第2話 運ぶという仕事
ディオンの亡骸に白布が掛けられた。
セシリアは、その場から動けなかった。
ついさっきまで英雄だった男が、自ら喉を裂き、冷たい石床に横たわっている。
その死を悼む者はいない。
「……終わったんですか」
震える声で尋ねる。
ガルクは短く首を振った。
「終わってねぇ。」
そう言って振り返る。
玉座に横たわる黒い巨躯。
魔王。
「ここからが仕事だ。」
レインは黙って銀の手袋を嵌めた。
革の鞄を開く。
中には銀製の鋸、鉤、杭、封印札。
どれも新品ではない。
何度も研がれ、何度も使われてきた道具だった。
ガルクが棺を引き寄せる。
「左腕からいく。」
レインは頷く。
巨大な肩へ刃を当てる。
ためらいはない。
刃が肉へ沈む。
静かな音だけが玉座の間へ響いた。
セシリアは目を逸らしかける。
だが、逸らさなかった。
見届けるのが、自分の仕事だと思ったからだ。
「骨を傷つけるな。」
ガルクが言う。
「左腕は狂化だ。一欠片でも飛ばせば、この城一帯の獣が全部暴れ出す。」
「はい。」
レインは返事だけをする。
魔王を解体している。
それなのに二人の会話は、肉屋か職人のように淡々としていた。
恐れていないわけではない。
恐れ方を知っているのだ。
やがて左腕が外れる。
二人がかりでようやく持ち上がるほど重かった。
ガルクは棺の蓋を開ける。
内側には幾重にも聖印が刻まれていた。
腕を納める。
蓋を閉じる。
銀杭を四本打ち込む。
最後に赤い封印蝋を流し込む。
「封印、一番。」
レインが告げる。
ガルクは羊皮紙へ印を付けた。
「次。」
その一言だけで仕事は進む。
セシリアは気付く。
魔王を化け物として見ている者は、この場にはいない。
危険物として。
災害として。
あるいは——
遺体として扱っている。
その時だった。
床へ一滴。
黒い血が落ちた。
じゅっ、と音がした。
石畳が腐る。
黒く染まり、小さな穴が空いた。
セシリアが息を呑む。
「これが……」
「魔力腐敗。」
ガルクは布で血を拭き取りながら言う。
「だから一滴も零すな。」
レインは黙って次の封印札を取り出す。
手は止まらない。
恐怖より先に、身体が動いていた。
その様子を見ていたセシリアは、小さく呟く。
「……あなたたちは。」
レインは顔を上げない。
「何ですか。」
「なぜこんな仕事を。」
少しだけ沈黙が落ちた。
答えたのはガルクだった。
「知られなくていい。」
銀杭を打つ。
乾いた音が響く。
「英雄ってのは、目立つ仕事だ。」
もう一本。
「俺たちは、その後始末だ。」
レインは何も言わなかった。
ただ、封印を終えた棺へ静かに手を置く。
それが終わると、三人は残る棺を荷車へ積み込んだ。
八つ。
そのうち一つだけ、他より小さい棺がある。
心臓。
レインは一瞬だけ、その棺へ目を向けた。
何も聞こえない。
ただ、静かだった。
ガルクは地図を広げる。
赤い線がいくつも走っている。
「次の目的地だ。」
セシリアが地図を覗き込む。
「封印施設ですか。」
「ああ。」
ガルクは指先を北へ滑らせた。
赤い文字が書かれている。
首なし街道。
「まずは、あそこへ行く。」
レインは荷車の手綱を握った。
魔王城を出る。
黒い雨は、まだ止んでいなかった。




