マザードラゴンを求めて・そのじゅう 『母』
悠久の守護者を名乗る女性が、テーブルに飲み物を置いた。
グラスに注がれたオレンジ色の液体は、まさにオレンジジュースに見える。
「果実を絞ったものよ。千年前のものだけど許してちょうだい」
「ええ……」
「の、飲めますの?」
「時間は止まっていたはずだから、大丈夫」
にっこりと笑う女性。
娘たちは冗談の類だろうと思った。
「さて、アレクニール。あまり時間がないということはさっきも言ったけど———」
「待ってください! まずはその、あなたの名を。なぜ俺のことを知っているのか教えてください!」
「ああ、そういえばそうね。わたしの名前はものすごく長くて呼びにくい上にたぶん失われた言語だから……」
アレクニールは目を白黒させた。
そして、これまでの旅でもっとも衝撃的な名が告げられる。
「あなたたちが母竜と呼ぶ存在。それがわたしよ」
「な、なんてことだ」
がた、とアレクニールは椅子から転げ落ちた。
「まさか……ほんとうに?」
「嘘はつかないわよ?」
「いや、しかし、母竜は俺たちにとって概念……神のようなものだ」
「そうね」
「だから、俺の名を」
「わたしの子どもたちの名は全部覚えてるわ」
アレクニールは何も口にできなかった。
ついにたどり着いたのだ。
「マ、マザードラゴン! お会いできるとは……」
「マザードラゴンはちょっとアレだから、マザーって呼んでね」
「は、はい! マザー!」
おじさんの背筋が伸びて、直立不動になる。
娘たちはそんな彼が面白くて笑いたいのだが、笑えなかった。
「マザー、俺は……」
「アレクニール、まずはなにがあったのか聞かせて?」
「もちろんです」
アレクニールは緊張しながらも、話し始めた。
神を名乗る不気味な男との出会いと戦い。『人改遷術』によってニンゲンとされたこと。王都に赴き、ドラゴンの長老と会おうとして、大事件が起こったこと。故郷に帰り、前長老の英霊からマザードラゴンを探しにここまで来たことを。
マザーは時折、やっぱり、とか、なるほどね、と言いながらも、最後まで聞いた。
「マザー、俺は元の姿に戻るため、ここまで来ました。あなたならなんとかできるはずだ」
そう言われて、マザードラゴンはアレクニールを見た。
そして、首を横に振る。
「あなたの姿を戻すことはできないわ」
「……え?」
期待が打ち砕かれる。
「そんな! 何故です! あなたはニンゲンの姿をしているのにっ!」
「そうね。確かにこれは仮の姿。本体はドラゴンだわ」
「人と竜、両方の姿があるのでしょう!」
「待ちなさい、アレクニール。話は最後まで聞きなさい」
「マザー……!」
アレクは取り乱した。
西方まで来たのは、元の姿に戻るためだ。おじさんの気持ちが痛いほどわかった娘たちは、うつむいてしまった。
「あなたにかけられた術……『人改遷術』と言ったわよね?」
「……そうです」
「それはこの世界のものじゃない。別の世界のものだわ」
「なんですって……?」
「どうやら、思っていたよりも事態は深刻で、ますます時間はないみたい」
「マザー、教えてください。俺はどうすればいいのですか?」
マザードラゴンは立ち上がり、台所に消えてすぐに戻って来た。
手に持ったボトルを見て、娘たちは、ま、まさか……と言葉を失う。
「これがないと話せそうにないわ」
蓋を開けて中身を口の中に流し込む。
「ふっはああああああああああああ! これこれ! お酒はエルフが持ってきた中でも最高のものだわ」
聞き捨てならないセリフを口にしつつ、盛大に息を吐く。
「ま、待ってください! それは酒?」
「そうよ」
「俺にも少し」
「あとでね」
「そんな殺生な!」
「あ・と・で・ね」
にらまれておじさんは委縮した。
「話を続けるわよ」
打ちひしがれるアレクニール。久しぶりの酒で頬を紅潮させるマザードラゴン。
この親にしてこのおじさんあり、と娘たちは思った。
