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残月記 〜人喰い熊に転生した男の残酷な復讐劇〜  作者: 卯月 幾哉


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第4話 回想③地獄絵図

 そして、移住4年目。202X年になった。


 俺は前年の大赤字を取り返すべく、春に400羽の雛を仕入れた。

 鶏舎の面積的に、平飼い地鶏と認められるギリギリの数だ。


 これで失敗したら、もう本当に後がない。


 俺はこの400羽を立派な地鶏に仕立て上げるために、全精力を注ぎ込んだ。

 育雛期(いくすうき)の温度調節、徹底した栄養管理に衛生ケア、放鳥(ほうちょう)後のストレス対策、などなど……。


 もちろん、鶏舎の安全対策には最も力を入れた。


 板壁は二重の合板にし、金網も二重化した。

 3段の電気柵を張り巡らせ、近くに監視カメラも設置した。


 更に、警報装置まで導入した。

 鶏舎に近づく害獣が現れたら、スマホでアラームが鳴る仕掛けだ。


「これだけやりゃあ、安心だな」


 地元の猟師も太鼓判を押してくれた。


「そうじゃなきゃ困りますよ」


 俺は切実な思いを込めて応えた。



    †



 秋が来た。

 俺が寝る間も惜しんで育てた甲斐があり、仕入れた雛鳥400羽の内387羽が立派な地鶏に成長していた。


 あと1週間で出荷だ。


 ここまでが大変だったが、この出来なら単年黒字化は間違いないだろう。


 ……ここでまた熊にでもやられたら、目も当てられない。

 俺は毎日鶏舎の施錠を指差し確認し、電気柵の点検をしてから帰宅した。


 スマホのアラームが鳴ったのは、その晩のことだった。


 慌てて懐中電灯を持って鶏舎に向かうと、大きな黒い影が背を向けて走り去って行った。


 熊だった。

 どうやら侵入を諦め、逃げ去ったようだ。


 俺はひと通り設備に異常がないことを確かめて、家に戻った。


 監視カメラの映像を確認すると、さっき逃げた熊と思われる個体が電気柵に鼻面をぶつけて驚いている様子が映っていた。


「あははっ。馬鹿だな、コイツ」


 俺は声を上げて笑った。

 夜中に叩き起こされた分の溜飲(りゅういん)が下がった気がした。


 結局、その晩再び床に就いたのは午前4時ごろだった。

 翌朝も早く起きて鶏たちに餌を与え、健康状態の確認を行う必要がある。

 ハードな状況ではあったが、ゴールを目前にして気力は充実していた。


 熊対策が上手く行って、ホッとしたのもあった。






 ――――――悲劇は、その次の晩に起こった。






    ††




 深夜。


 ――俺は、ハッと目を覚ました。


 ……アラームが鳴ったような気がした。


 スマホを見て、ガバッと飛び起きた。


(――やっちまった……)


 2時間前に侵入者が現れた。

 その記録が残っていた。



 気づかなかった……――あるいは、寝落ちしてしまった。

 ……前の晩からの寝不足が(たた)ったのだ。


 俺は急いで上着を羽織り、裸足(はだし)で靴を履いて鶏舎の方に走った。


 ……大丈夫だ。

 今夜も、きっと何事もない……


 そう、自分に言い聞かせながら。




 その期待は――――


 無惨(むざん)にも、裏切ら れ  た




    †




 ――――深夜の鶏舎は、異様な雰囲気を放っていた。



 近づくにつれ、鶏たちの悲鳴や絶叫が聴こえてきた。

 それは断末魔の声のようだった。



 …………やめてくれ……


 俺は涙目になりながら、祈るような思いで鶏舎の中にライトを当てた。






 ばりっ、ムシャッ、ボリッ、ゴキッ、……




 黒い毛並みの大きな獣が、俺が精魂込めて育てた地鶏たちを殺して(むさぼ)り食っていた。




「やめろおおおおお゛お゛お゛ぉぉぉォォーーーーーッッッ!!」




 その様を見た瞬間、俺の中で何かがキレた。

 大熊は俺の叫び声に驚いて振り向き、獲物を放り投げて鶏舎内の金網を上り始めた。


 ヤツが上る先にライトを当て、俺は目を疑った。



 木造の屋根の一部が()がれ落ち、壁との間に隙間が出来ていた。



 ――――瞬間、事態を理解した。


 下手人は――そこのソイツだ。



(あそこをこじ開けやがったのかっ!!)


