私にとっての特別
「ディーノ様、王都の学園はどうですか。
やはりディミトリアの学園よりも大きく素晴らしい学園なのでしょうか?」
「確かにここはでかいな。学園と名ばかりの城みたいなものだからなここは。
そっちでは何も問題は起きていないか?」
「こちらは昨年に前期の新一年生が無事にエルファエルへ留学した以降は、ディーノ様のおかげで特に大きな出来事もなく過ごしております」
「そうか、それならいい。」
セリル・リア・ルトゥール・ルーカ。俺の婚約者とは週に一度魔術具で話をすることが決まっている。
今はちょうどその時であり、目の前の鏡を模した魔術具には見慣れた顔に大きな傷がある女子が俺を見ていた。
「ディーノ様の方はどうですか…。私が原因で何か不都合な事になっておりませんか?」
セリル・リアはフルートゥルを担当する二つの侯爵家の片割れの二女。
本来なら何一つ自分を卑下にする理由などない彼女は、幼い頃家の宝物庫に入り込み、呪術を帯びたナイフで顔を傷つけてしまった。
本来なら呪術を解いて傷を消す事も可能だったが、当時の彼女が幼く耐性がほとんどなかった事と、宝物庫に入り込んでいたせいで彼女の発見が遅れ薄らと傷痕が残ってしまっている。
少しの荒れでも攻め立て貶めようというのが貴族社会であり、そんな中でセリルはルトゥール・ルーカ侯爵家をよく思っていなかった貴族からすれば、格好の標的でしかなかった。
さらに運が悪かったのは侯爵家の生まれだった事だ。これが伯爵や辺境伯、であったならばセリルはまだ少しだけ苦労するだけで済んだだろう。
「セリル、お前の事で苦労する事はない。俺は自分の事で日頃苦労している。お前の事は金貨に鉄貨を足した様なもんだ」
侯爵家は貴族社会において最も勢力争いが活発な爵位だ。そうなる様に仕向けられた爵位だとも言えるかもな。
フルーとはこの北領同盟王国では豊かである事を示す言葉だ。そしてその名がつく経済都市は、その名の示す通り、金が生まれ、文化が生まれる都市という事。
その都市が生み出す利権はあまりに大きい。
その利権が貴族の腐敗で乱用されないために考え出されたのが、一都ニ侯爵。
都市内と都市外の管理を交代制で納めるという決まりだ。
しかしこれの問題は都市内を管理する方がはるかに得られるものが多いという事実。その為二つの侯爵家はそれぞれを蹴落とし、少しでも利権を独占しようとする。
「お前が顔に傷を持った貴族だというなら、俺は経歴に消えないほどの傷を持った貴族だ。
この国で辺境伯とは武力の象徴であり、その武力の象徴であるセルズ・ベルに泥を塗り、非力さを明らかにした男だぞ俺は。
どちらが酷いかなど、この国の貴族なら間髪入れずに俺と答えるに決まっている」
その弱みを片割れの侯爵家に晒さない為、俺と婚約するまでセリルの存在をひた隠しにしてきたルトゥール・ルーカ家。
そして理由を理解しているからこそただその方針に従ってきたセリル。
顔の傷以外に何の問題も抱えていない、平凡よりも少し上といった彼女。
「不都合というならばセリル、お前の方だろう。
不都合はないとお前は言ったがそんな事があるわけがない。
俺の父親が失墜したセルズ・ベル辺境伯家の権威を立て直そうと必死に動き続けている今、城塞都市ディミトリアの学園は大荒れになっているに決まっていんだろう!」
俺が家の本拠地の学園ではなく、この王都の学園に通っているのは、俺がディミトリアの学園に通えば争いが激化するからだ。
もともと俺が祝福の子であり、王都の学園に来ないかという誘いがあった。その誘いにこれ幸いにと乗っかった形で俺はことの後始末を父親を始め、婚約者のセリルに押し付けている。
「……これ以上俺を惨めにさせないでくれ」
この王都で過ごした一年以上の時間、ディミトリアよりはマシとはいえ、俺に対する視線は良いものではない。
戦前の俺の振る舞いや戦争での俺の失態。それだというのに俺が背負っている少将という名前だけの地位。
距離を置かれ、遠目から陰口を言われ続ける日々だ。
貴族からは腫れ物扱いされ、一般の生徒からは祝福の子という事で目の仇にされている。
一般生徒から目の仇に俺達がされているのは、俺以外の祝福の子二人の振る舞いもあるだろう。
だが一番の原因は俺達の二つの上にいる三人の生徒だ。
ルート、マエル、ジルヴァーニア。
祝福の子でない筈の学生が、祝福の子を一対一で打ち破った事実をこの三人は打ち立てて後期へといった。
俺は戦っていないが、俺以外の二人。
《勇者》レオンハート・エズス・フィルヴァーニアはルートとジルヴァーニアに負け。
《賢者》フィーナ・シアール・ルールス・マルケルはマエルに負けた。
その三人が後期に移ったことで前期はこの二人が取り仕切っているものの、とてもうまく取り仕切れているとはいえない。
「俺にはもう何一つ誇れるものは無いんだよ。ただの凡人の上、偉大な祖先が築いた物にまで傷をつけた馬鹿野郎だ。」
気づくのがあまりに遅かった。
自分が特別な人間じゃない事に気づくのが遅すぎたんだ。
これ以上は余計な事を口走ると思い、俺が魔術具を切ろうとした時、俺の言葉を静かに聞いていたセリルが突然言葉を投げかけてきた。
「ディーノ様は馬鹿野郎などではありません。
確かに私が出会う以前のディーノ様はお噂の様に横暴で傲慢な方だったのかもしれません。
取り返しのつかない失態を犯したのかもしれません。」
俺の目を真っ直ぐに見つめながら、何時もの自信なさげな彼女からは想像できないほどに堂々と
「ですが、今のディーノ様は違うのでしょ?
背負いきれないものを背負ってしまったのかもしれませんが、それでも今のディーノ様は変わろうとなさっています。
どうかそんなに自分を卑下しないでください。
私にとっては。少なくとも私にはディーノ・ツェッペリン・セルズ・ベル・ディミトリア様は特別なお人なんです」
「……俺はお前にそこまで思わせる事をした覚えはない」
俺はセリルに何一つしてない。ただ迷惑をかけ、我慢させているだけだ。それに対して俺は一度も謝罪をした事もなければ、礼を言った事もない。
そんな俺がそこまで思われる理由は無いんだ。
「ディーノ様がどう思っていようと、私には関係ありません。
私から見ればディーノ様が特別な理由は、私だけが持っていれば良いのですから。」
セリルはそう言い残して魔術具をきった。
最後に見せた顔は、セリルが初めて俺に見せた得意げで明るい笑顔だった。




