支度部屋で泣いた日。親方の声だけが、繰り返し響いた。
神社の境内の一角を借りた、支度部屋の中。
タオルで顔を覆い、声を出さずに泣いた。
止まらない。
すぐにタオルがぐしょぐしょになり、新しいのに変えた。
止まらない。
今までどんなに稽古が辛くても、負けてどんなに口惜しくても、私は泣かなかった。
無様な姿で負けたときも、心無い野次を飛ばされたときも、私は泣かなかった。
それなのに。
桃優奈に対してずっと感じていた劣等感が一気に溢れてきて、私の涙腺を崩壊させた。
新しいタオルに変える。
鼻をかむ。
私の涙と汗と鼻水で、もうタオルはぐちゃぐちゃだ。
「おい」
私の背中から声を掛けた者がいる。
親方の声だ。
「おい、玉桜」
玉桜とは、私。
振り向かないわけにはいかない。
でも涙は止まらない。
「グスッ、グスッ、ヒッ、ヒッ、お、親方…。ヒック、ウ、ウゥ…、グスッ、ウッ」
「おい、玉桜。お前、何だあの相撲は。全然気合いが入ってないじゃないか!みんな見に来てるんだぞ!あんな相撲を取ってたら駄目だろ!もっと熱のこもった相撲を見せろ!」
「ウッ、ウウ、ウゥ、何で、何で…。グスッ、ウゥ、ヒック、グスッ…。何で、あいつはいいんですか?何で、あいつはあんな相撲を取っていても許されるんですか?何であいつは何もしなくても人気があるんですか?私だって、あいつが努力してるっていうのは分かっています。ちゃんと認めています。あいつが憎いってわけじゃないです。でも、私だって、私だって、い、一生懸命、努力して、が、頑張って、頑張って、いい相撲、取ってきたのに、何で、私が負けると、みんな喜ぶんですか?何で、何で…」
何で、私は認めてもらえないんですか?
そう、言おうとした。
でも親方はそれを許さなかった。
「馬鹿野郎!強くなればいいんだよ!!」
へっ?という顔で親方を見上げる。
親方の説教はその後もしばらく続いた。
らしい。
らしいと言うのは、私の頭の中にはちっとも入ってこなかったからだ。
想像するに、力女は強くあれとか、強くなって世間を見返せだとか、強ければ誰も文句を言わなくなるだとか、そういう、親方が普段から言っていることを言われたのだと思う。
私の耳には、ただ、強くなればいいんだよという言葉だけが、繰り返し繰り返し鳴り響いていた。