 ――マズい、と思った。


 熊が鶏舎の外に出て来たら、今度は俺が襲われる番だ。



 俺はダッシュで家に戻った。

 正しくは通報すべきところだったが、それよりも先に猟師から譲り受けた散弾銃に手を伸ばした。


 スラッグ弾を装填(そうてん)して鶏舎に戻ると、熊は電気柵の間の隙間を広げて無理やり通り抜けようとしていた。

 ――逃げる気だ。



 ――――ふざけんなッ!!



 発砲の許可はもらっていなかったが、俺は怒りを抑えることができなかった。

 ……激昂(げっこう)した俺は、鳥獣保護法で禁止されている基本原則を失念してしまったんだ。


 俺は闇夜に目を()らし、ヤツの影をねらって2発のスラッグ弾を放った。

 だが、弾は夜の闇に吸い込まれるばかりだった。



 ――熊は、山へ逃げて行った……



 それを見送った俺は、(きびす)を返して鶏舎の中の絶望と向き合わなければならなかった。




 熊の前で(たかぶ)った興奮が収まると、体がずしりと鉛のように重くなった気がした。

 俺は銃を下ろし、ゆっくりと鶏舎に向かった。



 ――近づくにつれ、むわりと血のニオイが濃くなった。


 ……鶏たちの鳴き声は聴こえなかった。

 イヤーマフを着けずに発砲したせいで、耳が駄目になっていた。




 …………頼む…………生きていてくれ…………




 ブルブルと震える手で、厳重に施錠した扉の鍵をがちゃがちゃと開く。




 ――――鶏舎の中に入った俺が目にしたものは、




 鶏たちの死骸が、山のように折り重なった地獄絵図だった。





 ああああああああぁぁぁぁあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………





 俺は地面に崩れ落ち、両手で砂や死骸の羽根を握り締めて慟哭(どうこく)した。





 ――――生き残りは、100羽に満たなかった……。




 養鶏家としての俺の生命はこの晩、完全に息の根を()たれた。




    †




 その後、何をどうしたのか覚えていないが、いつの間にか鶏たちの死骸が片付いていた。

 ――俺が、無意識の内にやったらしい。

 あまりのショックで、心が防衛機構を働かせたのかもしれない。


 おざなりな対応ではあったが、朝まではこれで持つだろう……


 鶏舎を後にした俺は、フラフラと夢遊病患者のような足取りで家に戻り、着替えもせずに監視カメラの映像をチェックした。


 そこに映っていたのは、電気柵を無理やり突破する大きな雄熊の姿だった。


 ――顔から血の気が引いた。


 電気柵は元々、殺傷力のあるものじゃない。痛みを与えてひるませるものだ。

 だがその熊はよほど腹を空かせていたのか、痛みに構うことなく柵の隙間に体を滑り込ませ、無理やり通り抜けていた。


 後で猟師に聞いたところ、「珍しいが、ない話ではない」とのことだった。


 なお悪かったのが、電気柵の内側にあった立木の存在だ。

 ヤツはそこを足がかりにして、鶏舎の屋根まで上っていた。

 そこから先は…………さっき見た通りだ……。



 ――そういえば、猟師があの木を見て物言いたげな顔をしていた気がする。

 だが、電気柵の内側だったので、言葉を飲み込んだのだろう……。




 全ては、後の祭りだった………………






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