15.守りたいもの
「テディさん! メアリイに……バニラ!?」
礼拝堂の扉を開いたのは、肩で息をするテディさんにシスター・メアリイ、それにーー
いつもに増して眼光鋭い、バニラがいた。
テディさんは礼拝堂内を一瞥するとよく通る声で言った。
「ミリヤード・セントクリフ子爵令息。シスター・アリサを惑わせないでいただきたい」
メアリイはうんうん、とばかりに首を振る。
私はこの状況をよく理解できず、順番に整理しようとする。
「ええっと、テディさんはどうやってここまで」
「君と二人で決めておいた『合言葉』だよ。アリサちゃんの部屋に何度合図しても反応がなくて、仕方なく修道院の敷地に侵入した。そしたらこのシスター・メアリイに見つかって……叫ばれそうになったから、慌てて例の合言葉を言ったんだ。修道女さんとの間で流行ってるってアリサちゃん言っていたから。
『九蓮宝燈の借りを返したい』ってね」
メアリイは口を尖らせた。
「ひどいわ、アリサ! 私にも相談してくれていたら良かったのに。腰を抜かすほどびっくりしたんだから! 何気なく暗がりを見たらこの人がいて。でも、そんなことを言われたら力になってあげるしかないじゃない。シスター・バニラが私たちにしてくれたことを、知っている人って分かったから」
この時ほど、私は自分で自分を褒めたいと思ったことはない。
良かった、メアリイの口癖「九蓮宝燈の借りを返したい」を合言葉にしておいて!
「遅くなって悪かったな。ここへ来るより先に、例の回廊へたどり着いちまったものだから。まさかミリヤード・セントクリフ子爵令息様が既に、直々にいらっしゃっているとは思わなかった」
テディさんに名指しされたミリヤードは見下したように鼻で笑った。しかしテディさんは怯まない。
「子爵令息様よ、アンタあの酒場で自分の部下に、俺とアリサちゃんとの話を聞かせていたんだろう。だから俺より先に彼女の部屋の窓に合図が出来た。いや、それより前から俺とバニラとの関係も調べていたのかな?」
ミリヤード・セントクリフは返事をしない。
「それで、バニラは……」
私の問いと視線を受けてバニラはゆっくりと口を開く。心なしか、その声はいつものシスター・バニラのものより低い気がした。
「テディが、アリサの渡してくれたブランクキーを使って、閉じ込められていた『回廊の地下室』から出してくれたんだ。随分乱暴なことをしてくれましたね、修道院長様?」
「乱暴なこと」なんて言ったわりに、バニラはあまり怒っていないようだ。
え、ということは、彼女は修道院長様に閉じ込められていたということ……?
「とはいえ、バニーなら避けられたはずだろうに。自ら閉じ込められに行ったんだろ?」
テディの言葉にバニラは目力を少しだけ和らげた。
「ああ、元々入ってみたかった場所だからね」
バニラがかざすように取り出したのは、鮮やかな「青色」の何かでーー
それは一枚の「花びら」だった。
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「すっかりお見通しのようですね、シスター・バニラ……いいえ、何とお呼びすればいいのか」
修道院長様はようやく口を開いた。
「その話はまた後で。今はシスター・バニラのままで」
バニラは淡々と答えた。
ミリヤード・セントクリフは僅かに立ち位置をずらしたが、バニラが睨みで制し、彼を一歩たりとも動かせなかった。
修道院長様はそれは深く、観念したように息を吐いた。
そうして、私たち全員を「あの回廊に案内する」と言ったのだ。
……回廊のタイルで出来た床には、一部ポッカリと穴が空いていた。
真上から見れば、内側に開く地下への扉があった。あのブランクキーはこの扉の鍵だったのだ。
バニラはここに閉じ込められていたのだと言う。
「ねえ……どうしてあの日、私にブランクキーを預けたの?」
恐る恐る、私はバニラに聞いてみた。
バニラには聞きたいことがいくらでもあったが、今はそのタイミングでないことは理解していた。
バニラは一回瞬きをしてから、答えてくれた。
「自分の身がいつまでも自由とは限らないと分かっていた。だったら、リスク分散しておいた方がいい。アリサならブランクキーが何か分からなくても捨てはしないだろうし、アリサ相手ならいつでもまた、必要な時にスリ返せるだろうから」
「えー……」
よく言うならば、私は「信頼されていて」、かなり悪く言うなら「舐められて」いたのか。
「ありがとう、アリサ。アリサの機転のおかげで、自分もテディも助かった」
しかし、バニラに見つめられて素直に言われてしまえば、嫌な気はしない。
あのバニラの役に立てて、しかもバニラから感謝されたことが嬉しかったから。
暗くて湿ったような地下への階段を降りて行けば、やがて開けた空間に出た。
「ここは……」
そこはまさに「植物園」兼「ラボラトリー」だった。
灯りにぼんやりと照らされた剥き出しの石壁は、段々と重なったプランター型になるよう削られていた。清らかな水がさらさらと上の段から床の溝へ、流れている。古い建物特有の匂いがしたが、空気は澄んでいる。どこかに空気穴があるのだ。
水栽培されているのは沢山の薔薇だった。
その花びら部分は確かに「青」。
部屋の真ん中には木の机が設置されていた。ガラス瓶やらフラスコ、鉄鍋やらが並んでいる。
「新鮮な水があったから、人ひとり閉じ込めていても命に支障はない。修道院長様もそれを分かっていたのでしょう?」
バニラの言葉を修道院長様は否定しなかった。
「さあ、ここはもういいでしょう。残りは、修道院長室でお話しします」
修道院長室に着くなり、院長様は金庫を開いた。貴重な聖物が入っていると言われていたそこには、幾つものガラス瓶が並んでいる。先程の地下室でも見た、ごく浅くて小さなガラス瓶だ。
「この瓶には『軟骨』が入っています。全てセントクリフ修道院のあの地下室で、わたくしが手作りしたものです」
「修道院での治療用……あるいは名産物として、ということですか? それならば、言ってくだされば私たちもお手伝い出来たのに」
メアリイが言う。修道院長様は目を伏せたまま首を横にふった。
「これは、代々セントクリフ修道院でもごく限られた人物にしか作り方を知らされない……麻薬【青い薔薇】が入った軟骨なのです」
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「だから言っただろう、この修道院では麻薬が栽培されていて、修道院長はそれを違法だと分かっていて隠していると!」
ミリヤード・セントクリフ子爵令息はいよいよ焦れたように言った。しかし、修道院長様は彼をチラリと見ただけだ。
「10年前の花火の夜、確かにセントクリフ子爵様に【青い薔薇】のことを知られ、わたくしは糾弾されました。でもそのことの前に、このセントクリフ修道院の歴史をお話ししなければなりません」




