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5.娘を捜す父と、針を握る妹

 ヴァルテン商会では、クララの失踪が発覚した翌朝から捜索が始まっていた。


 父親は使用人を街へ出し、宿屋や商店を調べさせた。街道の関所にも問い合わせ、娘らしい少女を見かけなかったか尋ねた。しかし、クララが年齢や容貌を変えて移動していたため、有力な目撃情報は得られなかった。


 父親は、最初の数日こそクララがすぐに帰ってくると思っていた。金も身寄りもない娘が、一人で暮らしていけるはずがない。しばらくすれば、泣きながら許しを請いに戻ってくるだろう。


 しかし、一週間が経ってもクララは戻らなかった。


 そこで父親は、周辺の職人ギルドを調べ始めた。魔導刺繍の技術で生活しようとしているなら、どこかのギルドに登録している可能性が高い。父親は商人として、職人が仕事を得るための仕組みをよく知っていた。


 やがて、リーベルの職人ギルドに優秀な魔導刺繍師が現れたという噂が耳に入った。


 父親は自らリーベルへ向かった。しかし、ギルドは登録者の個人情報を教えなかった。父親が自分の娘を捜していると訴えても、事情は変わらない。


「私は父親なんだぞ! 娘の居場所を教えられないとは、どういうことだ!」


「登録者ご本人の承諾がなければ、お答えできません」


「親に逆らって家を出た娘だぞ!」


「そのような事情も含めて、担当官が確認しております」


 父親は怒りながらギルドを出た。


 しかし、諦めたわけではなかった。ギルドの周辺で聞き込みを続け、魔導刺繍の仕事を受けている者がいないか調べ回った。周辺の宿や工房にも足を運び、クララに似た少女を知らないか尋ねた。


 その日、彼はギルドの入口で、一人の若い男性とすれ違った。


 背が高く、落ち着いた顔立ちの青年だった。魔導刺繍の材料らしい包みを抱え、受付の女性と親しげに話している。


 父親はちらりと見ただけで、通り過ぎた。


 青年が、かつて自分の工房に閉じ込めていた娘だとは、夢にも思わなかったのである。


 クララは、父親の背中を見送った。


「ひええ、本当に来た……」


 低い声で呟き、肩をすくめる。


 ギルドの女性職員が、小声で尋ねた。


「……大丈夫?」


「はい。全然気づいてませんでした」


「……すごい魔導刺繍ね」


「頑張って作った甲斐がありました」


 クララは笑った。


 しかし、父親が自分を捜し回っていることを、決して軽くは考えなかった。国内にいる限り、今後もどこかで出くわすかもしれない。父親は商人として広い人脈を持っているし、金を払って調査を続けることもできる。


 妹を迎えに行ったら、できるだけ早く国外へ出る。


 クララはギルドの職員に相談し、妹の保護と渡航に必要な準備を進めた。


 エミリアはまだ十五歳だったが、この国には虐待や不当な労働強制を受けている未成年者を保護する制度がある。本人の意思と事情を確認できれば、両親のもとへ引き渡さずに保護を受けられる。


 また、リーベルのギルドはソレイア共和国の職人ギルドとも協定を結んでいた。保護を受けた若い職人が外国へ移る場合には、受け入れ先のギルドが後見や生活支援を引き継ぐ仕組みもある。


 ただし、エミリア本人の意思を確認することが条件だった。


 クララは、妹が家を出たいと答えた場合に備え、二人分の渡航費用と、向こうで暮らすための資金を確保した。船の出港日も調べ、できるだけ早く国外へ渡れるようにしておく。


 そして、妹のためにもう一着、変身用の魔導衣装を作り始めた。


*


 一方、ヴァルテン商会では、クララの失踪によって深刻な問題が発生していた。


 商会には、納品を待つ魔導服が山のようにあった。しかし、それを作る職人がいない。


 父親は、自分で魔導刺繍を始めた。かつては優秀な職人だったのだ。簡単な光の図案くらいなら、今でも問題なく作れる。


 ところが、クララが作っていた新作を再現しようとすると、まったくうまくいかなかった。


 図案が複雑すぎる。魔力の流れが分からない。既存の図案をいくつも組み合わせていることは分かったが、それぞれがどのように作用しているのか、理解できなかった。


「くそっ! あの娘、余計なことばかりしおって!」


 母親も試してみたが、結果は同じだった。彼女が得意とするのは、昔ながらの装飾的な魔導刺繍だった。単純な発光や色変化なら問題ない。しかし、現在のヴァルテン商会で売られている商品は、もっと複雑なものばかりだった。


 父親は、ほかの職人にも依頼した。しかし、クララの図案を完全に再現できる者は見つからない。似たようなものなら作れるという職人もいたが、製作期間が長く、報酬も高額だった。


 そして何より、商会はその事実を世間に知られるわけにはいかなかった。


 主力商品を作っているのは、天才少女エミリアということになっているからである。


*


「エミリア!」


 父親は次女を呼びつけた。


「お前、魔導刺繍をやってみたいと言っていただろう」


「……え?」


「クララがいない間、お前が作りなさい」


「……いいの?」


 エミリアは驚いた。あれほど魔導刺繍を禁じていた父親が、突然自分に刺繍をしろと言っている。


「もちろんだ。お前にも才能はある。クララと同じように作れるはずだ」


 エミリアは、少し嬉しくなった。ようやく、自分でも魔導刺繍を作れる。ずっとやりたかったことだ。


 しかし、実際に針を持ってみると、思うようにはいかなかった。


 糸が絡まる。魔力がうまく流れない。図案の途中で効果が途切れてしまう。簡単な発光の刺繍なら完成させられるが、姉が作っていた複雑な魔導服は、どうやっても再現できなかった。


 父親は苛立った。


「どうしてできないんだ!」


「……だって」


「お前にも同じ才能があるはずだろう!」


「でも、私、ずっと練習させてもらえなかったじゃない…」


「言い訳するな!」


 エミリアは唇を噛んだ。


 その日から、彼女の生活は一変した。昼間は社交界へ出かけ、天才少女として振る舞う。夜は工房で魔導刺繍をする。納期に追われ、何度失敗してもやり直すよう命じられた。


 それでも、エミリアは最初のうち、少し嬉しかった。ようやく自分の手で何かを作ることが許されたからだ。


 しかし、その喜びは長く続かなかった。


「エミリア、手を見せなさい!」


 母親が娘の指先を見て顔をしかめた。


「またこんなに荒らして! 明日は大切な夜会なのよ!」


「……でも、まだ仕事が」


「仕事は仕事よ。でも、あなたは商会の顔なんだから、見た目にも気を遣いなさい!」


 エミリアは黙って頷いた。夜会から帰ると、今度は父親が待っていた。


「刺繍は完成したか?」


「……まだ」


「何をしている! 早く仕上げろ!」


 エミリアは、再び針を持った。眠かった。指先が痛かった。それでも、作らなければならなかった。


 ふと、姉のことを思い出した。


 クララは、ずっとこうして働いていたのだろうか。


 自分が美しいドレスを着て、社交界で褒められている間も。朝も、昼も、夜も。自分が作ったわけではない作品を、妹の名前で売られながら。


 エミリアは針を持つ手を止めた。


 お姉ちゃん。今、どこにいるの?


 どうか、無事でいてほしい。そして、自分もいつか、姉のように自由になれたら。


 エミリアは目元を拭い、再び針を動かし始めた。

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