害虫退治・そのに
「ルリーシェラ、クラウディア、ルクレツィア、無事か?」
ようやくたどりついた客室へと入ったアレクニールは、三人が無事なことに安堵する。
「おじさん!」
ぴょんと飛び跳ねておじさんに抱き着いたルリーシェラは、尻尾を忙しなく動かして、喜びをあらわにしている。
「おじさま……」
「ようやく会えましたわ……あら?」
年長の二人が、アレクの影に隠れているミィフィーユとエクレアを見る。
「よく似あってますわよ、そのドレス」
「あ、うん……」
いつも元気な二人が沈んでいると感じたルクレツィアは、形の良い眉をひそめる。
「どうしたんですの?」
「二人とも、元気ないみたいだけど……」
二人はうつむき、何も返事をしない。
ますます気になった彼女たちは、さらに質問をしようとして、おじさんに止められた。
「話は後にしよう。とりあえずここから出る」
「どうしたの? おじさん、なんか急いでる」
「ああ、白備えの連中がいたんでな。俺たちを狙って先回りしていたようだ」
「なんですって?」
どこまでも追いかけてくるしつこい者達に娘たちはうんざりしていた。
「知り合いになった店がある。いったんそこへ行こう」
「おじさま……この国の人たちが邪魔した場合は……?」
クラウディアの言葉へ真っ先に反応したのは、ミィフィーユだった。
「手は出さないで!」
「なら———」
「足もダメだよ!」
セリフを先回りされてしまう。
ならば頭を使おう、とアレクニールは胸の内で呟いた。
頭をどう使うかはともかく、彼自身この国の者達を傷つけるつもりはない。
部屋を出た一行は、ミィフィーユとエクレアが先頭を歩いたこともあって、咎められなかった。
「あ、姫さまたち、どちらへ?」
「ちょっと冒険してくる」
「はあー……ほどほどにお願いしますよ」
とか、
「姫さま、夏が近いとはいえ風邪をお召しになさいませんよう」
「わかってるわかってる」
という反応だ。
普段の行いが知れるというものだが、双子の表情がすぐれないのを見て、娘たちは何も言えなかった。
扉を開けて、外に出る。
立ちふさがる者はいない。
「まだ気づかれていないみたいですわね」
「ああ、行こう」
アレクニールを先頭に再び歩き出した一行。
しかしそこで、ミィフィーユとエクレアが立ち止まった。
「……どうしたの? ミィフィ、エクレア」
ルリーシェラが声をかけても、二人はうつむいたままだ。
「ボクたちは……行かない。ここに残るよ」
「どういうことだ?」
「……」
ここに残れば白備えの連中になにをされるかわからない。賢い双子ならわかるはず。
「さっきからなにを恐れているんだ」
「ボクたちは行けない」
「ここにいるのは危険だ」
「なおさらだよ……ボクたちは『忌み子』だし、おじさんたちに迷惑がかかっちゃう」
「……(こくり)」
冗談で言っている様子ではない。
「それにこのままじゃ、おじさんもお姉ちゃんたちも、お尋ね者になっちゅうんだ。そんなの耐えられないよ!」
皇族を連れていけば誘拐犯。彼女はそう言いたかった。
アレクニールもそれはわかっている。だが、白備えの連中の狙いはルリーシェラだけではない。ヤツラは輝ける力を持つ者全員を捕らえると言っていた。以前、わずかだが片鱗を見せた双子をどこかへ連れていくのは明白なのだ。
「忌み子とはなんだ?」
「……それは」
少なくとも皇族に使うような言葉ではない。
アレクニールは待った。今ここで聞かなくてはならないことだと思った。
「……姉さんは……生まれつき声に魔力が乗ってる。ボクたちの国だと『言霊』って言われてて……だから、姉さんは喋るのを禁じられた」
「禁じられた……? そんな……」
喋る、という当たり前のものを禁じられるなど、あり得ないこと。
クラウディアとルクレツィアが息を呑む。
「制御できないから、声を聞いた人たちはみんなひどいことになるって、それで……」
アレクニールが一度死んだことにされたのは、エクレアの言霊が原因だ。
彼女が『止まって』と言った時、アレクの体は生命活動を止めた。そして言霊が解けた時、息を吹き返したのだった。
「それに……ボクは……」
