兄妹
「結果の方を聞かせてもらえますか?」
シェーラ母さんはゆったりとした口調でそう私に聞いてきた。
マーリン兄さんが村を出た日の昼ごろ、シェーラ母さんと二人で昼食を作っている時な事で、現在エル父さんは部屋で仕事をしている。
この話をするには丁度いいと考えてシェーラ母さんは聞いてきだんだろう。
そしてその結果が何に対しての結果を指しているのかなんて考える必要はなく、私は素直に自分の中にある言葉を告げる。
「恋をしてるんだと思う」
「そうですか。改めて自分で認識してみてどう思いますか?」
「そんなのわからないよ。」
実際わからない。どういう風に扱えばいいのか、どうしていきたいのかが私の中で纏まっていない。
昨日の夜のこともはっきりとは覚えていないし。
そんな私の回答にシェーラ母さんは何も言わなかった。
沈黙が不安になってシェーラ母さんの方を見れば、シェーラ母さんは私を見て笑っている。
私は恥ずかしさを隠すようにシェーラ母さんへ軽く文句を口にした。
「笑わないでよシェーラ母さん。本当にわからないんだから」
「ふふふごめんなさいねルーリィ。悪気があったわけじゃ無いんですよ。私としてはそこまで驚くことではありませんでしたから」
「どういうこと?」
「ルーリィのお兄ちゃんは二人とも素敵ですからね。二人とも強くて賢いですし、性格の方もとても紳士で温厚なルート。掴み所がない様で一度懐に入れば甘いマーリン。
どうですか?言葉にしてみればそこまで不思議でもないでしょう?」
「ふっふふ。うんそうだね。」
シェーラ母さんのいう通り、言葉にしてみれば何処にも恋をして不思議な要素がない。むしろしてしまうのが当たり前のようにすら思えてくる。
「でも少し以外ではありましたよ。てっきりルーリィくらいの女の子はマーリンではなくルートに憧れる物だと思っていましたから。」
「もちろんルート兄さんもかっこいいよ。実際村の女の子の間ではルート兄さんの方が人気だし」
「ならルーリィはなぜマーリンなのですか?」
「……わからないよ。マーリン兄さんの方がかっこいいとか、不器用とか無理矢理に理由を考える事は出来るけどそんな物は本当の理由じゃないような気がするし」
そう、私はそんな事でこの心を意識したんじゃない。もっとあやふやで不確かな感情の揺れで気付いたものだから。
「シェーラ母さん…一つだけ質問してもいい?」
「いいですよ」
「マーリン兄さんが意識的に人との関わりを制限している様に、もっといえば人の名前を意識的に聞かない様にしていると感じてるのは私だけ?」
これはずっと前から引っかかっていた事で、結局最後まで聞かなかった疑問。
マーリン兄さんはコミュニケーション能力が高い。自分からどんどんいくタイプではないけど、普通の人よりも話したり聞いたりするのは得意だと思う。
だからなのかマーリン兄さんはよくお互いが名前を知らない状態で楽しそうにお話をしている。
数回話す機会があった人ともそういう状態で話している事が多い。
何度も側でマーリン兄さんの会話を聞いていて気づいた事なんだけど、会話の流れが名前を名乗る流れにならないの。それも自然にで会話自体に違和感を感じない。
名前を聞いたり名乗ったりする時も、相手側から切り出された時だけで自分からする事はなかったと思う。
まるで名前を知りたくも教えたくもないみたいに。
シェーラ母さんは少しだけ考えたような顔をしてから、静かな声で答えてくれた。
「それについてわたしが答えられる事はあまりありませんね。答えられる事は一つ。
それが本当だとしても勘違いだとしてもマーリンは意識すらしていないでしょう、ということだけです。」
その時のシェーラ母さんの表情からは私は何一つ汲み取ることができなかった。
