表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残月記 〜人喰い熊に転生した男の残酷な復讐劇〜  作者: 卯月 幾哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/27

第25話 過去からの刺客

 熊の巨体は、猛スピードで蓮華に衝突した。


 立射を終えた直後だった蓮華(れんか)は、受け身も取れず仰向けに押し倒された。

 それだけで大怪我をしてもおかしくなかったが、深い雪がクッションの役割を果たし、この時点の蓮華は無傷だった。


 ――――とはいえ、すぐに熊の爪牙(そうが)餌食(えじき)となるだろう。


 なにせ、相手はあの『人喰い残月』なのだから…………




    †




 雄熊の重みを全身に感じ、蓮華は死を覚悟した。

 蓮華は恐怖に負け、強く目を閉じた。


 しかし――――



 ――――――――……………………?



 …………いったい、何秒が過ぎただろうか。


 決定的な瞬間は、未だに訪れなかった。


 蓮華がゆっくり目を開くと、熊の大きな顔と目が合った。


「――ひっ」


 蓮華は喉の奥で小さな悲鳴を漏らした。


 ただし、熊がそれに反応することはなかった。


 ……蓮華の心は、徐々に落ち着きを取り戻していった。


 その後、むくむくと次の疑問が生じるのは自然なことだった。



(なぜ、殺さないの――――?)



 物言わぬ熊の心を推し量ることなど、蓮華にはできない芸当だった。





    †††





 カーキ色の(・・・・・)帽子とベスト(・・・・・・)


 遠目に見えた女猟師の装備を見たとき、記憶の奥底を刺激された。


 ――あれは、200X年の終わり際のことだった。


 妙に手強い猟師がいた。

 ライフルの名手で、俺たちが偶然に助けられなければ、最初の狙撃で命を落としていてもおかしくなかった。


 この若い女猟師は、そのベテラン猟師と全く同じ物を身に着けていた。


 ……しかも、女が着たブカブカのベストには――元は大きく裂けていたのだろう――大きく縫って、補修した後があった。



(――――コイツ、あのときの…………!)



 薄々察しはついていたが、確信に至ったのは飛びかかった瞬間だった。


 間違いない。


 この猟師は、俺が1年前に何度か凌雲平(りょううんだい)で見かけた、あの女だ。


 ……そして、きっとあの猟師の娘なんだろう……



《マサミ、コノ人間、故郷ノ山デ見タ――》

〈……ああ、そうだな〉


 ミカヅキも、この女のことを思い出したらしい。



 ――動機は、復讐か…………


 女の眼差しには、仄暗(ほのぐら)い炎が宿っていた。


 凌雲平からここまで、若い身空で何か月もかけて追って来たのだ。――それも、個人で。


 俺だという確証もなかったんだろう。

 ……あったなら、もう少し組織立った動きをしていたはずだ。


 さっきまでの戦いぶりと言い、とんでもない女だな。


《――早ク殺ソウ、マサミ》

〈…………〉


 ミカヅキの言葉は正しい。

 実際、俺もさっきまではそうするつもりだった。


 今ここで止めを刺さなければ、この女はどこまでも俺を追って来るだろう。

 慈悲(じひ)を与える理由など――――


《マサミガヤラナイナラ、オレガ――――》

〈……待て! ミカヅキ!〉


 俺は脳内でミカヅキの行為を押し留めた。


 同時に大きな吠え声を発したため、女がびくりと体を震わせていた。



《――――殺サナイノカ…………?》



 ミカヅキに問われたとき、俺はもう1つ大事なことを思い出していた。



 ――そうだ。


 この〝計画〟を始めたとき、最初に決めたじゃないか。


〝――前途ある若者は殺さない――〟


 と。



 あぁ…………


 危うく俺は、自身に課した大事なルールを自分から破るところだった。


 ――知らず知らずの内に、心まで失くしたケダモノに成り果ててしまうところだった。



 もう、迷いはなかった。



〈――殺さない。この女は、まだ若い〉

《ソウカ……。マサミガ、ソウ言ウナラ……》


 我ながらひどい手の平返しだと思うが、相変わらずこの熊の魂は俺に忠実な姿勢を見せてくれた。


 ……ここまで付き合わせたのに、悪かったな。



 ――とはいえ、もちろんこのままただ(・・)で帰すなんて選択肢はない。


 ヤクザではないが、俺だって()められたら終わりだからな。




    †




 ――さて今の俺の体勢だが、いわゆるマウントポジションに近い形だ。

 よほど俺が油断しない限り、ここから女が起き上がるのは不可能だろう。


 俺の右腕は相変わらず使い物にならないが……まあ、なんとでもなるさ。


「あっ――」


 俺はまず、女が両手で抱えていた猟銃をガブリと(くわ)えて奪い取る。――で、首をぐるんと振り回して遠くに放り投げた。

 ……銃なんか持たせたままだと、危ないからな。


「――くっ!」


 女は自由になった左手を腰元に伸ばし、ナイフを取り出そうとした。


 ……まだ諦めないとは……

 いい根性してるな、こいつ……


 ――だが、みすみすそれを許す俺ではない。


 オラッ!


