第六話 第一封印施設
首なし街道を抜ける頃には、夜が明けていた。
東の空が白み始める。
荷車の車輪は軋み、護衛兵たちの足取りも重い。
誰も、昨夜の戦いを口にしなかった。
怪物は倒した。
だが、
魔王の骨を数本盗まれた。
その事実だけが、荷車よりも重く一行の肩へ乗っていた。
やがて、森が途切れる。
視界が開けた。
レインは思わず足を止める。
山肌を削るように築かれた、巨大な石造りの城壁。
空へ伸びる塔。
幾重にも張り巡らされた鉄鎖。
壁一面に刻まれた封印術式が、朝日に照らされて淡く輝いている。
まるで要塞だった。
「……第一封印施設だ。」
ガルクが低く呟く。
「魔王の部位を預かる最初の砦だ。」
レインは見上げた。
高い。
高すぎる。
人間が何を恐れれば、これほどの建造物を造るのか。
その答えが、目の前にあった。
荷車が門前で止まる。
重厚な鉄門の前には、武装した封印兵が並んでいた。
誰一人、笑わない。
誰一人、雑談もしない。
彼らの視線は荷車だけを見ていた。
やがて、一人の壮年の男が前へ出る。
白い法衣。
胸元には封印局の紋章。
「魔骸運搬局。」
低い声が響く。
「確認番号を。」
ガルクが封書を差し出す。
「第三運搬隊。魔王遺骸、第一封印施設へ搬入。」
男は封書へ目を通す。
その表情は変わらない。
だが、一枚だけ別の書類を見た瞬間、その眉がわずかに動いた。
「……骨を紛失。」
静かな声。
責める響きはない。
それが、かえって重かった。
ガルクは短く答える。
「ああ。」
「報告は受理します。」
男は封書を閉じる。
「詳細は後ほど。」
それだけ言うと、背後へ合図を送った。
鉄門が動き始める。
ギギギギ……。
耳障りな音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
門の向こうは薄暗かった。
朝日が差しているはずなのに、不思議なほど光が届かない。
石畳の道。
左右へ並ぶ無数の建物。
白い法衣を纏った者たちが、無言で行き交っている。
誰も荷車を見ようとしない。
誰も驚かない。
魔王の遺骸を運んできたというのに。
あまりにも慣れた光景だった。
レインはその空気に、わずかな違和感を覚える。
人が多い。
それなのに、生気が薄い。
まるで、この場所だけ時間がゆっくり流れているようだった。
その時だった。
「……ここ、嫌い。」
少女の声。
レインだけが振り返る。
誰もいない。
声だけが聞こえる。
「どうしてだ。」
小さく尋ねる。
少女は少しだけ黙ったあと、
ぽつりと答えた。
「いっぱい、生きてるから。」
意味が分からない。
目の前にいるのは封印官たちだけだ。
それ以上に、人の気配はない。
レインは施設の奥へ目を向ける。
厚い石壁。
そのさらに奥。
地の底へ続くような、黒い階段が見えた。
少女は、その闇をじっと見つめている。
どこか懐かしむように。
そして、少しだけ悲しそうに。
ガルクが振り返る。
「行くぞ、レイン。」
「ああ。」
荷車が再び動き出す。
車輪の音が、静まり返った施設へ響く。
その音は、まるで誰かを起こさないように、ひどく遠慮がちだった。
レインはまだ知らない。
この施設の地下で、
何百という命が、封印のためだけに眠り続けていることを。
その異様な光景を目にするのは、
もうすぐだった。