きっとシェーラ母さんは私やルート兄さん、エル父さんよりもずっと多くマーリン兄さんを理解してるんだと思う。もしかしたらマーリン兄さん本人よりも。
あの日から七ヶ月が経った今日私たち家族はリューセンに出発することになった。
マーリン兄さんが突然旅立った事で村の人達からすごい質問責めもあったけど、意外とすぐに治まった。村のみんなはある程度の説明でマーリン兄さんらしいとすぐに納得してくれたからだ。
「準備はできているかシェーラ、ルーリィ?」
「大丈夫ですよエル」
「大丈夫、出来てるよ」
「いこう」
雪が軽く降る日の昼、私たちはリューセンへ出発した。
私はまだマーリン兄さんに対する想いをどうするべきなのかわからないままでいる。
それでもこの数ヶ月会えなかったマーリン兄さんにようやく会えるという期待で自然と鼓動は早くなる。
「(早く会いたいな…マーリン兄さん。」
「ルート君♪今度の課題で一緒にペア組みませんか?」
「お誘いは嬉しいけどごめんね、前の課題で組んだ人と引き続きやる約束をしているから組めないんだ。」
「そうなんだ……。じゃあまた誘うね」
「うん。じゃあね」
もう慣れた対応ではあるけどやっぱり誘いを断るのはいい気がしない。
言った事は本当だから、受ける事はできないわけなんだけど。それでもちょっとだけ罪悪感はある。
同級生の女子生徒が見えなくなってから僕はまた学園の廊下を歩き始める。今は二年の最終課題も終わり、ほぼ自由ではあるんだけど何故か月課題などはあるまま。
どうせなら課題も終わりでいいと思うんだけどそうはならないみたいだ。月課題さえなければ故郷に帰れたんだけどね。
そんなことを考えていると後方からほぼ毎日聞いている人の声が響いてきた。
「よーっお!ルート!相変わらずモテてるな!」
「そういうジルは僕よりもモテてるでしょ?」
「おおう!俺はモテるぜ!!超絶モテる。
けどよ"僕よりも"ってのは言いすぎだろ?なぁ【学園の王子様】」
「実際学園祭での人気投票でジルの方が上だったと記憶してるよ第二王子様?」
「数票差だったろうが!それにお前がさっき誘われてた女子って学年のアイドルだろ?俺もまだ誘われた事ねーんだぜ!
それをあんなすんなりと断るとか信じらんねー」
「僕に次の課題一緒にやるからペア作んなよって言ったのはジルだろ。」
「それとこれとは別だろうが!!そこは可愛い女子を取るべきだろ男なら!!」
「実際に僕が約束破ったら怒るでしょ?」
「おう!怒るぜ。これとそれとは話が別だからな!!」
「ジルは理不尽すぎると思うんだけど僕」
この元気で明るいジルはこの国の第二王子でフルネームは ジルヴァーニア・エズス・フィルヴァーニア。
現国王と王妃の間に生まれた王子だ。
ジルとは一年になった時に色々あって、それからは仲良くやっている。
そんなジルは僕から目を逸らす様にして
「仕方ねーだろ。次の月課題が二年最後の課題で、そこでマエルに勝つためにはルートに協力してもらわねーといけねーんだからな」
「三月の課題で勝っても、もう成績でマエルの上に行くのは無理なんじゃないかな?」
「うるせー!諦めてたら勝負にもなんねーだろうが!!それにまだ可能性は無きにしに非だ!!」
ジルは熱く僕にそう言ってくるんだけど、声が少しばかり大きすぎる。まぁ普段はこんなでもちゃんとする時はちゃんとしてるから、きっと王族の教育は厳しいんだろう。
でも大きな声で喋ってたからあっちも気付いてしまったようだ。
「可能性はないわよジルヴァーニア。成績順位はもう粗方決まっているし、月課題一つで覆るほどの差ではないわ」
「ぐぬぬぬぬ聞いてたのかよマエル」
「あんな大きな声で喋っていたら嫌でも気付くわよ。それとルート、また貴方宛の招待状預かってきたわ。」
