7.メアリイの父と東洋のゲーム②
「そうだ、お前だ。こっちへ来て顔をよく見せなよ。そうだな、アンタが俺の相手を一晩してくれるなら、残りの尼さんらは勘弁してやってもいいぜ」
「おい、勝手に……さすがにそれは修道女相手に罰当たりじゃないのか。とはいえ、確かに見たことがないくらいとんでもなくいい女だな……!」
男たちはバニラを舐めるように上から下まで見、ヒソヒソ言い合い出した。
バニラは撫然とした表情を変えなかった。
彼女の組んだ腕から不快感こそ現れているが、そこに怯えはないように見えた。
バニラは酒場にも慣れていたから、こういう人たちにも慣れているの?
いや、そういう問題ではない。
バニラの冷静さは私にも落ち着きをもたらしてくれた。危うく自分の使命を見失うところだった。
バニラにも言ったはずだ、私は諦めないって。
男たちはバニラに近づく。
「なあ、アンタ、俺たちと宿屋にーー」
「シスター・バニラは貴方たちとは行きません」
私はバニラを隠すように男たちの間に割って入った。バニラは目を見開く。
「……ああ? なんだよ、お前」
「私はシスター・バニラの教育係です」
おそらくバニラのように堂々とは出来なかったが、何とか言い切った。
私は、私に今出来ることをやる。それが「坊っちゃま」が私に「今」をくれた意味になるから。
「メアリイ、守備兵を呼びに行きましょう。ドクター・ストーンの賭博についてはバレてしまうけど……
何よりこれ以上、この人たちに修道院で勝手はさせられない」
ドクター・ストーンは今まで通り仕事を続けられなくなるかもしれない。
それに、この男たちが知っているのかは分からないが……セントクリフ修道院という場所は、子爵領内でも「独立自治」扱いされており、子爵様の管理下とは異なるのだ。故に、守備兵とはいえ管轄外。助けを求めたところで、彼らもすぐに動けない。つまりこれはハッタリだ。
だけど、修道院長様不在の今、他の解決策は思いつかなかった。
メアリイはハッとして、ドクター・ストーンと見つめ合う。二人は少しの間だけ逡巡したようだが、やがて深く頷いた。
「ええ、そうしましょう。守備兵を呼ばれて困るのは、私たちよりむしろこの人たちだもの」
「っ、このアマ……!」
すっかり自分を取り戻したメアリイは無敵だった。半笑いで男たちを挑発する。
「まあ、尼と女をかけたの? 面白いわね」
「面白いわね」の部分は完全に棒読みだ。
「……っ、こいつら、修道女だからって甘くしてやったら、舐めやがって!!」
「あっ!?」
いきなり、男が一番手前にいた私のおさげ髪を引っ張った。抵抗しようとした手は宙を掴む。
「アリサ!?」
メアリイの悲鳴が響いた瞬間。
目にも止まらない手刀が男を振り払った。
「ば、バニラ……!?」
横から手を出したのは、バニラだった。
素晴らしすぎる運動神経。脳の理解が間に合わず、唖然とする。
「……さすがに我慢ならないね」
「え?」
バニラの呟きはよく聞こえなかった。しかし、続くバニラの次の言葉はハッキリと耳に入った。
「いいわ。私、こいつらの相手をする」
「え、!?」
ギョッとした思考が顔に出たのか、バニラは私を振り返るなり慌てて言った。
「って、違う! 変な意味じゃない。私が代わりに打つって言ったのよ、『麻雀』を」
バニラはゆっくりと妖艶に口角を上げた。
「麻雀で作った借金なら、麻雀で返せなければおかしくなくて?」
そしてそれは不敵な笑みにも見えて。
私どころか、男たちにも有無を言わさなかったのだ。
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結論から言うと、話にならなかった。
話にならないほど、バニラは麻雀が強かった。
「は、満貫……だと!? まさか」
「チッ、そんなに何回も上手くいくかよ」
ジャラジャラと牌をかき混ぜる音。
バニラと男たち三人は正方形の机を囲む。ドクター・ストーンのトランクの麻雀牌を使い、応接室で勝負が始まった。
私にルールはさっぱり分からなかったが、やがて男たちの焦るようなセリフから、バニラの優勢を悟った。
男たちが「ポン」やら「チー」やら言って牌を手元へ並べているうちに、バニラは「ツモ」と言った。バニラは自分が揃えた牌の列を皆に見えるように倒すと、男たちの顔から血の気が引いた。
「「「ちゅ、九蓮宝燈……役満……!!」」」
「九蓮宝燈」とは、麻雀における「必殺技」名みたいなものらしい。
どうやらバニラがギャンブルに精通していたという話は、事実らしい。
「こんなことあってたまるか……! イカサマ、イカサマだ!!」
「あら、自分たちがしていたからこそ、逆によく分かってるくせに。私の無実がね」
バニラは今回男たちがしていたらしいイカサマを幾つか指摘した。当たっていたのか、彼らは絶句する。
男たちはバニラのことを完全に舐めていた。それもそのはず、見た目がいくら只者じゃない美女でも、彼らから見たバニラはあくまで「修道女見習い」だったからだ。
バニラが負けた場合「自分が男たちと宿屋に行くこと」「ドクター・ストーンの借金を倍にすること」を条件に、逆にバニラが勝った場合「男たちが借金の三倍額をドクター・ストーンに支払う」よう迫ったのだ。
一筆書かせることも忘れなかった。
二時間後、バニラはすがる男たちにドクター・ストーンの借金をチャラにすること、セントクリフ修道院とドクター・ストーン親子に二度顔を見せないことを約束させて(勿論、これも文書にして)、最初に書いた一筆を破ってやった。
バニラはこの交渉を見越して、最初により厳しい条件を突き付けていたのだ。
後から聞いたところ、ドクター・ストーンはこの時思ったそうだ。
ーーシスター・バニラは常人ではない。
判断が早い。思い切りが並ならない。
己が決めた道を絶対に引き返したりはしない。自分の選択に揺るぎない自信があるから、自分に運がない潮目の時すら、後悔に引きずられない。
命運がかかっているというプレッシャーをまるで感じていない……それはつまり、いくつもの修羅場をくぐり抜けて身につけた「覚悟」にも見えて。
シスター・バニラは「生きてきた世界」が違う、と。