二人はドレスの裾をぎゅっと握って、震えている。
「本とか……読んじゃうと……全部覚えちゃう。すぐに覚えて……ほとんど忘れないんだ……それが、気味が悪いって……陰で」
「だから忌み子、か」
アレクニールからすれば素晴らしい力にしか聞こえない。
ただ、己を振り返って思う。
最強であったことで、以前に大炎魔竜ボルグゲイルが言った通り、自分は恐れられていた。
敵を恐れさせることは誇りだ。しかし味方をも恐れさせていたのではどうしようもない。
「ボクたちが一緒じゃ……おじさんは元に戻れないよ……いっつも……迷惑かけてるし……」
いまさらなにを言う、と言いかけた時、背後から足音が聞こえた。
追いついてきたのは、クレムレニ代理王だ。
来客が帰ったことでようやく眠りかけたところを起こされた彼は、顔が引きつっている。
「騒がしいと思えば……なにをしているんだ、ミィフィーユ、エクレア」
「叔父さん……」
そして、アレクニールを見てぎょっとする。
「お、おまえ……なぜ……?」
「冥府から戻ってきたぞ、代理王」
「なに……? これはどういうことなんだ、ミィフィーユ!」
「君に答える必要はない」
ダイニッポン国と繋がり、娘たちを差し出そうとする下衆とは口を聞くつもりなどない。
「くそっ……者ども! 出合え出合え!」
手を叩き、大声を出すクレムレニに呼応して、付近にいた兵士たちが駆けつけてくる。
全員がエルフで、数は多くない。
包囲される前に逃げるのは簡単だろうと思えた。
「おじさま……突破を」
「待て、クラウディア。まだだ」
アレクニールが止める。
まだ、全員は揃っていない。
「代理王、君がダイニッポン国と通じ、この国を売り渡そうとしていることは知っている」
「!?」
クレムレニの顔色が変わった。
「な、なにを……」
「君が会っていた男たちは『白備え』と言ってな。これまでさんざんぶちのめしたきた連中……暗殺部隊だ」
暗殺、とはっきり告げられたことで、やってきた兵士たちが困惑する。
彼らの視線はアレクニールから、クレムレニに移った。
「う、嘘だ嘘だ! こいつは姫誘拐犯! 者ども! ひっとらえよ!」
「アレク小父さま……! これでは包囲されてしまいますわ!」
「ダメだ、ルクレツィア。これでは害虫を全て除くことにはならない」
「小父さま……?」
アレクニールは片足を上げて、思い切り地面を踏みつける。
膨れ上がった闘気が地面を伝い、円状に広がっていくのが見えた。
困惑しつつも動こうとしていた兵士たちが止まる。
彼らは足が石化したように動かなかった。
「君たちはなにに忠誠を誓う! ここにいる姫たちか! それとも姫を売り渡そうとしている代理王とやらか!」
アレクニールは叫んだ。
「俺はこの国が気に入った! みないいヤツばかりだ! 戦う理由などないはずなんだ! だがもしも……ダイニッポン国に与するというのなら容赦はしない!」
ある種の力をともなった咆哮は、この場にいる全員に届いている。
兵士たちが動かないことで、かなり焦れているはずだと、アレクニールは直感していた。
「ぐぬぬ……殺せと言っているだろう! 者ども! 姫を取り返せ!」
激昂するクレムレニであったが、それでも兵士たちは動かなかった。
そして———
「来たようだな」
正門ではなく、城の庭から感じる複数の気配。
「待っていたぞ」
アレクニールが顔を向けた方向に姿を現したのは予想通り『白備え』の男だった。
「……我らが潜んでいると知っていたか」
「もちろんだ。君たちはいつもコソコソしているからな。俺が死んでないって思っていたんだろ?」
「ふん……」
白づくめの男は、その高い鼻を鳴らした。
鋭さを帯びた目でアレクニールをにらみつける。
「おお! あなたがたは……」
白ローブの男を見たクレムレニが喜びを浮かべて駆け寄る。
「来ていただけたのか! ありがたい!」
自国の兵ではなく、怪しい男たちを頼りにしているあたり、王としての器が知れる。
「代理王よ、話が違うぞ。アレクニールは生きていて、実験体も軟禁されていない」
「う……」
「貴公が言ったこととは全てが真逆。これをエサキ様にどう伝えればいい?」
