明るい時こそ闇は濃く
「それで今日の本題はなんですか?」
ある程度の前座に付き合ったところで僕はスフィネラさんに、自分から姿を現した理由を聞く。
僕の方から呼び掛けたわけでもないのに出てきたのにはちゃんとした理由があるはずだから。
「さっきまでの話も十分に重要な案件だったと私は思ってるわけだけど、一応国に仕える軍人として任務は任務と割り切らないといけないね。
今日私がマーリンくんに伝えに来たのは、もう直ぐ始まる代表戦の事さ」
「何か問題でもあったんですか?」
「いや今のところは何も。順調に計画は進んでいるよ。とはいえ国が主体となるイベント事に加えて、国の内政のトップは揺らぎはないんだけど下が今揺れているからね。
何かしらの問題が起きる可能性自体は大いにあるというわけだよ。
マーリンくんは最重要人物ではあるけれど、場合によっては何かに巻き込まれるかもしれない。
その事を事前に言っておこうと思ってね」
「?、それだけですか?」
「それだけだよ」
「…そうですか」
この内容ならまださっきまでの方が重要な気もするけど、国としてはこの事の方が重要という事なんだろう。
僕の事について北領同盟王国側と何かしらの協議をしているのかもしれないけど、こんな事を今僕に言われても仕方がない。
何か起きたら自力で対応してくださいって事にしても、わざわざ僕に伝えに来た意図が汲み取れないんだよね。
何より下が揺れてるんだとしても、エル父さん達から聞いてるこの国の女王が何か失敗を犯すとも考えられない。
しかもその予兆がない場合ならともかく、起きる予兆がある今の状況ではそうはならないだろう。
「私も魔人族の国から来る要人の警護をしないといけないからね。マーリンくんの護衛は違うものがする事になる。
何かが起きたとしても私は直ぐには何もできないんだよ」
まるで何かが確実に起きるって言ってるみたいな口ぶりだ。
この国の女王が対処しきれないことが起きようとしている?
いやそれはないはず。それを事前に察知しているなら、他の国、北領同盟王国も察知しているはず。
その場合北領同盟王国が東側の国防に関わる僕を他の国に放置しておくとは思えない。戻しはしないまでも、何らかの動きを見せるだろうからね。
……?というか今さっき、スフィネラさんは魔人族の要人って言わなかった?
「魔人族ってあの魔人族の要人ですか?」
「どう答えればいいのかな。魔人族全体で見た時の用心ではなく、エルファエルと交流のある魔人族の国の要人だよ。」
「交流のある国の…」
つまりは魔人族の国はヒューマンの様に一枚岩の国家を持ってるわけじゃないということだ。
確かに考えてもみればヒューマン以外が一種族一国家をしているけど、ひとつの種族が纏ることがどれだけ難しいかくらい前世で嫌というほど学んだことだった。
言葉が、肌の色が、目の色が、信じるものがほんの少し違うだけで区別ができてしまうのが人なんだから。
エルフやドワーフ、魚人が一つの国家に纏まっているのは明確な違う種族がいるからか。
そしてその上でヒューマンの様にいくつもの国に分かれてしまうのは、ヒューマンという種の多さが原因してるんだろう。
数が多ければ、力があれば、余裕があれば、視点は外から自然と内側に移動するものだから。
魔人族でも同じように幾つもの国があるなら、種としての力が高いってことだ。
「魔人族の事について私が教えられるのはそんなに多くないよ。ここまではマーリンくんの国でも知ってる人は知ってる事だからね。
これ以上は交渉の域になる。もしマーリンくんがエルファエルとの関係を一二段階深めてくれるならもっと情報を教えられるんだけどね。」
「いえこれ以上はいいですよ。
それよりもスフィネラさんの言い方が、確実に何か起きるから気をつけてと言っているようにしか聞こえないんですよね。
いったい何が起きるんですか?」
「さぁ、何が起きるのかな。私の母たる女王が何を望まれているのかは、娘の私にも推し量れないよ。
ただ私がこうしてマーリンくんには情報を与えてるのも女王の指示であり、この言葉も女王から許可された言葉という事。」
何かが起きる。感じも護衛もない。この国での勢力争いが関係してる。魔人族の国の重要人物が来るという事。魔族とそれなりの交流があるという事。
そしてそれを僕に話した場合何かしらのメリットがエルファエルにあるという事。
「じゃあ私は伝える事は伝えたし、元の任務に戻るよ。
…それと遅くなったね。アンスリアを励ましてくれてありがとうマーリンくん」
「たまたまあの時側にいたのが僕だっただけですから。アンスリアはもともと強かったですよ」
「そうあの人に似て強い女の子だよ。だからこそあの時、あの子が誰かに助けを求めた時に側にいてくれてありがとう。」
そう言い残して僕の目の前から姿を消すスフィネラさんの表情は、どこか昔を思い出しているような、何かを今に重ねているようなそんな表情だった。
「さてさて、何が起こるのかな…」
何が起きるにしてもこの道を選択した事に後悔はない。ならまぁいっか。
「おい、お前はどうしてそんなに悠々とだらけていられるんだ。」
「だらけてね〜って。これでも真面目にやってるんだぜぇー俺は」
「お前の姿のどこに真面目という言葉がある!?
