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14.懺悔室

 テディさんからの呼び出しの合図は、予想よりずっと早い時間にあった。

 翌日、まだ月が鮮やかに見える時間、午前三時の朝課よりも早い時間に、窓ガラスに三回パチパチパチと石が当たる音がした。

 寝巻きに着替えず待機していた私は、そのままベッドを抜ける。誰にも見られないように、約束した礼拝堂の懺悔室へ向かった。


 セントクリフ修道院の懺悔室は、細かい彫刻が施された重厚な濃焦茶色ウォールナットの木材によって組み立てられている。


 懺悔室とは、(へや)とは名ばかりで、ひと一人入れるような箱が二つ、ぴったり並んだ作りをしている。箱にはそれぞれ扉が付いていて、中に椅子が設置されている。二つの箱の間は「細かい網の窓」で繋がっていた。

 片方に神父様が入り、もう片方に懺悔する人が入る。他の誰にも聞かれないように話をするためだ。


 テディさんは既に来ているようで、懺悔室の中から気配がした。

 外から声を掛けても返事がなかったため、私はそっともう片方の空いている箱に入って座る。


「テディさん?」

「……やっと会えたね。シスター・アリサ」


 全身から血の気が引くのを感じた。


 ーー誰だ、この相手ひとは。


 テディさんの声ではない。バッと懺悔室から出ようと扉に手をかけるも、びくりともしなかった。


「なっーー」


 懺悔室の扉に鍵はついていない。扉の明かり取りから人影が見えた。外側から誰かが開かないように押さえているのだ。

 隣の部屋から網越しに再び声がした。


「安心なさい、僕たちはここでシスターを傷つけたりしない」


 緊迫した場面に似つかわしくないような「エレガント」な喋り方だった。


 こんな状況で安心出来る人いる?

 私は扉へ身体を捻ったまま、網に目を凝らす。汗が止まらない。

 この声には聞き覚えがあった。この人はーー。


「まさか……ミリヤード・セントクリフ子爵令息様……?」


 相手は目を少し瞬いたようだ。

 透けて見えるその瞳の色は「青」。口元に愉快そうな笑みが浮かんだ。


「ーー正解!」



 ✳︎✳︎✳︎



 ミリヤード・セントクリフは前屈みに姿勢を変え、網に近づいた。

 彼の艶やかな黒髪と美しい顔がより透けて見えるようになった。


「よく分かったね、シスター・アリサ。もしかして、あの夜のことをよく覚えていたからかな?」

「!」

「あの10年前の、花火の夜のことさ」


 私は呼吸が出来なかった。


「あの回廊で、シスター・アリサは見ていたのでしょう? 人が人を刺すところ。あの場所に僕もいたから」


 息を潜めたままの私に……息をしないからといって自分の存在が消せるわけでもなかったが……ミリヤードは感慨深い様子で語りかけた。


「ずっと探していたんだ。あの時一緒にいた女の子……君のことなんだけどね、一眼見ただけでわかったよ、その髪型で。まさかセントクリフ修道院の修道女になっていたとは。灯台下暗しとはこのことだね」


 ミリヤードは一旦区切り、改めて言った。その冴え冴えとした青色の瞳に私を写す。


「シスター・アリサ。君に協力して欲しい」

「え?」


「今だから話せることがある。僕が知っている限りの、あの日の真相を話すよ。犯人はミュリエル修道院長だ」


 全ての音が、時間が、止まったような気がした。


 ミリヤード・セントクリフいわく、花火の夜、私たちが見た二人の人影は「修道院長様」と「セントクリフ子爵様」で、修道院長様が子爵様を刺したのだと言う。


「そ、そんなまさか……! 修道院長様にはセントクリフ子爵様を刺す理由がないわ……!」


 私には到底信じられなかった。動揺のあまり声を荒げてしまう。

 驚きからなのか怒りなのか、頬の表面がちりちりするのを感じた。


「【青い薔薇】さ」


 ミリヤード・セントクリフ子爵令息は難なく答えた。聞き知った単語ワードに私は固まる。


「セントクリフ修道院には、違法な植物……麻薬【青い薔薇】を育てている『秘密の部屋』があるんだ。子爵家は長年かかってそのことを調査していた。やがて、ついにその尻尾を掴んだセントクリフ子爵ーー僕の父上は、あの花火の夜、修道院長にそれをとがめ【青い薔薇】を焼き払うように説得した。しかし、あの修道院長は決して、首を縦に降らなかった。そうして口論になり、彼女はしまいに父上を刺した」