真顔で言われ、クレムレニは反論できなかった。
「そ、それは……ですな」
「まあいい、償いはしてもらおう。我らは貴奴を殺すのみよ」
男の合図で、続々と白備えの者達が闇から姿を現す。
「言っておくが、手出しはするなよ。我らはエルフを殺すのになんの躊躇もない」
「この場にいる全員が人質と?」
「察しがいい。その通りだ」
男が見せるサディスティックな笑みは見る者を恐怖に突き落とす。
もっとも近くにいたクレムレニ代理王は気絶しそうになった。
「セベク殿! なにを!」
「貴公も嬉しいだろう。意に添わぬ者達を全員殺せるのだからな」
「え……?」
「ダイニッポン国に従う者だけは生かしてやる。そうでないものは殺す。女だろうが、子どもだろうが、赤子だろうがな」
クレムレニは後ずさった。取引をした連中がなんなのか、いまさらになって気づく。
「そ、そんな……」
その場に崩れ落ちた代理王は、引き込んだ者達が厄災であると理解するのだった。
「さて、それでは実験体を渡してもらおうか」
「渡すわけないだろ」
「なに?」
「そんなことはどうでもいい。それよりも君たちはこれで全員じゃないよな?」
アレクニールがなにを言いたいのかわからず、セベクという隊長は目を細めた。
「待っていてやるから全員連れて来い。一人残らずだ。死力を尽くさないと俺には勝てないぞ」
「貴様は……気でも狂ったのか? この場にいる全員が人質だと———」
「そのくらいのハンデは与えてやる。だから全員連れて来い」
セベクは絶句した。
アレクニールはわずかにも動じていない。
「君たちは愚かだ。君たちの主……確か『ケサキ』と言ったか?」
「エサキ様だ! 貴様っ!」
「ええと? 『テサキ』? どっちでもいいけど」
見え透いた挑発に、セベクが顔を歪ませた。
「戦力を小出しにする愚か者『エサキ』。その配下である君たちもたかが知れているからな。ハンデがあるくらいでちょうどいい」
「……痴れ者め……後悔するなよ!」
男は懐から笛を取り出して、吹いた。
するとどこに潜んでいたのか、白ローブの男たちが集まってくる。
百人、二百人、とどんどん増えていった。
「ミィフィーユとエクレア」
声をかけられた双子はビクッと体を震わせた。
「……おじさん、もう……いいよ。逃げて……」
「泣いているのか?」
二人の頬は濡れている。
流れ落ちる涙がなにに対してなのか、アレクにはわからない。
「ボクたちは……やっぱり生まれてきちゃいけなかったんだ……今回のことだって、ボクたちが外に出たからっ……」
「君たちのせいじゃない」
「ボクたちは忌み子だから……居場所なんてないんだ……ぐすっ」
「ほんとうにそう思うか?」
「え……?」
アレクニールは、短い間だが、この国の者達を見た。
どこか間が抜けているものの、意に沿わないことはしない者達。
そして、ミィフィーユとエクレアは可愛がられている。
「わかっているはずだ。君たちは愛されていると」
彼はしゃがみこみ、双子と目線を合わせる。
「ミィフィ、君はいつだって俺を助けてくれる。君が持つ知識がなければ俺はここまで来られなかった」
「おじさん……」
「エクレア、君が声を使えばなんだってできたはず。それをしなかったのは操るような真似が嫌だったから、だろ?」
エクレアはうなずいた。
「君たちは優しい。俺の大切な娘たちだ」
柔らかい響きを持った言葉に顔を上げた二人は、慈しみの微笑をするアレクニールを見つめた。
「この世界に住む者には役割がある」
彼は双子の涙をぬぐう。
「君たちは王者だ。だから今は泣くな。前を向くんだ」
「前を……向く?」
「ああ、そうしたら俺が……道を作ってやる」
立ち上がるアレクは、出揃いつつあるダイニッポン国の手先を見た。
その数はおよそ五百人を超え、庭を埋め尽くそうとしている。
「けっこういるな」
「そんな……こんなにたくさん入り込んで……」
言葉を失うミィフィーユとエクレア。
「この国に入り込んだ害虫は全て取り除こう。それが俺の———役割だ」
はっきりと言い放ったアレクニールは、これから始まる戦いに対し、獰猛な笑みを浮かべる———




