害虫退治・そのいち
エルフの代理王クレムレニは、ダイニッポン国と通じていた。
その事実を知った以上、呑気にはしていられない。
アレクニールは、即刻娘たちと合流すべく、素早い動きで城の中を進む。
各所に立つ見張りをどうやり過ごすかが問題なのだが、探し回っていたのでは遅い。
「いや、ここは一つ、聞いてみるしかない」
彼は何食わぬ顔で、物陰から廊下に出た。
当然、巡回の兵士に止められる。
「あんた……コックか? なんでこんなとこにいる」
まだ若い、それこそ少年の見た目をした兵士が二人、コック姿のアレクを見る。
先ほど料理を振舞った者達といい、なんとなくこの国は人材難なのではないかと疑ってしまう。
「姫たちが夜食をご所望でな。リクエストを聞きにいくところだ」
実際には彼女たちの好物など知っているが、方便である。
「コックにしちゃあガタイがいいな。しかも見ない顔だ」
「募集に応募してきた新入りだ。だからこうして深夜も働いている」
少々、いや、かなり苦しい言い訳だ。
「はあ……そういや父ちゃんが人手不足とか言ってたっけ」
「まあまあ、だからおれたちでもお城に勤められんだし」
と、若いのに世知辛い話をし始める。
「案内してくれないか? 俺がいきなり寝室に行くのもまずかろう」
大柄なコックに妙な威厳と貫禄を感じた兵士たちは、うなずいた。
「姫様たちの夜更かしなんて今に始まったことじゃないしなー」
「あんたも大変だね」
まるで警戒心のない兵士たち。
あまりにも隙だらけで、おじさんは何とも言えない気分になってしまった。
兵士たちをともなって廊下を進み、城の奥へと入る。
ここからは基本関係者であっても立ち入れない場所だという。
だが、そろそろというところで、声が聞こえた。
「だからちょっと外に出るだけだって!」
騒ぎを起こしている声は、ミィフィーユのものだ。
「うっ……ダラガラダ隊長だ……」
「どうする……?」
ミィフィーユと話している小柄でずんぐりした男を見て、二人の兵士が下がる。
「どうした?」
「ああ、いや……今はやめといた方がいい」
「なぜだ? 姫は嫌がっているようだが」
「それはそうなんだが……隊長は下の者に厳しくて」
若い二人は怯えている。
アレクニールはここまで来て引けなかった。
「君たちは仕事に戻ったらどうだ? あとは任せてくれ」
「あー……そうさせてもらおうかな……」
「行こうぜ。隊長たちがいるんだし」
ダラガラダ隊長とやらがよほど怖いのか、青ざめている二人はアレクを置いて戻った。
なんにせよ目的の場所には着けた。予定通りなことに満足し、彼は言い合っている両者のもとに歩み寄る。
「おトイレに行きたいの!」
「……先ほど行ってきたばかりですよねえ?」
「……」
アレクニールは、ダラガラダ隊長とやらに見覚えがあった。ここへ来た時、自分を牢屋に案内した男だ。
「すまないが」
声をかけると、ダラガラダ隊長の後ろに控えていた者達が槍を構えてくる。
「……お、おじさん!?」
「……なに!?」
幽霊でも見たかのような顔をするダラガラダ隊長。
対して双子は、驚いてはいるが安心しているようでもある。
「貴様は……死んだはず……」
「一度死んだけどな」
ダラガラダ隊長はミィフィーユとエクレアに顔を向け、怒りの表情で掴みかかろうとする。
アレクニールは、巨体を躍らせ、間に割って入った。
「くっ……」
悔しさをにじませて下がる男は、兵士たちにあごで指示を出す。
槍の穂先を突きつけられて、アレクは包囲されてしまった。
「姫さまたち~ これはどういうことですかな~?」
六人の兵士に守られているダラガラダ隊長は、アレクニールではなく、双子を責める。
「クレムレニ様が聞いたらさぞお怒りになるでしょうね~」
