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残月記 〜人喰い熊に転生した男の残酷な復讐劇〜  作者: 卯月 幾哉


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第23話 血塗れの足跡

 ――200Z年が始まって、もうすぐ2か月になる。


 俺は今、栗駒山(くりこまやま)の南東にある蓮丘(はすおか)高原という土地に来ている。

 昨年同様、冬眠もせずに活動しているというわけだ。


 この高原には大きめのスキー場があって、それなりに賑わっているようだ。

 遠目に見えるリフトは、休みなく人々を山の上へと運び続けていた。



『…………各地で発生している熊の事件ですが、先週、山形県最上町で新たな被害が発生しました。襲われたのは――――』



 聴こえてくるのは、近くで雪山をトレッキングしている男性が首から下げているラジオの音だ。

 熊よけ対策のラジオだろう。ボリュームが大きいので、俺にとってはありがたい情報源だ。


 ――俺は、彼に気づかれないように原生林の内側に身を忍ばせながら移動していた。



 以前、凌雲平(りょううんだい)であの青馬(あおま)の荷物から失敬したラジオは捨てて来たからな……。

 昨年は移動続きだったから諦めていたが、もしまた手に入ることがあれば今の拠点に置いておいてもいいかもな。



 ――うん?

 ……何の話だって?



 あぁ……


 あれは、1年と4か月ほど前になるか――――




    ††




 ――200X年、10月。

 その頃、俺はまだ凌雲平一帯でのみ活動していた。


 ある日の俺はたまたま、後に「熊との共生を考える会」の会長となる青馬という男への復讐を果たすことができた。

 そして、喰い殺したヤツの無惨な死体を崖から登山道に突き落とした。


 すると、登山道を見下ろした俺の視界に飛び込んで来た物があった。


 ラジオだ。


 青馬はリンリンと鳴る熊鈴だけでなく、ラジオまでリュックに入れて持ち歩いていたらしい。

 それが、青馬の背負っていたリュックの中から飛び出して転がっていた。


 ――――使えるかもしれない。


 俺は直感した。


《――マサミ……?》

〈……アレを回収してみる〉


 不審がるミカヅキに簡単に答え、俺自身も登山道へと下りた。


 直前まで青馬の絶叫が続いていたせいか、人の気配は絶えていた。



 そのラジオは、昔ながらのシンプルなアナログラジオだった。

 スイッチを入れるとアナウンサーがニュースを読み上げる声が流れ、ミカヅキがビクッとした。


 ……この熊の手でも、操作に支障はなさそうだ。


 お(あつら)え向きに、青馬のリュックには丁度いい大きさのナップサックまで入っていた。


 ――これに入れておけば、土埃(つちぼこり)も防げるな。



 このような経緯で、俺は凌雲平でラジオを入手したというわけだ。




 そのラジオは正確な日付の把握を含め、人間側の情報を収集する上で大いに役立った。


 中でも最大の功績は、この半年後に実施された警察・自衛隊合同の大規模な山狩り作戦を事前に察知できたことだろう。


 ――もしラジオで情報を得ていなければ、凌雲平からの脱出が遅れていたかもしれなかった。




    ††




 雪に覆われた原野を踏みしめながら、俺はふとこれまでの〝戦果〟を思い返す――。



 ――――今まで、何人殺してきたんだったかな…………



 ――200X年は、ぴったり10人だった。

 ――200Y年は、それが25人になった……。



 今年起こした事件も合わせると、もうすぐ殺した数が40に届くのか…………



 ――――その中に、死ななきゃならないほどの悪事を働いた人間は、きっと1人もいなかったと思う…………



 もし俺が人間なら、大量殺人犯で死刑一択だな。



 ――――ときどき、疑問に思う。



 今、俺がやっていることは、本当に正しいんだろうか――――と。











《――――マサミ…………?》


〈……ああ、すまん〉


 ミカヅキに問いかけられ、ボーっとしていたことを自覚した。


 人間の後を追っていたつもりだったが、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。――見失ったな……。


 仕方ない……帰るか。


 俺は四つ足でくるりと(きびす)を返し、拠点である栗駒山の山頂方面へ引き返すことにする。


 その少し前、風下からカシャッという小さな音が聴こえた気がした。




 ――――振り返った直後のことだった。




「ウグァッ!?」


 右肩に、焼けるような痛みが走った。



 ――――バァァンッッ



 大気を震わせる銃声が、わずかに遅れて耳朶(じだ)を打った。



《――マサミッ!?》


 脳内でミカヅキの叫び声が響く。



 ――――我ながら、油断していた…………。



 …………猟期はもう終わったものと思っていた。



 ここしばらく、絶えて久しかった出来事。



 ――――ハンターの襲撃だ。






    †††






 ……それは、途方もなく長い道のりだった。



 ――5時間前。


 不動蓮華(れんか)は、蓮丘スキー場のホテルから栗駒山の頂上に向かって出発した。


(……そろそろ、次の事件が起こってもおかしくない)



〝――これまで東北で起きた熊害(ゆうがい)による死亡事故(・・)は、全て『人喰い残月』と呼ばれたツキノワグマの1個体が起こしたものである〟


 その突拍子(とっぴょうし)もない仮説に基づいて行動を始めた蓮華は、調べれば調べるほど自説への確信を深めていた。



 蓮華は、事故が起きた全ての現場に、時系列の順序に沿って足を運んだ。

 そして可能な限り、『人喰い残月』が辿(たど)ったと思われるルートを自らの足で歩くことにした。


 蓮華がその追跡行を始めたのは、最初の死亡事故が起こった200Y年6月から数えて2か月後のことだ。

 2月下旬の今から見れば、半年以上前の出来事になる――――



    †



 ――最初は、何の手がかりも得られなかった。


 目撃者に話を聞こうと試み、けんもほろろに断られたこともあった。


 ……それでも諦めずに、『人喰い残月』の足跡を追い続けた。


 風向きが変わったのは、8つ目の事故の現場を調べた後のことだった。


『足跡が……続いてる……!』


 8つ目と9つ目の現場は、10km以上離れていた。

 事故が起きた間隔は4日と、やや短い。

 移動に全ての時間を費やしたわけじゃないとすれば、通るルートは推測できた。


 ――そのルートに(・・・・・・)足跡があった(・・・・・・)


