マザードラゴンを求めて・そのじゅういち 『母の告白』
再びマザードラゴンの家に入ったアレクニールはさっそく話を持ち掛ける。
「……」
話を黙って聞くマザードラゴン。表情が良いとは言えなかった。
「これが最後のチャンスかもしれません」
「……」
「マザーはさっき、ドラゴンの本体があるとおっしゃいました。俺たちを乗せて戦場まで行ってほしいんです」
「……」
「神を名乗る者エサキを打ち倒し、外神が来る前に体制を整える。それができれば……」
アレクニールの言葉がどんどん弱くなっていく。
「アレクニール」
ぎろり、と母がアレクをにらんだ。
おかーさんの雷が落ちる、と娘たちが目をつむる。
「やるじゃない! いい考えよ!」
え? と目を開けた。
「殴り込みってことね。最高じゃない」
「ええ、殴り込みです」
予想とは真逆に話がまとまってしまった。
「えー……ほんとにぃ~?」
「おじさん、すごい」
双子の反応は両極端だ。
ミィフィーユは露骨に顔をしかめる。
「ミィフィ、これは政治的な話でもあると思うんだ」
「政治的って?」
「連合軍に助太刀して恩を売れるだろ?」
「……だね。確かに効果的かも」
ミィフィーユはこれでOK、とおじさんはうなずく。
「エクレアはどうだ?」
「うん、いいとおもう」
双子に異論はない。
「クラウディア、ルクレツィア、どうだ? 俺の考えが間違っているなら言ってくれ」
「そうですわね……とりあえず殴ってから考えるというのは?」
「……おじさまを苦しめたエサキ、見てみたい。そして斬りたい」
だいぶ脳筋寄りの意見だった。これには苦笑するしかない。
あとはルリーシェラだが。
「わたしも行くよ? おじさんと一緒に戦うもん」
「ああ、頼む」
全会一致、だろう。
「あら? この子たちも連れて行くの?」
「ええ、彼女たちは俺が知る中でもかなりの強者です」
「そんなのダメに決まってるじゃない。なに言って———」
「おかーさん……」
「お母様」
「お母様、お願いです……」
「ボクたちも」
「いきたい」
と、大柄なマザードラゴンを娘たちが上目遣いに見つめる。
「うっ」
反応がアレクニールと同じだ。困り笑顔もそっくり。
効果抜群と見た娘たちは、おねだりを続けた。
「おかーさん、おねがい」
「な、な、なんて可愛らしいの~ そうね~ やっぱりみんな一緒がいいものね~」
マザードラゴンはあまりにもあっけなく陥落したのだった。
「まあ……いいわ。アレクニール、あなたが守りなさい。いいわね?」
「言われるまでもない」
こうして一路戦場へ向かうことになったわけで。
「よし、ではさっそく———」
「少し休みなさい。もう深夜なのよ」
「しかし!」
「だめ! まずはお風呂に入って、寝なさい!」
「いっ!?」
耳を掴まれて引っ張られると、動けなくなる。
アレクニールは戦慄した。
耳を押さえられただけで、体が固まったのだ。
魔術かと思えばそうではない。
これは肉体のコントロール。反射神経と運動神経を耳だけでコントロールされてしまっているのだ。
「わ、わかりました」
「よろしい。あなたたちはお風呂に入りなさい。着替えは……無理ね。わたしのじゃ大きすぎるわ」
「おかーさん、だいじょうぶだよ。荷物の中に着替えあるし」
「そう? じゃああなたたちが休んでる間に夕食を用意するわね」
「はーい」
とても戦場に行く直前とは思えない光景だった。
「では俺が料理を」
「できるの?」
「ええ、少しの間料理人をしていましたから」
「ドラゴンの料理人って面白いわね」
「自分でもそう思います」
緊張がほぐれたアレクニールは、食事の準備を始めた。
棚を開けると、食材がある。見た事のないものも多いが、基本的なものは同じだ。
「これはマザーが用意を?」
「千年前にね」
「……すみません。意味が」
「ここはわたしの領域よ。わたしが眠っている間は止まっているの」
「そんなことが」
何もかもが規格外。納得できないが納得するしかない。
母と二人、並んで料理をする。
手を動かしながら聞いてみた。
「マザーは双子の先祖を知っているのですね」
「ええ、聖祖デュークデイド。イイ男だったわ」
図書館の地下で見た肖像画には、聖祖の妃、と書いてあった。
「彼とつがいに?」
「そうね……先に死ぬのはわかっていたけど……つい」
悲しみを秘めた表情だ。
アレクニールは話題を変えた。
「元の姿がニンゲンなのですか?」
「いいえ、これは『人化の法』よ。わたしが編み出したの」
「そんな術が」
「ドラゴンの姿は大きすぎるもの。不便だわ。強いけど」
「不便……」
逆だと思っていたアレクニールは、少なからぬ衝撃を受ける。
「ドラゴンはこの星の守護者よ。外神に対する守り手……わたしの分身みたいなもの」
全てのドラゴンはマザーの子。
ようやく意味がわかった。
