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リュミエール

「はぁっはぁっはぁっ……急げお前ら!!

一秒でも遅れたら午後の講義に出れなくされるぞ!!」


「元はと言えばジルヴァーニアが遅れてきたのが原因でしょ!!」


「マエルもジルもそんなこと言い合ってる暇はないよ!!もう一分もないんだから!!」


今僕はマエルとジルと一緒に学園の廊下を全力で疾走している。

というのも一限終わりにジルが僕とマエルを前期の新一年生のクラスに連れて行き、ある一人と女子生徒を紹介してきて、二限目に遅れそうになったからだ。


「それでなんで新学期が始まって半年たった今、後期の私達を紹介したのよ!」


「リュミエールは色々あって今日入学したんだ!

今の前期はレオンハートの馬鹿がしきってやがるから、もしもの時に頼れる奴を紹介しときたかったんだよ!!」


「珍しいね…ジルがそんなに弱気になるなんて」


ジルは明るく振る舞っているけど、常に警戒心を尖らせてる。そのジルが対応できないかもしれない状況を想定してるって事は、あんまり楽観視していい事じゃない。


「……まぁリュミエールは俺のたった一人の同腹の妹だからな。念のためって奴だよ」


王国の内部での勢力争いはそんなに厳しい状況になってるんだね。エル父さんに少しだけ情報をもらいたいけど、流石に手紙ではエル父さんにそんな機密情報を書いてもらえるはずがない。

学園にいるうちは自分で知れることしか知れないんだ。

こういう時誰かに頼っていた事を実感させられる。


「…ジル、リュミエールさんが危ない時じゃ無くて、ジルが大変な時にちゃんと教えてね」


「……おう!その時は頼むぜ親友!」


「任せて親友。」


今はこうやって頼むしか僕にできる事はない。その場に僕も連れて行ってと頼む事でしか、僕は僕の友達を守れないんだ。


「いい感じのところ申し訳ないけど、急がないといけない状況なのを忘れてないわよね?」


「「あっ、」」


意識が一瞬会話によってしまい足が緩んでしまった。マエルは訓練場に片足をつけてからこちらを振り向いている。

そしてマエルの横には、僕達と一緒に後期の担当になったオフェリア臨時講師が水時計を持って僕たちを見ていた。

あと少しで僕達も訓練場に着く間際、訓練場と僕達を隔てる薄い氷の壁が出現し、僕達はその壁に勢いのまま激突。


バァッン!


「「あうっ!」」


氷の壁は隔てた向こう側が見えるほどに薄いのに、鋼みたいに硬い。

そして氷の壁の向こう側で僕とジルを見つめるオフェリア臨時講師の目は、氷の壁から感じる冷気とは比べ物にならないほどに冷たい。


「ジルヴァーニア・エズス・フィルヴァーニアとルート遅刻だ。

授業に遅れてくるという事は二人とも、私にしごかれたいという事で良いな?