 もちろん何日も経った後だったから、注意して見なければ気づかないほどの薄い足跡だった。――が、それは蓮華の仮説を示す1つの材料になると考えられた。


 その後、10番目、11番目……と、より新しい事故の現場を調べるたびに、蓮華はより鮮明な手がかりを得る。

 彼女は故郷で猟友会の先達に教わったノウハウを総動員し、徹底的に現場の痕跡(こんせき)を洗い出した。


(――やっぱり、歩幅も足跡も前の現場で見たものと同じだ……)


 あるときは、巻き尺を使って熊の足跡を丁寧に記録し――


(――木の幹に爪跡が……。それもまた、測ったように私の目の高さと同じ……)


 あるときは、現場周辺の熊のマーキング痕を探して回った。


 熊の(ふん)を見つけては内容物を調べ、事故現場では熊になりきってその行動をトレースした。

 ある現場では、熊が物陰で地面を踏み固めていたような跡を見つけたこともあった。


(――これは……出会い頭じゃない! ――熊の待ち伏せ(・・・・)だったんだ!)


 ――少なくとも、その現場は「事故」ではなく「事件(・・)」だったと、蓮華は断定した。




 200Y年が終わる頃には、蓮華の中で殺人熊のプロファイリングがほぼ完成していた。


 体長160cm、体重約100kg。


 ……食べ物は、普通のツキノワグマと変わらない。


 ――人肉は、ほとんど食べていない。



 では、なぜ人を襲うのか――――?



 そこは、蓮華にもわからなかった。



 そして、ほぼ全ての事件において、犠牲になっているのはやはり、老人ばかりだった…………。



(――――まさか、熊に理由を()いてみるわけにも行かないしね…………)


 この謎は一生、解けることがなさそうだ。

 蓮華はそう思った。




 気づけば蓮華は、次に事件が起こる場所と時期の予測を立てられるようになっていた。


 ――殺人熊の動きには、クセがあるのだ。


 まるで、人間の狡猾(こうかつ)連続殺人犯(シリアルキラー)が動きを読まれまいとしているようだ――蓮華はそう感じた。


 前回の山形、そして前々回の秋田での事件のときも、蓮華は現場のすぐ近くにいた。

 時間か場所のどちらかを誤らなければ、殺人熊と接触できていた。


 ――――段々と、近づいている…………。


 蓮華は手応えを感じていた。



 そして、今日。200Z年2月20日。


 ――今日こそ、あの熊に会えるのではないか……。


 蓮華の中で、なんとなく予感はあった。



    †



 森の中で熊の足跡を見つけたとき、


 ――蓮華は、心臓が胸から飛び出すかと思った。



 スキー場と栗駒山山頂の中間地点だった。

 足跡は、スキー場の方に向かって伸びていた。



(間違いない。あの熊――たぶん、『残月』だ……)



 見間違うはずもない。

 蓮華が半年以上、飽きるほど観察し続けた熊の足跡だった。


 その軌跡が示す先へと、蓮華は足を踏み出した。



 ある岩場に着いたとき、蓮華はリュックを下ろした。

 リュックの中には、分解された彼女の愛銃が収まっていた。


 ――レミントンM870。


 蓮華が生前の修悟に見立ててもらった、ポンプアクション式の散弾銃だ。

 銃身の先端側だけライフリング――螺旋状の溝が刻まれ、通常よりも飛距離と弾道の安定性を高めている。


 蓮華は寒さでかじかんだ手に息を吹きかけ、手際よく銃を組み立て始めた。



 ――今年の猟期は、既に幕を閉じている。


 また、蓮華は宮城県で狩猟者登録を行っていない。


 つまりこの蓮華の行為は、紛れもない法律違反だった。


 ……しかし、彼女の手つきや顔色に迷いはない。



 ――――自分は今日、この時のためだけに生きてきた。



 蓮華の中で、そう言えるだけの覚悟が既に出来上がっていた。


 銃を組み上げた蓮華は、リュックを背負い直して追跡を再開した。




 ――3時間後。




 蓮華にとって、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスが訪れる。



 スキー場の脇に広がる、真っ白な原生林の中で――


 遂に蓮華は、追い求めた標的の後ろ姿を捉えた。


 蓮華は暴れそうになる心臓をしっかりと押さえつけ、レミントンM870にマウントした光学スコープを覗き込む。



 蓮華の位置は、風下だ。

 ニオイで熊に気づかれるおそれはない。



 彼我(ひが)の距離は、約100メートル。


 ライフリングが施されたその銃であれば、十分に有効射程内だ。

 この半年余り、蓮華は射撃場での訓練を欠かさず行ってきた。



 ――――大丈夫。……私なら、やれる。



 カシャッと、ポンプアクションの音が鳴る。

 蓮華は、ふと足を止めた熊の背に照準を合わせた。



 引き金を引こうとしたそのとき――――


 熊が、くるりと振り返った。



(――――っ!? …………それでも撃つ!)



 蓮華は一瞬の虚を突かれながらも、そのまま狙撃を強行する。



 粉雪が降りしきる雪山で、


 ――――重く、大きな銃声が轟いた。







【お知らせ】

(2026-05-29)次回から週2回、水・金の更新とさせて頂きますm(_ _)m

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