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魔王の死体を運ぶ話  作者: ゆず


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第五話 首無しの怪物

ガリ……。

 石を削る音が、闇の奥から響いた。

 誰も動かない。

 焚き火の火だけが、ぱちりと音を立てる。

 ガリ……。

 まただ。

 鉄を地面へ引きずるような、不快な音。

 護衛兵の一人が槍を構えた。

「……何だ。」

 返事はない。

 風も止んでいた。

 森は、息を潜めている。

 レインだけが、荷車の封印箱を見ていた。

 少女の声は、それきり聞こえない。

 ――この子、私を食べた子だよ。

 その一言だけを残して、静かになった。

 ガリ……。

 音が近付く。

 木々の間に、黒い影が立った。

 最初に見えたのは、剣だった。

 いや。

 剣というには、あまりにも大きい。

 人一人ほどの長さがある鉄塊を、先端だけ地面へ擦りつけながら歩いている。

 火花が散る。

 ガリ……。

 影が、一歩前へ出た。

 護衛兵の一人が息を呑んだ。

「首……が……。」

 首はなかった。

 肩口から上が、綺麗に失われている。

 血も流れていない。

 古い傷口は黒く乾き、長い年月を物語っていた。

 それでも、その肉体は生きている。

 異様なのは、右腕だった。

 左腕の倍はある。

 赤黒く膨れ上がった筋肉が皮膚を押し広げ、裂け目から黒い血が滴っていた。

 脈打つたび、腕全体がわずかに膨張する。

 まるで、そこだけ別の生き物だった。

 ガルクが低く息を吐く。

「……首なし街道か。」

 セシリアが目を見開く。

「知っているんですか。」

「昔、この先には王国一の処刑場があった。」

 斧を握り直しながら答える。

「首を刎ねられた罪人は、名前も墓も貰えねぇ。その恨みが積もって、この街道じゃ時々"首のない化け物"が生まれる。」

 怪物は何も言わない。

 ただ、大剣を引きずりながら歩いてくる。

 一歩。

 また一歩。

 ガリ……。

 ガリ……。

 その音だけが、夜の森を満たしていく。

 護衛兵の一人が耐え切れず叫んだ。

「ば、化け物だ!」

 槍を突き出す。

 一直線。

 怪物の胸を狙う。

 届く。

 ――そう思った。

 次の瞬間。

 怪物の右腕が動いた。

 ぶん、と空気が唸る。

 大剣が横薙ぎに振り抜かれた。

 槍が折れる。

 兵士ごと吹き飛んだ。

 人間の身体が木へ叩きつけられる。

 鈍い音。

 それだけだった。

 兵士は二度と動かなかった。

 セシリアの顔から血の気が引く。

「一撃で……。」

「総員!」

 ガルクの怒号が響く。

「受けるな! 避けろ!」

 怪物が踏み込む。

 地面が沈む。

 次の一撃。

 荷車へ向かって、大剣が振り下ろされた。

「レイン!」

 ガルクが叫ぶ。

 レインは荷車へ飛び込む。

 銀の封印鎖を掴み、全身で荷車を押した。

 同時に。

 ガルクの斧が怪物の剣へ叩きつけられる。

 轟音。

 衝撃が地面を走る。

 荷車は横転した。

 車輪が一本、音を立てて砕ける。

 だが。

 棺は壊れない。

 封印術式が淡く青く光り、衝撃を受け止めていた。

「……さすが専用車だな。」

 ガルクが歯を食いしばる。

「それでも保ったか。」

 怪物は止まらない。

 再び右腕を持ち上げる。

 その瞬間だった。

 レインの目が止まる。

 右腕。

 筋肉が裂けている。

 黒い血が滴り落ちる。

 皮膚の下で骨が軋み、嫌な音を立てていた。

 あの腕は。

 あの力は。

 使うたびに、自分自身を壊している。

 レインは小さく呟いた。

「……壊れてる。」

 ガルクが一瞬だけ視線を向ける。

「何だと?」

 レインは答えない。

 怪物だけを見つめていた。

 その右腕は、強さではなく。

 悲鳴を上げていた。

 ――その時。

 森の奥から、拍手が聞こえた。

 ぱち、ぱち、ぱち。

「いやぁ。」

 男の笑い声。

「さすが魔骸運搬局。簡単には死なねぇな。」

 木陰から数人の男たちが姿を現す。

 旅人のような服装。

 しかし全員が武器を携えていた。

 そして先頭に立つ男だけは、

 右目を黒い眼帯で覆っていた。

 男は口元だけで笑う。

 ゆっくりと眼帯へ手を掛けながら、

 レインたちを見渡した。

「その荷物──」

 薄く笑う。

「俺たちに譲ってくれねぇか?」

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