在になる。
すみません。本編の前にこれを書きたかったのでこちらを先にしました。次はちゃんと本編を書きます




