首なし街道(後編)
兵士は、震えていた。
瞳は開ききり、焦点は合っていない。
レインはゆっくりと歩み寄る。
「何を見た。」
問いかけても、返事はなかった。
兵士は何かを見つめ続けている。
いや。
見ているのではない。
見せられている。
汗が頬を伝う。
唇だけが、かすかに動いた。
「……来る。」
誰に言ったのかも分からない。
「みんな、死ぬ。」
その一言で、ガルクが腰の斧へ手を掛けた。
「レイン。」
「ああ。」
二人は同時に理解していた。
――漏れた。
魔王の首から。
未来視が。
兵士は突然、絶叫した。
「嫌だぁぁぁぁッ!!」
剣を抜く。
振るわれた刃は、隣にいた護衛兵の肩を深く裂いた。
鮮血が舞う。
「お、おい!」
「近寄るなぁッ!」
兵士は仲間の顔など見ていなかった。
彼の目には、別の光景が映っている。
未来。
自分が死ぬ未来。
誰かに首を刎ねられる未来。
その恐怖だけが、理性を食い潰していた。
もう一人の兵士が押さえ込もうとする。
だが。
その瞬間。
「後ろだ!」
叫んだ兵士は、誰もいない背後へ剣を振るった。
空を斬る。
そして、自分の喉へ剣先を向けた。
レインが腕を掴む。
剣先が喉を掠め、赤い線だけを残した。
「離せ!」
「落ち着け。」
「見えるんだ……!」
兵士は泣いていた。
「俺の首が……何度も……何度も落ちるんだ……!」
その言葉を聞いた瞬間。
ガルクが動いた。
鈍い音。
斧の柄が兵士の側頭部を打ち抜く。
男は崩れ落ちた。
「気絶だ。」
ガルクは短く言う。
「殺してねぇ。」
だが、もう一人は違った。
未来に怯えた兵士が、仲間へ斬りかかる。
止まらない。
止められない。
ガルクは迷わず斧を振るった。
一撃。
兵士の胸を裂く。
血飛沫が雨上がりの石畳へ散った。
静寂。
誰も責めなかった。
責められなかった。
「……封印を見ろ。」
ガルクが低く言う。
レインは棺へ駆け寄る。
黒い棺。
何十枚もの封印札。
そのうちの一枚が、黒く焦げていた。
触れた途端、灰になる。
「破られてる。」
銀の釘を打つ。
新しい札を重ねる。
短い祈祷を唱える。
やがて、棺の中から漏れていた禍々しい気配が静まっていく。
兵士たちは肩で息をしていた。
生き残った者も、誰一人として顔を上げない。
レインは倒れた兵士へ歩み寄る。
目を閉じさせる。
剣を胸の上へ置く。
外套を静かに掛けた。
死体は語らない。
言い訳もしない。
だからこそ。
死体は、嘘をつかない。
それだけが、レインの揺るがない価値観だった。
その時だった。
ガリ……。
何かを引きずる音。
石畳を、重い鉄が削る音。
全員が顔を上げる。
森の奥。
暗闇の向こう。
また。
ガリ……。
誰も動かない。
護衛兵の一人が槍を構えた。
「……何だ。」
返事はない。
風もない。
鳥も鳴かない。
聞こえるのは。
ガリ……。
そして。
ガチャン。
処刑台の刃が落ちる音。
二つの音が、闇の中で重なる。
レインは、背中の封印箱へ視線を落とした。
その時。
「……あ。」
少女の声。
久しぶりに聞く声は、小さく。
どこか懐かしそうだった。
少しだけ間を置いて、
ぽつりと呟く。
「この子、私を食べた子だよ。」




