6.メアリイの父と東洋のゲーム
翌朝、私は酒場での出来事を修道院長様に報告するか迷っていた。無論、シスター・バニラの処遇以前に教育係として情報連携するのは必要だ。
しかし、何故だか昨日のバニラの真剣な目が忘れられなかった。
『思い出だって同じ。それがあるだけで……それだけで生きていける』
あれはどういう意味だろう。
それに、そもそもバニラは酒場で何をしていたのだろう。修道院暮らしに慣れず、早速息抜き?
テディとは何者だったのか? 二人は待ち合わせしているように思えた。一体全体、二人で何の話をしていたのか。
この日から三日間、タイミング良くも悪くも院長様はセントクリフ領内での慰問活動のため不在だった。
このような精神状態のまま、神様のお側に立つのはよろしくない。私はおさげ髪を編み直して頬をバシンと叩く。
一旦昨夜のことは頭から切り離そう。
気持ちを切り替えてから、私は祈りの鐘を打ちに向かった。
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朝食の時間、向かいに座るバニラは静かだった。彼女は何食わぬ顔でオートミールを口に運んでいる。
まるで昨夜のことなんて何もなかったように。
意外なことに、この日バニラは修道院の割り振られた仕事にはきちんと参加していた。
しかし、それ以外のーー例えば、修道女同士の雑談などには一切応じていなかった。私の指導を必要としない時間の活動は一人で行い、気づけばバニラの姿が見えないこともあった。
大半の修道女たちは、バニラに適宜構いながらも、「まだここに来て数日。彼女も慣れないのでしょう」と寛容だった。
岬に位置するセントクリフ修道院は、ささやかながら観光名所でもある。
庭の一部を一般公開しお土産も売っている。お土産の売り上げは、修道院内の設備を維持するための収入源でもあった。
セントクリフ修道院の名物としては「特産バター」が有名だ。
このバターづくりには体力が要る。
ミルクから浮いたクリームからバターの「つぶ」を作るのだが、具体的には、樽の中でクリームを攪拌する。このつぶつぶを取り出しまとめるとバターの塊になるわけで……つまりはその状態になるまで、樽を人手で「ゆらし続ける」。
単調な作業でもあるが、仕事をあてがわれたバニラは黙々とこなしていた。貴族令嬢の体力には期待していなかったというメアリイもこれには目を丸くする。
さらにバニラは手先も器用だった。
金属板を型押して作成する「メダイユ」づくりもスマートにこなしていた。
私のバニラに対する認識はますますわけがわからなくなった。
バニラ・ルーセントは、果たして本当に「悪女令嬢」なのだろうか。
かといって、バニラが善良なシスターとして信頼に足るかもやはり、分からなかった。
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翌日、事件は起こった。
この日はしとしと雨が降っていた。
今の状態では予定していたじゃがいも畑での作業が出来ない。
天候が変わり次第、臨機応変に対応しようーー
修道院の入り口にある空き応接室で、メアリイ、バニラと「メダイユ」をペンダントにすべく紐を編んでいた時。
ノックが鳴った。
ドアの隙間から先輩修道女の慌てたような声が聞こえる。
「ああ、シスター・メアリイ! 貴女に面会希望よ。しかるべきルールに沿った予約がないと無理だと説明したのだけどーーあっ」
修道女を押し退けるようにドアが大きく開かれる。
「ちょ……! どちら様か存じませんが、粗野な振る舞いはやめてください。ここをどこだと……」
メアリイは強く言いかけた言葉を尻すぼみに切った。
「メアリイ、すまない」
「父さん!?」
ドカドカと遠慮ない足音を立てて入って来たのは、男たち三人と……彼らに両腕を掴まれたメアリイの父親だった。
カイゼル髭を蓄えた初老の男性・メアリイの父親は、王都近郊で開業医をしていたはずだ。確か、病院の名前は「ドクター・ストーン診療所」。
「へえ、娘がシスターをやってるってのは、嘘じゃなかったんだな」
強面の一人が、色付き眼鏡を鼻まで下げながら言った。男たちは皆立派な三揃いのスーツ姿だが、馴れ馴れしくドクター・ストーンの肩を抱き寄せたりしてどうにも嫌な感じがする。
