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紋章

「お待たせユグドラシル」


「…………」


夕暮れの日差しで色づくユグドラシルの髪は風でゆらゆらと揺れながら、ユグドラシルは顔を俯かせたまま僕の方を見ようとはしてくれない。


「ずっと来れなくてごめんね。」


「……………」


ユグドラシルからの返事はないけど、ユグドラシルが今なにを望んでいるかぐらいは僕でもわかる。

世界樹の根に背もたれの様にして座っているユグドラシルのもとへ、話しかけながら歩いていく。  

そのままユグドラシルのすぐ目の前まで移動して僕もそこに座り込む。


「逢いにきたよユグドラシル」


「………っ」


ゆっくりと俯かせていた顔をあげるユグドラシルの目には僅かな涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。


「……半身…」


ユグドラシルは涙を瞳に溜めたまま、僕へ手を伸ばしてくる。僕もその手に近づく様にして顔を近づけると、ユグドラシルの手は僕の頬に添えられた。

そのまま手を添えたまま、ユグドラシルは僕の目を見たまま顔を近づけてくる。一瞬キスかとも思ったけど、そんな事はなく額と鼻先がくっついたところでユグドラシルは瞳を閉じて溜めていた涙で目元を濡らしていく。


「ユグドラシル…」


「…っ半身…」


陶器の様に白く滑らかな肌を伝う涙を指先で取りながら、僕はユグドラシルが落ち着くその時をじっと待っていた。

ユグドラシルは泣いてはいなかったけど、三年前くらいは良くこうしてユグドラシルが満足するまでされるがままだった事を思い出す状況だ。


そのまま日も沈んでいき、いま僕たちを照らすのは夜空を彩る星の輝きだけ。日が沈んでからまたユグドラシルは額をつけたまま、僅かな光を集めて輝く緑眼で僕を見つめてくる。


「……逢いたかった」


「僕もだよ」


「わたしが言わなかったら来てくれなかった」


「そうかもしれないけど、逢いたかったの本当だから」


僕の目を覗き込みながら話しかけてくるユグドラシルだけど、僕が言っている言葉は本心からの言葉だからなにも心配は無い。

それがユグドラシルとしてはちょっと気に入らないのか、少しだけムッとしてから僕の顔を少し強引に下に押し込んできた。

そのままユグドラシルの腹部らへんで僕の頭の位置を固定されて、頭を撫でられ始める。

体勢的には土下座とほとんど変わらないし、顔がある場所が場所だけに恥ずかしさを抑えきれない。


「半身はわたしの半身。わたしの主や荒人神じゃなくてわたしの半身だから。」


「うん。半身はユグドラシルだよ」


「そう、わたしだけの役割だから。もっとわたしを頼って」


「今でも順番頼ってるよ」


「全然頼ってくれてない。わたしの力を使ってくれてない」


ユグドラシルの力。どんなものかもわからないし、どうやって使えばいいのかもわからない。

でも今後同じことを繰り返さない為に今聞いておく必要があるのは確かだし。


「…えっとね。ユグドラシル。そのユグドラシルの力をどうやって使えばいいのか、実はよくわからないんだ。何回か使ったらしいんだけど、それもあんまり記憶になくて……」


「……」


意を決して打ち明けた言葉にユグドラシルは無言で僕の体勢を膝枕されている人の体勢に変えて、僕の顔を見つめてくる。


「やり方を知らなかった?」


「う、うん。誰かにやり方を聞くわけにもいかないしで、そんな力を使えることも知らなかったんだ」


ちょっとだけビクビクしながらユグドラシルにそう打ち明けると、少しの沈黙の後にユグドラシルから少しだけ力が抜けたのを感じた。詳しくいうなら、僕の頭が置かれているユグドラシルの太ももが若干更に柔らかくなった。


「そう…知らなかっただけ…。知ってるものと思ってたから。だから半身はわたしの力が必要じゃないから使わないと思ってた……」


「そういうわけじゃないよ。実際僕何回も死にかけてるし、使い方を知ってたらずっとお世話になってたと思うよ」


情けない話だけど、この二年間の死にかけた回数は両手じゃ足りないし、回避できる力があるなら遠慮なく使いまくっていたと思う。

その僕の思いが伝わったのか、ユグドラシルは緩く笑みを浮かべて使い方の説明を教えてくれた。


「力の使い方は簡単。ただ使いたいと求めてくれれば、半身の胸にある紋章を経由して使える様になる。半身自身の魔力を使って使う力や、勝手に働いてくれる力もあるし、わたしの魔力を引き出すこともできる」