「……ぶっ!」


 俺は女の顔面に頭突きを喰らわせた。

 女がひるんだ隙に、左手でナイフをケースごと引きちぎって奪い、銃と同様に遠くに放り投げる。


「あぁ……」


 女が嘆きの声を上げた。


 ――どうやら、攻撃の手段は尽きたようだ。


 それでも、キッとした目つきで俺を(にら)みつけて来るのは流石(さすが)と言うほかないな。


 一時は死を受け入れたような顔をしていたが、殺されないとわかって息を吹き返したか……。


 とはいえ、ここで足の1本でも折っておけば、すぐに追って来ることはできないだろう。


 別に女を甚振(いたぶ)って楽しむ趣味なんかないんだが……せいぜい、授業料とでも思ってくれ。


 俺は女を地面に押さえつけながら体を反転させ、左の前足で女の左足にぐっと体重をかける。


 ボキリ、と骨が折れる嫌な手応えを感じた。


「――ぐあぁぁっ!」


 女の苦悶(くもん)の声を聞いて、思わず眉をしかめそうになった。




 ――――さて、これでやるだけのことはやった。


 もう、この女に用はない。


 俺は栗駒山(くりこまやま)の拠点に帰るべく、女に背を向ける。


 すると――――



「…………待て、『残月』!」



 10歩も進まない内に、女猟師の鋭い声によって呼び止められた。


 ――いや、「ザンゲツ」って誰だよ。


 ……という、気持ちもなかったわけではない。


 ちらりと肩越しに振り返ると、女がよろよろと立ち上がっていたので驚いた。

 折れた足で、無茶をしやがる……。



「――なんで、私を殺さないのよっ!」



 女は、怒りを(あら)わにしていた。


 柳眉(りゅうび)を逆立て、頬を朱に染めていた。



 ――俺たちが情けを掛けたことに気づいたのか……


 とはいえ、返答の手段もないんだが……



 女の声は続く。



「私を見逃したら、私はこの先何度でもお前を殺しに行くわよ!」



 ――そうだろうな。

 ……お前はきっと、そういう奴だ。




「ガウッ」



 ――来るなら来いよ。


 そんな意味を込めて、俺は軽く吠えた。



 俺はそのまま前に向き直り、歩みを再開する。


 女の反応を確かめることはしなかった。


 これ以上、あいつの言い分を聞く意味はない。



 実際のところ、それから女が再び俺に声を掛けることはなかった……。



    †



〈待たせたな、ミカヅキ〉

《ダイジョウブ》


 激闘と残務処理を終え、今度こそ俺は帰路に就いた。


 ――とりあえず、さっさとこの右肩をなんとかしないとな…………


 どこかで休憩を取ろうと、考えていたときのことだった――――




「――――えっ、熊…………?」



 唐突に、俺の目の前に小柄な人間が現れた。


 それは、スキー板を担いだ少年だった。




 ――――はっ…………?




 見るからにスキー客という出で立ちだった。


 なぜ、こんな所に一般人が…………?


 スキー場からはまだ距離があったはずだ。

 コースアウトして、自然林に転落でもしたのか……



 ――とにかく、関わり合いになる必要はない。

 俺は、さっさとその場から立ち去ろうとして…………



 ――――ピシリッ



 そいつの顔をはっきりと視認した瞬間――――、


 ――――俺の全身に、電流が走った。



《マサミ……ッ!?》



 頭の中で、ミカヅキの驚愕の声が響いた。



「――ひぇっ!」


 少年は驚いて尻もちをつく。


 抱えていたスキー板やストックが雪上に散らばった。


 ……無理もない反応だが、俺に彼のことを気にかける余裕はなかった。




 ――――馬鹿な…………


 ――そんなはずはない



 こいつが今(・・・・・)この場所に(・・・・・)居るわけがない(・・・・・・・)んだ……!




 そう。



 俺は、コイツを知っている。



 年齢は…………今、14歳のはず。




 ――――この少年の名前は、『望月(もちづき)将未(まさみ)』。




 20年前の――――




 俺自身(・・・)だ。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