「いい? よく聞いて。あなたの言うエサキなる者。間違いなく『外神』の手先だわ」
「……外神?」
マザードラゴンの言葉に耳を傾ける。
「初めから話しましょう。わたしは五千年前、エルフたちともに外神と戦った」
「は?」
「えっ?」
「だけど、倒すまでに至らなかった。追い払っただけなの。いずれまたやってくるのは明白だったから、わたしはそれに備えようとした」
「ま、待って! マザードラゴンさん!」
「おかーさんって呼んでね?」
「えと、その、おか……おかーさん」
ミィフィーユは顔を赤らめている。
「エルフと一緒に戦ったって……」
「エルフたちは船に乗って、他の星から来たの。外神から逃げるために」
「‼‼」
「わたしは彼らを保護して、話を聞いた。そして、外神はやってきた」
語られる五千年前の記憶。
どの歴史書にもない、失われた時代だ。
「わたしもまだ若かったから、外神を舐めてたわ。苦戦しまくって、結局倒せなかった」
「そ、それとエサキが?」
「ええ、外神はまず、手先を送り込み、世界を調査する。危険な存在がいれば、謀をめぐらし、力を削ぐのよ」
「なにが目的なんだ……」
「外神は常に餌を求めている。星丸ごと家畜ってわけ」
聞かされたアレクニールたちは微動だにできなかった。わきおこる感情が恐怖なのか、驚愕なのか、判別がつかない。
「外神は強い。でも無敵ってわけじゃない。星に住む者が団結しないよう手を回す。抵抗できるだけの力がないところに降臨するの」
「そんな存在がいるなんて」
「外神はいくつもの星を滅ぼし、己の家畜として糧とし、生き永らえている。最悪の化け物よ」
「つまり、俺たちを餌に?」
「正確にはエネルギー。生命のエネルギーよ。輝ける力を求めて、ヤツらはやってくる」
ここで輝ける力が出てきた。
「そうだ! 輝ける力とはなんなのですか? 俺はその力を持っていたから、奪われた。どんな力かは自分でもわからない」
「そうね……輝ける力については、わたしにも全てがわかっているわけじゃないの。全ての生物が持つ生命のエネルギー……進化するための力としか」
「マザードラゴンでもわからないのですか……」
「ええ、残念ながらね」
「全ての生物が持っているというのは初めて聞きました」
「みんな、小さいけど持っているわ。だけど気付かない。そして時折、すさまじいまでの輝ける力を持って生まれる者たちがいるのよ」
「それは……」
「わたしもそうだし、あなたもそう。この子たちも。ここに集まったのはどうしてかしらね? 互いに引き寄せられるのかしら?」
それはアレクニールも感じていたことだった。
「わたくしも、ですか?」
ルクレツィアが控えめに言う。
「ええ、あなたのはけっこう大きいわね」
そういえば、とおじさんは思う。以前、光の剣を使って娘たちに試させたが、ルクレツィアはまだだった。
「輝ける力があれば俺は元の姿に?」
「それは違うわ、アレクニール。あなたは何も気づいていない」
マザードラゴンの鋭い眼光。叱られている気になってしまう。
「まず『人改遷術』を解くには術者を倒さないとダメね。術というよりは呪いの類だもの」
はやりそうか、という気持ちと、上等だ、という気持ちが混じる。
「それと、あなたは輝ける力を奪われたと言っているけど、わたしにはそうは見えないわ」
「……というと?」
「あなたはまだまだ精進が足りないってことよ。奪われたのは上澄みの部分だけ。本当の部分はあなたの中で眠っているんだもの」
「なん……ですって!?」
再び椅子から転げ落ちる。
「じゃあ俺は……それに気付かずに……」
「そうよ」
はは、と乾いた笑いが出るアレクニールだった。
「しっかりと自分に向き合うことね。表の力だけに頼らず、考えなさい」
「はい……」
大きな体がしゅんとして縮まる。
「あなたたちもここまで大変だったんじゃなくて?」
急に話が振られたので、娘たちはきょとんとした。