「そ、そうだ! だから何度も言っているだろう。娘を身売りするなんて出来るわけがない」
「身売り……!?」
父親の言葉にメアリイは仰天する。
メアリイの隣に控えていた私も目を丸くする。
色付き眼鏡男はニタニタしながら続けた。
「なら、アンタご自慢の『診療所』を売り払えばいいさ。あそこは一等地ではないが借金の足しくらいにならなるだろうよ」
「それも出来ない……! あの診療所はーー王都には、金銭的事情によって病院に通えない人々がいるんだ。だから私の診療所では『ツケ制度』を採用している……! 私があの診療所を閉じてしまえば、多くの人が医療難民になってしまう……!!」
「待って待って父さん、話が見えない。借金って何?」
メアリイは鋭く聞いた。
ドクター・ストーンはすっかりうなだれて言った。
「すまない、メアリイ。私は騙されたんだ」
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「麻雀……初めて聞いたわ」
メアリイは放心したように呟いた。
ドクター・ストーンの手元で開かれたトランクには、彼愛用の「麻雀牌」が並んでいる。
ドクター・ストーンの話によれば。
最初は、行きつけの紳士クラブ(社交場)で「麻雀」という東洋発祥の卓上ゲームを、ごく親しい者たちだけでごく少額のお金を賭けて、楽しんでいたのだという。
「牌」とは麻雀で使う「駒」のことらしい。
そんなある日、見慣れない男がやって来た。
その時間ドクター・ストーンは負けが続いており、どうにも流れを変えたくて……その男が望む通り、彼が麻雀に参加することを許可してやった。
結果、初心者だという彼にドクター・ストーンは連戦連勝。つい気分が大きくなってしまったらしい。
数日後、男から誘われ、言われたがままの場所で何度か手合わせしていると、いつの間にか大金を賭けていたことにされていた。
そしてドクター・ストーンは負けた。
件の男たちは少し離れた場所でタバコをくゆらせている。
ここは応接室だったから男子禁制でなく、その面では問題ない。しかし、話の内容が内容なだけに、他の修道女たちには一旦この場を離れてもらっていた。
ドクター・ストーンは顔を両手で覆い、ソファーから動かなくなってしまった。
重い沈黙の中、口火を切ったのはまさかのバニラだった。
「麻雀には一生を台無しにするほどのお金を賭けてまで、のめり込む人がいると聞くわ。そこまで行かなくても、素人同然の打ち手から全てを巻き上げることを生業とする輩がいるってこともね。医師という社会的な立場もあって、他人に助けを求めようにも『賭博』に関与してしまったと言いにくい……いずれにせよ、まんまと嵌められたのね」
淡々と人ごとのように言うバニラをメアリイは睨むが、何も言わなかった。
バニラが的をついたことを言っていると分かっていたからだ。
「まあ……修道女さんたちがお酌してくれるなら考えてもいいぜ?」
気づけば、男たちはこちらへ視線を向けていた。タバコの煙をぷかりと浮かすと、落とした吸い殻を悪びれもせず床に擦り付けた。
「はい?」
メアリイは答えながら露骨に嫌な顔をする。
「どうだ? これから俺たちを精一杯もてしてみせろよ。媚びへつらってな。借金をいくらか減らすことくらいなら、相談に乗ってやってもいい」
「おいおいマジかよ、尼さん相手に。背徳感があってそそるってのか? 逆に」
男たちはゲラゲラと勝手に盛り上がっている。あまりに穢らわしいと思ったのか、メアリイは視線を逸らしながら憤慨した。
「そんなこと……! するわけがない」
「ああ、そうかい。出来ないのなら、今すぐ借金をビタ一文揃えてよこすか、娘のアンタがその身を売るかだな。大丈夫だ、いい『お薬』を打ってやるから、怖くなんかないさ」
男はヤニだらけの歯を見せながら笑い、青ざめたメアリイの頬を鷲掴みにして無理に自分へ向かせた。ドクター・ストーンが慌てて止めに入る。
「よさないか、娘に触るんじゃない!」
ふいに、別の男が関心したように言い出した。
「へえ、そこの奥にいる黒髪の女……! よく見たらアンタ、かなりの上玉じゃないか」
いきなり指差されたバニラ。
その場にいる全員の視線を浴び、眉を顰める。




