マザードラゴンを求めて・そのきゅう 『誰?』
「ルリーシェラ、岩の中とはいったい……?」
(こっちにきて)
声のする方を向く。
「いやしかし、岩だぞ」
(うん、岩)
もしやルリーシェラの偽物か、と一瞬だけ脳裏によぎったが、すぐに振り払う。
他にできることはないのだ。アレクニールは岩に近づいた。
(おじさん、もうちょっと右)
「ここか?」
位置をずらし、右に移動する。
(ううん、そっちは左)
「そうか、向かい合わせだからな」
頭をかいて恥ずかしさをごまかし、移動する。
(そこに透明な壁があって出られないの)
「なるほどな……まるで意味がわからんが、考えてもしかたないだろう」
アレクは拳を振り上げた。
(おじさん!?)
「離れていろ。叩き壊す」
(あ、待って———)
ずん、と拳が岩にめり込んだ。
「ん! 固い!」
岩には傷一つついていない。
むしろアレクニールの拳が痛んでしまった。
(おじさん! 普通の壁じゃないと思う)
「くっ……すぐそこにいるというのに」
今すぐにでも娘たちの無事を確かめたいおじさんは、再び殴りつけた。
すると。
「地震……?」
周囲が揺れ始める。
「なにが起こっている」
(おじさん! なにか来る!)
「なんだと?」
巨大な気配がする。
全てを包み込む圧倒的な力を間近に感じ、アレクニールは下がった。
『……こら! 普通に入れないの?』
「え?」
『まったく。そんな乱暴に育てた覚えはないわよ』
「ど、どこから……」
声が聞こえる。
女性の声で、聞き覚えがあるようなないような。
とにかくひどく懐かしい声だった。
『まあいいわ。入りなさい』
「……?」
すうっと透き通る音がして、岩に入り口ができた。
そこに立っていたのは、ルリーシェラだ。後ろにはミィフィーユとエクレア、クラウディアとルクレツィアもいる。
「みんな無事か?」
「うん」
「心配したぞ」
「おじさん、ボクたち急に吸い込まれちゃって」
「びっくりした」
びっくりしたのはアレクニールも同じだ。とはいえ娘たちが無事でほっとする。
「さっきの声はいったい……」
「わたしよ」
「!?」
「え!?」
一番後ろにいたクラウディアとルクレツィアのさらに後ろから声がする。
不機嫌そうな表情で、娘たちを割って前で出る女性。
アレクは見覚えがあった。
「あなたは……」
「アレクニール、まずはそこに座りなさい」
「ええと?」
「座りなさい。正座よ」
「あ、はい」
座った後に、なぜ言う通りにしてしまったのか、疑問に思った。尋ねようと顔を上げたところ———
「なんでも殴ったらダメでしょう? まずはノックしてからじゃなくて?」
「あの、いや」
「そもそも警戒もせず近づいて。この子たちに何かあったらどうするつもり?」
「いやー……その、すいません」
おじさんが謝っている。
「お、おじさんが説教されてるよ!?」
「誰なのかしら?」
「知り合い……?」
娘たちの疑問も当然だった。
アレクニールは説教を続ける女性を見つめた。
赤みがかった黒の髪、紅い瞳。背は高く、アレクニールと同じくらい大柄だ。かといって横に広いわけではなく、均整の取れた肉体。
身を包む衣服は、いつぞや娘たちが着ていた運動用の伸び縮みする恰好に似ている。
「アレクニール、そんな乱暴じゃ結婚できないわよ!」
「は、はい! ……って、なんで俺はこんな……」
彼女の姿は、帝国図書館の地下室で見た肖像画の女性そのものだ。
「なぜ俺を知っているんですか?」
しかも敬語。アレクニールらしくない。
「知ってるもなにも……そうね。ここじゃなんだし、中に入りなさい。あなたたちも」
女性は立ち竦む娘たちの内、ミィフィーユとエクレアを両脇に抱えて中に進んだ。
「え、ちょっと!」
「なに……?」
暴れようにもがっちり抱えられているため、なにもできない。
「……なんですの?」
「すごい自然だった」
と、クラウディアとルクレツィアも入っていく。
「これはいったい……」
「おじさんも入ろ?」
「あ、ああ」
少しも釈然としないまま、あとについていく。
(……ひどく懐かしいような……しかも逆らう気がまったく起きない。どういうことだ……?)