旅行をするためにわざわざ面倒な手順を踏んでこんな場所に来たわけではないんだぞ!」
「相変わらず神経質すぎるぜ〜。もうちょい肩から力抜いた方がいいぜぇ〜。俺の目的の為にも、そっちの目的の為にもな〜」
旅の装いに身を包んだ男女は、酒場の一席に座り込み、周りの客に紛れるようにして言葉を交わしている。
男の方は既に酒場の中に数人いる出来上がった酔っ払いのように喋り、女の方は酒場に似つかわしくない声を上げており、周りから見れば酔っ払いと付き添いの女という感じだ。
「んじゃまぁ〜あれだ。まずは座ってよ〜お互いに集めた話をしようぜ〜。」
絶妙なバランスだろう。男の振る舞いが、自然な振る舞いこそが女性を辛うじて酒場の雰囲気に溶け込ませている。
そして女性の方もある程度不満をぶちまけた事で冷静になったのか、男の言葉に従い渋々と言った風に向かいの席に腰を置いた。
「んじゃまぁ〜俺の方から話すぜ〜。
俺がずっと行くか迷ってた老舗は無事今でも潰れてなくてな〜。
というかよ〜むしろ商いの調子もいいみたいでな〜。近く大きな仕入れをするみたいなんだよ。
俺が旅をしてる間にな〜抱えていた商品を売ったり大きな出来事もなかったみたいなんだよー。
とりまっ、俺が欲しい商品はまだありそうだわ!
いや〜よかった!よかった!」
男は酒場全体に響くほど盛大に笑う。勿論その男女以外の酒場にいた人達はそれに反応して、盛大に笑う男に注意を向けるが、それも一瞬だけ。
夕暮れの酒場で上機嫌に騒ぐ男なんて珍しくともなんともない。
大声で迷惑?
ここはそんな奴が集まる場所だ。迷惑と思う客などいるはずもなく、むしろ酒場の雰囲気が盛り上がると喜ぶほどだろう。
そしてそれに負けじと周りも騒ぎだし、盛大に笑う男の印象は薄れていく。
しばらくもすれば酒場の客達はそれぞれの世界を作り出し、酔っ払い共の中には男女に視線を飛ばすものなどいない。
「ははぁ〜やっぱ酒場は良いねー。酒の香り、酔っ払いの騒がしさ、懐かしいぜぇ〜。」
「こんな所ただ騒がしいだけだろう」
「相変わらず良いとこ育ちが出てるね〜。そんなんじゃ〜思わぬ所で躓いちまうぜ〜。
もうちょい庶民に馴染まねーとな〜。あそこじゃあ庶民だー良いとこだー関係なかったけどよ〜、ここじゃ〜そうはいかねーってこった。」
「……うるさい。私にはやらねばならぬことがあるんだ。」
「ははぁ〜、だからよ〜それをやり遂げる為に色々知りなってことだよ。
……(右斜、机三個挟んだ席に座ってる男三人、女一人の冒険者風の奴ら。つけられてたぜ)」
「っ!!」
「っと、(視線は向けるなよ。気づいた事に気づかれるだろ)。
まぁ〜学ばねーといけね〜事は多くあるってこた!!」
「……すまない。気づかなかった」
「一対一でなら俺より上なんだがな〜ここら辺の経験がなさすぎだぜー。」
男はカラカラ笑いながら女へ言葉を投げかけて、手に持つジョッキを勢いよくガブ飲む。
しばらくそのまま酒場にいた男女の二人は、女の方が酒に完全に潰れた所で、ふらふらに酔っ払った男が肩を貸す形で酒場から出て行く。
その一方、その二人組の男女から離れた席に座っていた冒険者風の男女の四人組の話が盛り上がっていた。そしてそのまま話の区切りがついたのか和気藹々としたまま酒場を後にする。
人の出入りが激しい夜の酒場のよくある光景。
気に留める者などいるはずも無い。
……ドサ。
夜空は厚い雲に覆われ、夜を照らす星の輝きはない。
そんな夜とはいえ、魔法術がある大都市。
そんな事で明かりが途絶える様な都市ではない。
しかし光当たる所があればその影が出来るのがこの世の常。
栄える場所があればそれと同規模か、それ以上にその犠牲となっている場所があるものだ。
光かげることのない大都市の影、魔法術の明かりはおろか、火の灯火すらない影の別世界。
闇に潜む様にして命繋ぐものどもの世界。
そこで静かに男女がその命を呆気なく散らせた。
これもまた日常の一部でしかないのだろう。
その死体を漁ろうとする闇の住人が早くも様子を伺いに来ているのが何よりもその証拠だ。
久しぶりの後書きになります。
作者の都合でちゃんと【聖剣の大賢者】を書くのはこの回で最後になります。
この後の流れはすでに全部決まっているのですが、文章の物語として書き起こす時間が確保できそうになく、次回の投稿を最後に【聖剣の大賢者】を終了することにしました。
次回の投稿でこれからの流れを大雑把に書き起こしておきましたので、宜しければご覧ください。
今まで【聖剣の大賢者】をお読みいただいて下さった読者の方々に深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした。