「いつもごめんマエル。それと僕の方からもマエル宛の招待状があるだ。」
「なぁ?俺宛のは預かってないのか?」
「ないよ(わよ)」
「そーですか」
マエルと僕はお互いにお互い当ての手紙を預かる事が多い。それは入学してから半年後くらいからで、会うたび会うたびこれをしているせいか随分と慣れたやりとりになっている。
僕とマエルは同じ村出身という事で元から話す機会も多く、ジルは僕といることが多いので自然とこの三人で行動することも多かった。
だからか変な呼び名もあったりもする。
「おーー随分余裕ですねぇ。流石は【IIIトライアングル】なんて呼ばれるだけありますよ。」
その一つがこれ。
その前に少しだけ説明を挟むと、
成績評価を単純に言うと魔法術、肉体戦闘 その総合である。学力などもあるけど、どっちかと言えば実戦の方を優先しているこの学園では、主な成績評価として挙げられるのはこの三つ。
その三つのトップから三位までを入学当初から僕たち三人で埋めていることから【IIIトライアングル】なんて呼ばれ出した。
魔法術
マエル 僕 ジル
肉体戦闘
僕 マエル ジル
総合
僕 マエル ジル
学力
僕 マエル ジル
(語学でジリジリ僕が勝った。)
そして僕たちに話しかけてきた男子生徒は総合四位のビヨンイ・ヨンク君。
ちなみにジルとはすごく仲が悪い。
「どうしたんだよビ ヨンイ。いきなり嫌な感じて喋りかけてきやがって、喧嘩売りにきたのかよ?」
「ビヨンイです。ビとヨにわざとらしく間を開けないで貰えますか?三位さん。」
「よ〜っし!了解したぜ四位君。
ちゃんと手袋をしてる様だし選ばせてやるよ…。
宣言する方か、される方かぐらいな!!」
「そうやってすぐに熱くなる。だから貴方は弟のレオンハート・フルズ王子よりも下の王位継承権三位なんですよ!!」
ビヨンイがそう言った瞬間周りの空気が凍った様に僕は感じた。周りにいた一年から三年までの生徒に先生までが動きを止めてジルの次の行動を待っている。僕やマエルもジルが暴走したところを止めるために準備を整えている。
しかしジルは怒るどころかひどく落ち着いた雰囲気になっていた。
「それは誰の意思だ?」
「僕個人の意思ですよ」
「そうか」
そう言うとジルは僕の方を向いて
「用事が出来たから今日は帰るぜ。また明日な」
「うん、また明日」
と言い残してジルは歩き出した。ビヨンイ君の横をすれ違う時に軽くビヨンイ君の肩を小突いていったけど、それ以外は何もなかった。
これには僕を始め周りの人、ビヨンイ君さえも驚いている。
数秒後にビヨンイ君がどこかに歩いて行ったのを機にここ周辺の時間を流れ出したけど、なんとも気を張る時間ではあった。
僕とマエルもその場から移動するものの、さっきの出来事は既に学園中に広まっている様だ。至る所でさっきの話がされている。
「まだ正式に学園に入ったわけでもないのに、もう慌ただしくなってきたわね」
「そうだね。今年は平穏な学園生活にはなりそうにないね」
「ええ。まぁ仕方ないわよ。
話を変えるけどシェーラさん達が王都にくる正確な日にちはわかった?」
「まだ何にも。でもくるのは四月になってからだよ」
「そう。詳しいことがわかったら私にも教えてね」
「うんわかった。楽しみなんだね、みんなに会うの」
「それはルートもでしょ?顔に出てるわよ」
「勿論楽しみだよ。だってもう二年以上会えていないからね」
僕が十二歳になってから会えていない家族。
きっとエル父さんやシェーラ母さんはそこまで変わってなくて、ルーリィやマーリンはすごく成長してると思う。
「(早く会いたいな。みんなに)」
楽しんでいただけたら幸いです。