「ドラゴン族は今、エサキに踊らされています。なんとかしないと」
「そのようね。だけど、長い時を経てドラゴンも変化しているわ。こればかりはわたしでも無理ね。みなそれぞれ考えがあって、夢や望みがあるんだもの。知性とはそういうものだし、否定はできないのよねえ」
「今の事態も変化のせいだと?」
「あるいは進化よ。ドラゴンもまた変わらなくてはいけないわね」
マザードラゴンが話す内容を、アレクは半分くらいしか理解していない。しかし、その通りだと思えてしまう。
「さあ、どんどん行くわよ。食材は使いきっちゃいましょう」
「はい、わかりました」
大量の料理を作り、娘たちが戻って来て、食卓を囲む。
マザードラゴンを交えた団欒は楽しいものだった。
会ってまだ数時間だというのに、馴染んでいる。
娘たちはすぐにマザードラゴンと打ち解けてしまった。
人柄ならぬ竜柄のなせる業だろうと、アレクは思う。
(考えてみれば五千年生きているというし、俺たちなど赤ん坊竜のようなものだな)
まさか三百八十歳にして子供扱いされるとは思いもしない。
やがて、娘たちが寝室に行き、静かになる。マザードラゴンも寝てしまったので、アレクニールは一人、外で酒を飲んでいた。
「この酒は……なんとも言えない不思議な味わいだな」
かなりの甘口。少しの酸味。今まで飲んだことがないものだ。
「マザーは蜂蜜酒といっていたが……」
甘味が得意ではないアレクニールだが、酒となれば話は別。
ゆっくりと味わいながら、世界一大きな岩の周りを散歩する。
「上に行ってみるか」
その場で大きくジャンプし、とっかかりを利用して頂上までたどり着く。
広がるのは絶景。離れたところにぽつぽつとした明かりが見えた。
「アググラッドか」
数奇な旅の果て、アレクニールは王になった。
「まったく、まさかこうなるとは」
予想を超えた運命だ。
涼しい風に当たりながら酒を楽しんでいると、誰かの気配がする。
振り向けばそこにはマザードラゴンの姿があった。
「眠れないの? アレクニール」
「マザーこそ」
マザーはアレクニールの隣に腰を下ろす。手にはしっかりと酒瓶が握られている。
「なにを考えてたのかしら」
「……ここまで長かったものですから」
「だいぶ苦労したようね」
「まあ、今も。なにせ王になってしまったもので」
「王?」
「ええ、色々ありまして」
簡潔に代理王となったいきさつを話す。
マザードラゴンは面白がった。
「冗談かと思ったら、ほんとなのね。ウケるわー」
「ウケないでください。けっこう大変なんです」
「そりゃそうよ」
ひとしきり笑ったあと、マザードラゴンは口を閉じて酒を飲む。
「ねえ、アレクニール」
「はい」
「ルリはどうしてあんな体をしているの?」
「……わかりましたか」
「ええ、もちろんよ」
アレクニールは目をつむる。そして、話した。
「彼女は実験体と呼ばれていました。人が作り出したもので、自然な生命ではないんです」
「だから歪なのね……いつかはやると思ってたけど、愚かなことを」
「いったいどうやったらあんなことができるのか。ニンゲンとはいったい」
「ニンゲンに限らないわ。どんな種族だって、進化を解き明かしたと思うもの」
進化など求めたところで、できる訳もない。心の中でアレクニールは呟く。
ルリーシェラはルリーシェラ。どんな存在であろうが、自分の娘だ。
「彼女はカギになる」
「え?」
「あの子の輝ける力はわたしやあなたよりも強いわ。だから……必ず守りなさい」
「それはもちろんですが……」
マザードラゴンの顔に陰が差す。
言い知れぬ不安がよぎった。
「アレクニール、聞いて欲しいの」
「……はい」
「あの子たちの前では言いづらかったから」
揃って酒を口にする。
一息ついてから、マザードラゴンが話し始めた。
「わたしはもう、寿命よ」
「……!?」
「千年前、わたしの命は終わりを迎えようとしていた。だから、ここで眠りについたの」
「そんな……」
「わたしに残された時間はわずかよ。でも、外神が来るのなら、最高で最後のチャンスだわ」
信じられなかった。今こうしている間も元気に見える。
「アレクニール、もしもわたしが———」
「マザー、その先は言わないでください。俺がいます。元の姿を取り戻し、外神ごとエサキを倒す」
「ふふ……頼もしいけど、その前に力を使えるようにね?」
「そ、それは……」
アレクニールは焦った。母の前では調子が狂いっぱなしである。
「あなたは外神の手先を倒すことに集中して。空はわたしがやる」
「空?」
「奴らは宇宙から来るもの。おそらく、すぐそこまで来てるわ」
空を見上げる。
天に瞬く星の数々。
それともあれが外神なのかもしれない。
二人はしばらくそこにいて、やがて寝室に戻った。
アレクニールは深く静かに決意する。
(全て倒す)
と。