「……し、知らないっ!」
「……(こくり)」
アレクニールはやりとりを黙って聞いていた。
「はあ……まったく。これだから忌み子は」
わざとらしくため息をつくダラガラダ隊長にはまったくと言っていいほど好感が持てそうにない。
「とはいえ良い機会ですねえ。貴様を殺せば私の手柄だ。そうすれば……ふふ」
気味の悪い笑みと視線をぶつけられ、双子はアレクの後ろに隠れる。
「そうすれば……なんだ?」
聞くと、隊長は暗い笑みをさらに黒くする。
「ああ……私は小さい女の子が好きでして。片方をもらいうけ————!」
最後まで喋らせる気がなかったおじさんは、これまでにない速さでダラガラダ隊長の口を手でふさぎ、そのまま片手で持ち上げる。
「それ以上口を開くな」
「~~~~~~~~‼」
いつ、どうやって持ち上げられたのかわからないほどのスピードに、男たちは困惑する。
「ミィフィーユ、エクレア。大丈夫か?」
「……」
「……」
二人は返事をせず、うつむいたままだ。
包囲している兵士たちは、どうしていいかわからず、槍を構えたまま動かない。
「お、おじさん……」
「話は後だ」
会話をしている間に、ダラガラダ隊長がぬるりとアレクの手から逃れる。
口の周りにくっきりとした手の跡を残したまま、彼は叫んだ。
「何をしているか! こ、殺せ! こいつは脱走者だ! 罪人だ!」
「俺はなにもしていないが」
突然現れた大男は姫さまの味方。
対してダラガラダ隊長は部下の受けが少しも良くない男だった。
感情の温度差を見てとったアレクは、ダラガラダではなく、兵士たちに語りかける。
「君たちはこの小さな女の子が好きだという者の味方なのか?」
と。
暗い欲望を優先するあまり失言をしてしまった隊長を見て、兵士たちは槍を投げ捨てた。
「おまえら! なにを———」
「すいません隊長……どう考えても、あなたがおかしい」
「あんたは代理王の側近だから逆らえなかったけど……姫さまたちが戻ってきてるし、従いたくない」
「小さい女の子が好きって……そりゃないでしょう」
ド正論を言われて、隊長は顔を赤黒く染める。
「人望がないようだな。で、どうする?」
「ぐっ……こうなれば!」
隊長は地を這う動きで、アレクニールの背後へ回ろうとする。先にいるのはミィフィーユとエクレア。人質にするつもりだった。
「無駄だ」
「なっ……」
行動を予測していたアレクは、隊長の前に立ちはだかる。
「全世界の小さな女の子に謝れ」
「あ」
固く握られた拳がダラガラダ隊長のど真ん中を撃ち抜く。
「おぼおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
衝撃は鎧を突き抜けて内部を破壊しながら吹き飛ばした。
隊長の肉体は城の壁をどこまでも突き抜け、止まらない。
「あの世でな」
一発のパンチで姿を消した隊長を見て、兵士たちはみな腰を抜かした。
「ミィフィーユ、エクレア」
「おじさん……」
腕を動かすと、双子が小さく悲鳴を上げる。
おじさんの手は、彼女たちの頭に優しく置かれた。
「怪我はないか?」
「あ……」
「……」
怒られると思っていた二人は、アレクニールに頭を撫でられて困惑する。
「さあ、行くぞ」
「どこに行くの?」
「ルリーシェラたちと合流する」
「で、でも……」
「さっき、城の中で『白備え』の連中を見た。代理王はダイニッポン国と繋がっているようだ」
裏で密約が交わされていたことなど知る由もなかった双子は、顔を真っ青にして震える。
「う、うそ……そんな……」
アレクニールはコックの衣服を脱ぎ捨てて、いつもの姿に戻った。
「みんなのところに案内してくれ」
「うん……」
彼らはへたりこんで絶句する兵士たちを残して、場を去っていくのだった。