自分の名前も知っていることから、ニンゲンの知り合いとも思ったが、記憶にはない。
肖像画に描かれていた悠久の守護者なのは間違いないとは思うが、いまひとつピンとこないのであった。
岩の中は普通の家だった。
廊下があり、台所があり、リビングがある。奥の部屋は寝室だろう。
どこか古風な趣のある内装だが、掃除が行き届いていて綺麗だ。
「さあ、とりあえず座って」
ソファーや椅子に座らされた彼らは、当然、女性に視線を集める。
整った美しい顔立ち。優しく、包むこまれるような空気感。
「あの……」
手を挙げたのはミィフィーユだった。
「どうしたの?」
「いやまずこの恰好をやめてほしいんですけど」
双子だけ女性の膝上に座らされている。二人は小さいからちゃんと収まっているのだった。
「なぜ?」
「ええ……いや、だって」
言いかけたところで、女性が双子を抱きしめた。
「かわいい~~~~~~~~~」
と、頬ずりまでする。
アレクニールたちは目が点になった。
「ちょっ……」
「あったかい……」
エクレアは気持ち良かったのか、目をつむった。
ミィフィーユはかなり混乱している。
「あなたたち、デュークの子孫でしょう?」
「!?」
「嘘……」
デューク、と聞けば、エルフの聖祖デュークデイドの名が浮かぶ。
「面影があるわ。ちょっとだけどね」
「え、えっと……じゃあおねえさんは……」
「あらやだ! おねえさんって、わたしそんなに若く見える?」
若く見られた女性はおおいに喜んでいるが、実際に見た目は二十代そこそこだ。
「……悠久の守護者?」
「そう呼ばれることもあるわね」
アレクニールたちは言葉を失った。
おおよそ五千年前からいたとされる人物、それが『悠久の守護者』だ。
「なによ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「いやー……それはそうでしょう」
アレクは理解が追いついていない。
「なぜ俺の名を?」
「順を追って説明した方がいいわね。時間もないみたいだし」
「時間?」
「それも説明するわ」
女性の顔から微笑みが消えた。
「ここはわたしの家よ。わたしはここで眠っていたの」
「眠っていた?」
「わたしはここが荒らされないように罠を仕掛けた。でも、わたしが必要な者達まで罠にかけたんじゃどうしようもないでしょ?」
「それは、まあ」
「ここに入れるのは輝ける力を持ち、かつ純粋な存在。輝ける力を持たない者、持っていても純粋ではない者は罠にかかる」
偽アレクニールのことだと、元・ドラゴンのおっさんは直感した。
「あれはなんなんですか?」
「自分がもっとも苦手とするもの……恐れているものが現れる仕組みよ」
「なんと……」
不思議な気持ちだった。アレクニールは自身を恐れていると判明してしまったのだ。
「では娘たちは純粋だったがゆえに……よくわからないですね。純粋とは?」
アレクニールとて間違ったことはしていないつもりだ。これまで嘘をついてこともなければ、他者を騙したこともない。方便はあるが。
「処女ってことね」
「!?」
「ちょっ!?」
激しく反応したのは娘たちだ。
「処女……とは?」
「アレクニール……あなたいったいどんな生活をしているの? 処女も知らないなんて、呆れるわ」
「いやしかし、俺は元・ドラゴンですし、処女という単語は知りません」
「処女といったら———」
処女処女言われて妙な空気が流れ始める。
流れを断ち切ったのは、ルクレツィアの大きな咳ばらいだった。
「あの、それはもうやめましょう? 話が進みませんわ」
「恥ずかしすぎます……」
「あら? 大事な話だと思うけど」
「いやいや、本筋と関係ないし!」
「……(こくり)」
気を取り直し。
「で、この子たちは入ったけど、あなたは無理だったみたいね」
「そうですね。輝ける力がないということであれば、確かに俺はそうです」
「そうなの?」
「奪われましたから」
「……?」
ニンゲンの身となった苦すぎる思い出が蘇る。
「どうやら長い話になりそうね……」
ふう、と悠久の守護者たる女性はため息をつくのであった。