「わたしにはわかるわ。きっと、色々なことがあったのでしょうね」
と、まずは双子を両手で抱きしめる。
「エルフの国は滅んだのね……」
「う、うん」
「あなたたちが生きていてよかったわ」
「おかーさん……?」
不思議な気持ちになった双子は、何故だか涙ぐんだ。
そして次はルクレツィア。彼女はかなり慌てた。
「い、いや、わたくしは……」
「いいのよ、遠慮しないで」
がばっと抱き着かれる。
「特異な力を持てば、迫害される。よく、耐えたわね」
マザードラゴンが言ったことは一般論だし、ルクレツィアの場合はなにも持たなかったから迫害された。
しかし、言葉が胸に染み入り、なんとも言えない気持ちになる。
「うっ……なんだか、泣きたくなってきましたわ」
そして今度はクラウディアと向き合う。
「わたしは……」
逃げようとするクラウディア。だが、マザードラゴンの方が速い。
「逃がさないわよ」
悪役のセリフを言いながら、クラウディアを抱きしめる。
「よしよし……大変だったわね」
「あ……熱い……これは……」
情熱的でありながらもどこか優しい抱擁に、クラウディアは脱力してしまった。
「最後はあなたね」
「おかーさん……」
ててて、と駆け寄って、ルリーシェラがマザードラゴンの胸に飛び込む。
「あら? あなた……いえ、うん、そうね。だいじょうぶよ、あなたはあなたのままで……」
独り言を口にするマザードラゴンは、うんうんとうなずいている。
あるいは心の会話でもしているのか。
アレクニールは驚きながら、微笑ましい目で二人を見ていた。
やるべきことは一応決まったわけだが、どうすべきか、アレクニールは判断がつかない。
エサキを倒すのは確定した。
ではどうやって、と考える。
「……外に誰か来たわね」
和んでいた空気が引き締まる。
ダイニッポン国のものかと警戒を抱いた。
「二人……エルフだわ。あなたたちの知り合い?」
エルフならば、アググラッドの者だろう。
すぐに理解したアレクニールは、家を出て外へ。
そこにいたのは、ブランチウッド兄弟の末っ子と下から二番目だった。
「お、王様! なんで岩から……」
「やっべ! 漏らしそうになった!」
「すまん。漏らさないでくれ」
ここまで来たということは、急ぎの知らせだ。
「なにかあったみたいだな」
「えーと……なんで岩から」
「気にするな」
「あ、はい。王様、ついに動き出した、と兄ちゃんたちから連絡が」
「詳しく聞かせてくれ」
「ダイニッポン国が大軍を興して進軍を開始。対抗するため、レオニア、ヒッポリト、精霊及び獣人の連合軍もまた動き始めたみたいっす」
「そうか……」
大戦の予感はしていた。
そしてなにより、マザードラゴンの話と照らし合わせれば、外神の来る時が迫っているのかもしれないと思う。
(急ぎ戻るか? しかし、ここからでは……)
伝達が届くまでのタイムラグを考える。
もしかしたらすでに戦端が開かれているかもしれなかった。
「君たちの元に連絡が来たのは?」
「昨日の朝っスね。おれたち二人は大河付近で待ってましたから、そこからダッシュで来たんですわ」
「つまり、もう戦が始まっているかもしれんということだな」
「ええ、おそらく」
そこでふと、アレクニールは尋ねる。
「ダイニッポン国は王が出ているのか?」
「そうっすね。自ら陣頭に立って戦うと公言してるって手紙に」
「なるほどな」
ニヤリ、とするアレク。
千載一遇の好機に思えた。
「わかった。すぐに戻るとカルルロル殿に」
「はい」
「いやー、なんで岩から……」
「いつか教える」
無理やり納得させて、二人を帰す。
「おじさん」
「なんかあったの?」
気が付けば、娘たちとマザードラゴンが後ろにいた。
「マザー」
「なーに?」
「相談があります」
相談? と首をひねるマザーに向かって、アレクはこれでもかと楽しそうな笑みを浮かべるのであった。