 私は息をのみ、ミリヤードは苦笑いした。


「運良く怪我で済んだから良かったようなもの、殺人未遂事件のスキャンダルなんて勘弁だからね。これ以上騒ぎにならないように、父上は真相を隠蔽した」


 よって、翌日修道女たちが回廊をいくら探しても、何の痕跡もなかったのだと言う。


「でも、父上が許しても、10年間僕は忘れていなかった。子爵が逝去し代替わりするこのタイミングで、セントクリフ修道院と修道院長を糾弾しようと決めていた。だから今回、王族をわざわざセントクリフ領にまで呼んだんだよ。君には、殿下へ証言をして欲しい。あの夜の出来事を知るシスター・アリサの証言が、必要なんだ」


 話しぶりと、ここまで彼が知っているということから推察するに。

 要するに、ミリヤード・セントクリフ子爵令息は。


「貴方が……『坊っちゃま』だったのですか?」


 発せられた声は自分でも滑稽なほどに掠れていた。

 どうして、肯定されるのが怖いのかーー知りたくないと葛藤する気持ちの自分もいた。

 ミリヤードはゆっくりと答えた。


「……ああ、アリサ。君がすべきことはわかっているね?」



「っ、あなた方、何をしているのですか!?」


 突然、厳しい女性の声が響いた。

 礼拝堂に人がやって来たようだ。

 ミリヤード・セントクリフはつまらなそうに目線を扉の明かり取りへ向ける。それから手で合図をすると、私のいる懺悔室の扉が外側から開かれた。扉を押さえていたのは、ミリヤードの部下だったらしい。


「修道院長様……!」


 声の主は修道院長様だった。院長様は真っ白な顔をしていて、その表情は引きつっている。

 私を自分側へ引き寄せようとするが、同じく懺悔室から出てきたミリヤード・セントクリフがそれを許さなかった。


「……セントクリフ子爵令息様。挨拶もなくこれはどういうおつもりですか。わたくしの修道院で、このような勝手な真似をするなど」

「じきに貴女の修道院ではなくなりますよ、ミュリエル修道院長」


 ミリヤードは穏やかに言い、動じなかった。私に向き直り、問いかける。


「シスター・アリサ。彼女のところへ行っては駄目だ。貴女は聖職者を目指すものとして、どちらを信じる? 人を刺した人間と、それ以外の人間を」


「! シスター・アリサ……!! ああ、神よ」


 修道院長様はミリヤードが全てを話したことを悟ったようだ。天井を見上げ、小さく呟いて絶望的な表情を浮かべている。


 私には分からなかった。


 言えることがあるとしたら、彼が「坊っちゃま」ならば、ミリヤード・セントクリフの言っていることはおそらく真実なのだろう、と。

 だから一つだけ、ミリヤードに聞きたいことがあった。


「ミリヤード・セントクリフ子爵令息様。……あれから貴方に『守りたいもの』は見つかりましたか」

「は?」


 ミリヤードはぽかんと口を開けた。いきなり何だと言うように、私が何を言っているのか、まるで分からないようだった。


 この人は、この人は……私の「坊っちゃま」ではない!!


 私はミリヤード・セントクリフから離れ、修道院長様に駆け寄った。


「シスター・アリサ……」


 修道院長様がそんな私へ目を見開いた瞬間、背後の礼拝堂の扉が派手に開かれた。



ここまでお読みくださり、大変ありがとうございます!

次回から色々真相編。


10/23 誤字脱字報告ありがとうございます!

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