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6.迎えに来たよ

 クララが屋敷へ戻ってきたのは、失踪から一か月ほど経った夜だった。


 屋敷の警備は以前より厳しくなっていた。工房の周囲には見張りが増え、出入口には新しい鍵が取り付けられている。どうやら父親は、クララが戻ってきたときに二度と逃げられないようにするつもりらしい。


「……怖すぎる」


 クララは塀の外で呟いた。


 今夜の目的は妹を連れ出すことだった。長居するつもりはない。ギルドの職員にも、脱出できたらすぐに連絡することになっている。


 クララは光学迷彩を作動させ、屋敷へ忍び込んだ。以前の脱出で把握した通路を使い、見張りを避けてエミリアの部屋へ向かう。改良した刺繍のおかげで、足音も扉の開閉音もほとんどしなかった。


 エミリアの部屋には明かりが灯っていた。妹は机に向かい、眠そうな顔で刺繍をしている。


 クララは静かに部屋へ入った。


「……エミリア!」


 妹が振り返った。


「…………え?」


 クララは迷彩を解除し、小さく手を振った。


「久しぶり。迎えに来たよ」


「お姉ちゃん!?」


 エミリアが椅子から立ち上がった。クララは慌てて駆け寄り、その口をそっと押さえた。


「しーっ! 見つかったら困るから」


 エミリアは何度も頷いた。クララが手を離すと、妹はそのまま抱きついてきた。


「……お姉ちゃん、どこにいたの」


「別の街。ちゃんと仕事も見つけたよ」


「……よかった」


 妹の声が震えていた。


「お姉ちゃん、逃げられたんだね」


「……うん」


「よかった。本当に、よかった」


 クララは妹の背中を抱きしめた。しかし、今はゆっくり話している時間がない。


「エミリア、聞いて。あなたが魔導刺繍を習いたがってること、私、知らなかったの」


「……え?」


「教えたくないなんて、一度も言ってない。私も、あなたが私を嫌ってるって聞かされてた」


「そんなわけないじゃない……!」


 エミリアは小さな声で叫び、すぐに口を押さえた。二人は顔を見合わせた。


「……後で、ちゃんと話そう。今は時間がないから」


 クララは妹の手を握った。


「私、あなたと一緒に暮らしたい。魔導刺繍だって、いくらでも教える。だから、もしあなたも家を出たいなら、一緒に来ない?」


 エミリアは、ほとんど迷わなかった。


「……行きたい」


「本当に?」


「うん。お姉ちゃんと一緒に行きたい」


 クララは頷き、持参した魔導衣装を妹に渡した。


「じゃあ、これを着て。荷物は必要なものだけね」


「……これ?」


「変身の魔導刺繍。詳しいことは後で説明するから」


 エミリアが服を着ると、クララは魔力を流した。妹の背が伸び、肩幅が広がり、顔立ちが変化する。声も低くなった。


「……えっ!?」


 鏡の中に現れた少年の姿にエミリアが目を丸くする。


「……何これ!?」


「だから、変身。すごいでしょ?」


「すごいけど……!」


「感想は後で!」


 クララも青年の姿に変わり、妹の手を引いた。


 部屋を出る前に、エミリアは机の上の小さな刺繍枠を手に取った。そこには、何度も失敗しながら完成させた、不格好な花の刺繍があった。


「……これだけ、持っていってもいい?」


「もちろん」


 二人は明かりを消し、廊下へ出た。


 かつてクララを閉じ込めていた屋敷を、今度は二人で抜け出す。通用口の鍵を開け、見張りの巡回をやり過ごし、街の夜道へ出た。


 追手はまだ来ない。家族が妹の失踪に気づくのは、おそらく翌朝だろう。


 クララはエミリアの手を握り直した。


「……大丈夫?」


「……うん。ちょっと怖い」


「そっか」


「でも、嬉しい」


 エミリアは、少年の姿のまま笑った。


「……お姉ちゃんと、また一緒にいられるから」


 クララも笑った。


「……うん」


 二人は、夜の街を歩いていった。

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