ユグドラシルは手を前にかざしながら


「わたしは調整と調和をわたしの主から任された精霊。

だから命の成長や、流れの調整したり、反発し合うものを馴染ませたりすることができる。

この森が今こうして健康を維持しているのはわたしの力。

半身はある程度なら調整と調和二つとも使えるはず」


ユグドラシルが手をかざしている方向を見れば、一定の環境下でしか咲かない花々が咲き乱れている。中には水面を浮かぶ様にして生息する植物までが、地面から生えているのに綺麗な花を咲かせていた。


「半身もやってみて」


「いや、いきなりは出来ないよ」


「大丈夫、ただ臨んでくれたらいい。わたしみたいに花を咲かせたいって」


ユグドラシルは簡単にそういうけど、できるイメージが全くできない。

とは言えここで無理と言い続けるわけにもいかないので、近くの地面に手を置いてそこに生えている草を成長させようとしてみる。


「なにも起きないよ」


「わたしの力を求めて」


ユグドラシルは一瞬だけ僕の体に魔力を流してきた。すると僕の胸に久しく見ることのなかった紋章が浮き上がり、手を置いていた周辺の植物は一気に成長して開花し枯れていく。

一瞬での出来事すぎて僕は呆けた表情をすることしかできなかった。


「もう一回半身だけでやってみて」


ユグドラシルのその声で正気を取り戻した僕は、紋章を浮き上がらせてからもう一度地面に手を置いて植物を成長させていく。今度はゆっくりと、ちゃんと実感を持てるように成長させた。


「できた…」


そのまま遠くの場所でも花を咲かせようと思ってやってみたけど、うまくいかなかった。


「わたしと同じように使う事は少し難しくて、半身みたいに少しでも出来る事は珍しい。」


「それは、貸して貰える力はある程度限りがあるって事?」


「そう。わたしと全く同じようにはできない。それと同じようにわたしも半身の力をちゃんと使えない」


「ユグドラシルも僕の力?を使えるんだね」


「使える。私が貸して貰えるのは《鏡花水月》と幻覚系の力の一部。何度か試しに使ってるけど、マーリンの様にはいかない」


ユグドラシルから貸して貰える力に比べたらかなり微妙な力しか貸せないんだね僕は。ちょっとした罪悪感があるよ。


「ごめんね微妙な力で。《神眼{把握》や《clown mask》も貸せたらよかったんだけど」


「紋章が成長すれば貸して貰える力も増える。今でも半身がわたしの力を多く引き出せるのは単純に相性が良かったから。

それに本来わたしが使えない幻覚系を使える様になっただけで十分にすごい。

わたし達精霊は自分達の役割にそう力しか使えないから」


「ならよかった。そういえば念話?の時に紋章は浮き上がらなかったけど、基準見たいのはあるの?」


前色々やってみた時は念話をしている時でも紋章は光っていた記憶がある。首都からここまで念話をした時は光っていなかったから、念話をしたら光るわけじゃないんだろう。

意図しないタイミングで紋章が光れば問題が起きるので、基準があるなら聞いておきたい。


「紋章は補助。多くの力を引き出せば確実に光るけど、ある程度なら半身の意識次第。」


「慣れれば補助も必要じゃなくなるって認識でいいのかな?」


「それでいいと思う」


それなら日頃からこの力も使うことができるかもしれないね。

スカイとの修行の間は魔法術を使う機会がなかったから【深緑の幻想使い】の能力補正も検証してないし、エルファエルではこっち方面を重点的に使っていくのもいいかもしれない。

勿論剣の鍛錬は全力で鍛えておくつもりだけど、部屋の外では剣を使わない方向で行こう。


「ありがとうねユグドラシル。これからたくさん助けてもらうね」


「いっぱい使って。そうしてくれたらわたしも寂しくないから」


「またどうしても逢いたくなったら走ってくるよ。ユグドラシルも僕に逢いたくなったら呼んでね。出来る限りすぐにくるから」


「わかった。また逢いたくなったら呼ぶ。でも、力を使ってくれていれば問題ない。人の世は難しいから、無理はしなくていい」


「はははは、うん。確かに色々と難しいけどね。まぁなんとかやってみるよ」



そして僕とユグドラシルは時間いっぱい使って、この二年近い期間であったことを話したり、お互いがお互いに力の使い方やコツを教えあったりした。

その時に僕が《clown mask》で大地に同調した状態でユグドラシルから力を借りて広範囲に花を咲かせた時はユグドラシルと少しだけ驚いていたね。とは言ってもコントロールがかなり甘いせいか、長くは維持もできないし、まだまだ実用的ではないんだけど。

それに対抗してユグドラシルが僕と同じ様に素の力との応用で、森全体を包み込むほどの幻覚魔法を使った時は流石に肝が冷えた。

流石は大精霊。規模が違ってたね。

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