私も部下達をちょうど欲求が溜まっていたところだからな。」


壁の向こうのクラスメイトにわずかな希望を乗せた視線をジルが送る。しかし壁の向こうのみんなはそんなジルと目を合わそうとしない。いや関わる事を全力で避けている。

目の前の氷の壁が消えると、僕とジルは服を掴まれた。


「マエルお前は他の奴らをまとめていつものメニューをこなしておくように。

私はこいつらに罰を与えておく」


「はい。」


マエルは僕達と目を合わせないようにしながら、クラスメイトの下に向かっていく。


「流石に私の部下達にしているこのはできないからな。軽くボコボコにするだけで済ませてやる」


そう言うとオフェリア臨時講師に僕とジルを訓練場の中へと放り込まれた。


「マエル達のメニューが終わるまでの十数分間の模擬戦闘を始める。ダウン一回につき一個の重石だ。

では始めるぞ」


立っては殴られ、立てなくても蹴られて地面に転がされる十数分だった。

終わった頃には意識を保つのが精一杯な状態になり、フルプレートの鎧でも装備しているのかと思うくらいの重石を身体中に付けられていた。


「今から戦闘訓練を始めていく。

いつも通り倒れても容赦しないからそのつもりでいろ。特にそこの二人は気合を入れる事だ。

返事!」


「「ハイっ!」」


気合だけでどうにか声を絞り出す。

オフェリア臨時講師は弱れば弱るだけ扱きがキツくなる事を、この一年半で学んだ。

とは言っても、さっきしごかれた分と今つけられている重石で、いつもの数倍きつい事は確定している。

その上オフェリア臨時講師の目には僕達をいたぶろうと言う思いがありありと浮かんでいるだ。

もう僕とジルは午後の授業に出れない事は確定した。






「それではこれで今日の授業を終わる。」


「「「「…ありがとうございました…」」」」


オフェリア臨時講師が訓練場から去るまで、どうにか最後の気力を振り絞って立ち続ける。

そして姿が見えなくなった瞬間に、体力も気力も完全に使い切って崩れ落ちた。








「っぅん…」


「大丈夫ですか?」


倦怠感を感じながら意識を覚醒させる僕に、聞き慣れない声がかけられた。

重たい目蓋を開けて、霞んだ視界を擦れば、そこにいたのはジルの妹のリュミエールさん僕の方を見つめている。


「リュミエールさん?」


「はい。数時間ぶりですルート様」


数時間ぶり、その言葉でようやく記憶の前後関係がはっきりした僕は現在の自分の状況を把握する為に周りを見渡す。

今僕がいるのはこの一年半で通う回数が増えた学園の保健室で、僕がさっきまで寝転んでいたのはそこにある怪我人用のベッドだ。

僕の横のベッドではジルがまだ死んだように眠っている。

窓から差し込んでくる日差しはオレンジ色に染まっていることから、午後の授業はまた出れなかったみたいだ。


「えっと、リュミエールさんはジルが目を覚すのを待ってるのかな?」


「そうですが、先ほどマエル様にルート様を見ているように言われましたので、ルート様が目を覚すのを待っていました」


「そうなんだね、ありがとうリュミエールさん。

マエルはどこに行ったかわかるかな?」


「マエル様は講師の方にご用があるらしく席を外されました。もう少ししたら戻ってくると思います」


朝にあった時も感じたけど、リュミエールさんからはあまりにも感情を感じない。感じるけど弱々しい、どこか人形のように感じてしまう。


「…人形の様だと思われますか?」


言葉には出していなかったはずだけど、僕の心を見透かしていた様にして僕へと言葉を投げかけてくる。


「いえ、ルート様を責める意味で言ったのではありません。ただ、申し訳ないと思って言葉にしただけなのです。

私とお喋りになる方は、いつもお辛そうな顔になられますから」


「僕は今辛そうな顔をしてた?」


「……いえ辛そうと言うよりも疑問に感じていたと言う方が正しいかもしれません」


よかった。無意識に辛そうな顔をしていたなら、僕にはもう言える言葉ない。

だけどそうでないなら誤解だけは解いておいた方がいいに決まってる。


「僕が不思議に思ったのはね、ジルと話す時と僕やマエルと話す時で少しだけ表情と声音が変わっていた事なんだ。

最初は初対面の人である事と、肉親と他人の違いかとも思っててね。

でも今少し話してみて、それは少し違うのかな?  って思ったんだ」


「……? どういう事ですか?」


「僕の弟はとっても優しい弟なんだけどね。少しだけ不器用なんだ。

優しいのに、そう振る舞わない様にしているっていうのかな。少しだけ人の感情に敏感すぎるんだ。

リュミエールさんと話しているとね、僕の弟と似てるなって思ってね。」


「弟様と私がですか?」


「そうだよ。ちょうどリュミエールさんと同い年の弟でね。弟は上手く距離を取って近寄りすぎない様にするんだ。

それでね、リュミエールさんは本心とは別の感情を用意してるのを、人形を間に置いているみたいだなって思ったんだよ」


リュミエールは僕の言葉を聞いて、戸惑っていた。いきなりこんな話をしてしまったから仕方ないと思うけど、言いたい事はちゃんと伝わったと思う。


「…ルート様の弟様は凄いのですね。私とは比べ物にならない事をなさっています。

私はお母様やお兄様の邪魔にならない様に身を潜める事しかできませんでしたのに、距離を取った上で上手に人付き合いなされるなんて。

…私にはできません」


「僕の弟みたいにする必要はないよ。きっとできる人なんて一握りの人だけだろうから。少なくとも僕にはできないからね。

それに大丈夫だよ。リュミエールさんの事をちゃんと見てくれる人はいるし、ジルやマエル、それに僕も困ったことがあれば力を貸すからさ。」


「私を助けてくださるのはお兄様に頼まれたからですか?」


「僕が力になりたいと思ったからだよ」


リュミエールさんの目を見ながらそう答えると、その目は色が揺らめいた。


「お兄様は本当に良いお人をお友達に持ったのですね。

…ルート様。私の目は人の感情の切れ端を私の意思に問わず読み取ります。この力で何か不快な思いをさせる事があると思いますが、…どうか私のお兄様をよろしくお願いします。」


深々と頭を下げてくるリュミエールさん。

その姿はとても尊い姿であり、その言葉はとても重く悲しいものだった。

そしてジルが僕とマエルをリュミエールさんと引き合わせた意味も、理解できた。


「リュミエールさん。こういう時は頭を下げるんじゃなくて、ただこれからよろしくねって言えば十分なんだよ」


頭を下げるリュミエールさんを起こしながら、手を差し出して


「これからよろしくねリュミエールちゃん」


「……………、ふふっ。これからよろしくお願いします。…ルートさん」


流石にジルと同じようにはまだ行かないけど、差し出した僕の手を握ってくれる彼女の顔は、控えめな笑顔はとても可愛いと思った。


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