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魔王の死体を運ぶ話  作者: ゆず


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第三話 首なし街道(前編)

魔王城を出た頃には、雨は上がっていた。

 雲の切れ間から差し込む朝の光は弱く、濡れた大地を白く照らしている。

 荷車は二台。

 一台目には、封印を施された魔王の左腕、肺、骨。

 二台目には、幾重にも聖印を刻まれた黒い棺。

 その中に納められているのは――魔王の首。

 そしてレインのすぐ後ろ、小さな封印箱の中では、心臓が静かに眠っていた。

 車輪がぬかるみを踏みしめる。

 ぎし、ぎし、と木が軋む音だけが続く。

 誰も喋らない。

 護衛兵たちも、昨日の出来事を忘れようとするように、前だけを見て歩いていた。

 勇者一行が世界を救った翌日。

 世界はもう、平和になったはずだった。

 なのに、誰一人として笑っていない。

「次の目的地まで、どれくらいですか」

 沈黙に耐え切れず、セシリアが口を開いた。

 ガルクは地図を広げる。

「半日ってところだ。」

 無骨な指が一本の道をなぞる。

 赤黒い線で描かれた街道。

 その先に、小さく印が打たれている。

「第一封印施設。」

 そして、その手前。

 古びた文字が記されていた。

 首なし街道。

 セシリアは眉をひそめる。

「……変わった名前ですね。」

「昔からそう呼ばれてる。」

「どうしてです?」

 ガルクは少しだけ考え、短く息を吐いた。

「着けば分かる。」

 それ以上は答えなかった。

 昼を過ぎた頃。

 街道の景色が変わり始める。

 草木は青いままだ。

 道も荒れていない。

 それなのに、生き物の気配だけが消えていた。

 鳥がいない。

 虫も鳴かない。

 風さえ、木々を揺らさない。

 妙な静けさだった。

 護衛兵の一人が肩をさする。

「……寒くないか。」

「日が陰っただけだろ。」

「いや。」

 兵士は首を振った。

「そういう寒さじゃない。」

 レインは前を向いたまま歩く。

 何も言わない。

 ただ、無意識に荷車へ視線を向ける。

 黒い棺。

 その封印札は、一枚たりとも剥がれてはいない。

 異常はない。

 そう判断した、その時だった。

 ガチャン。

 金属がぶつかる音がした。

 誰かが鎧を落としたような。

 重い刃物が石へ叩き付けられたような。

 乾いた音。

 全員が足を止める。

「……聞こえたか。」

 護衛兵の一人が辺りを見回す。

「誰だ。」

 返事はない。

 森は静まり返っている。

 ガルクだけが歩き出した。

「行くぞ。」

「ですが今――」

「気にするな。」

 短く言い切る。

 誰も納得してはいなかった。

 それでも隊列は再び動き始める。

 車輪がゆっくりと回る。

 そして。

 また。

 ガチャン。

 今度は少しだけ近かった。

 セシリアが思わず肩を震わせる。

「……何なんですか、この音。」

 誰も答えない。

 レインだけは、荷車ではなく足元を見ていた。

 街道には、古い石畳が残っている。

 ところどころ黒く染まり、何かが染み込んだような跡がある。

 雨で洗われても消えない染み。

 街道の名は、首なし街道。

 王国が建国されるより前、この場所には処刑場があった。

 罪人も。

 反逆者も。

 王に逆らった者も。

 皆、この場所で首を落とされた。

 人は死ねば土へ還る。

 だが、積み重なり過ぎた死だけは、土にも還らない。

 だから今も、この街道では聞こえる。

 ガチャン。

 首が落ちる音が。

 セシリアは思わず立ち止まった。

「……迷信、ですよね。」

 ガルクは前を向いたまま歩き続ける。

 しばらく沈黙が流れた。

 やがて、小さく呟く。

「――だったら、俺も安心できる。」

 その声には、冗談の色はなかった。

 誰も言葉を返せない。

 その時。

 荷車の後ろを歩いていた若い兵士が、不意に立ち止まった。

「……おい。」

 仲間が振り返る。

「どうした。」

 兵士は答えない。

 ただ一点。

 魔王の首が納められた棺を見つめていた。

 まるで、何かを聞いているように。

 レインは眉を寄せる。

 棺の封印は、先ほどと変わらない。

 だが。

 兵士の瞳が、小さく震えた。

「……え。」

 掠れた声が漏れる。

「そんな……。」

 兵士の顔から血の気が引いていく。

 唇だけが、小刻みに震えていた。

 レインは静かに歩み寄る。

「何を見た。」

 兵士はゆっくりとレインを見た。

 その瞳には。

 恐怖しかなかった。

 まるで、自分の未来を見てしまった人間のように。

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